251:ホラーハウス・オブ・ザ・デート
「暗いですネ。ナルの顔もはっきりとは見えませン」
「だな。流石にこれだけ暗いと、俺の美貌も分かりづらい」
入口の戸が閉じられたホラーハウスの中は暗かった。
照明は足元、壁の位置、互いの顔がぼんやりと見える程度だ。
気温は空調が効いているので適温だが、湿度は若干高めかもしれない。
「とりあえず奥へと向かおうか」
「ですネ」
俺はマリーの手をしっかりと掴むと、横並びになって通路を進んでいく。
パンッ!
「っ!」
「ラップ音か」
そして唐突に背後からラップ音であろう何かが破裂した音が鳴り響き、俺もマリーも思わず音がした方へと振り向いてしまう。
まあ、これは決闘者として反射的なものだ。
起きるはずがない異音が鳴り響いたのなら、目の前に脅威が迫っているとかでもなければ、その正体を確かめるために視線を向けてしまうのは当然の事である。
『カップルだなんて妬ましい』
「ひゅっ!?」
「!?」
だからこそ、背筋が凍り付き、心臓が跳ね上がるような感覚を覚えた。
決闘者の本能的な行動を予期し、差し込まれた、耳元に得体の知れない誰かが居るかのような囁きは恐怖心を煽るには十分すぎる物だった。
「誰も居ない……。指向性のマイクとか、そんな感じのか?」
「か、か、かもしれませんネ……」
当然俺たちは再度振り向いた。
だが誰もそこには居ないし、足音の類も当然なかった。
うん、お通しにしてはやる気がヤバいな。
「マリー」
「だ、大丈夫ですのデ、奥へ行きましょウ。ふ、不意打ち過ぎただけでしたのデ」
「分かった。無理なら直ぐに言ってくれ。その時はお姫様抱っこでもして外まで駆け抜けるから」
「は、はイィ……」
いつの間にかマリーは掴む対象が手から腕になっていて、密着状態になっている。
まあ、本当にヤバかったら、マリーには目を瞑ってもらい、外まで一気に駆け抜けてしまおう。
と言うわけで、引き続き奥へと進んでいき……あー、通路の左右に窓ガラス。
バンッ!
「!」
「まあ、そうだよな」
窓ガラスに赤い人の手形と血走った目が無数に出現する。
当然のように目は全てこちらの方をしっかりと見ているおまけ付きだ。
「ま、まア、流石にこれは大丈夫ですネ。有名どころですシ」
「予測できる奴だったもんな」
うん、音に驚きはしても、そこまで怖くはないな。
なので、俺たちは普通に奥へと向かって行き、扉……ではなく、床まで続く暖簾をくぐって、その先の空間へと足を踏み入れる。
「少し明るい?」
「ですネ」
その空間はホテルのロビーのような場所だった。
多少暗めではあるが、先ほどの通路よりは明るい。
とは言え、壁や天井の飾りはドクロ、血、ミイラ、明らかに目がこっちを見てる肖像画などのホラーらしいものになっているし、か細く流されている音楽もおどろおどろしいものであるのだが。
『ようこそいらっしゃいました。お客様』
「っ!?」
「骸骨が喋ってる」
と、カウンターのような場所に立っていた骸骨が唐突に喋り始める。
動いているのは下顎の骨だけだし、機械音声っぽいので、仕組みとしては分かり易いな。
『これより先は道がみミ三、よ与四つに分かれます。この時点で限界だと言う方にはお帰りの道をお選びください』
ノイズ混じりな骸骨の言葉と共に、非常口マークがついた扉がライトアップされる。
ああなるほど。
開幕のラップ音からの耳元囁き、手と目の出現でもキツいなら、この先は止めておきなさいって事ね。
『進めるけれど自信が無いと言う方は一階の道をお選びください。自信があると言う方は二階へ続く階段をお上がりください』
奥へと続く通路と、上の階に行くための階段がライトアップされる。
初心者向けと上級者向けってところだろうか?
『こコ個人的なオスす素メは、血チ地下でございま魔す。身の毛もよだつ経験を味わう事が可能です』
上へ行くための階段、その隣に隠されるように存在している地下へと向かう階段がライトアップされる。
うーん、前二つも合わせて考えるのなら……超級者向けとか、そんな感じに言われる奴だろうか?
俺はどれでも大丈夫だろうけど……此処はマリー次第だな。
「さて、どうしようか。マリー」
「……。地下へ向かいましょウ。折角だからと言う奴でス」
「分かった。じゃあそうしよう」
『に二弐名様、ご案内ー!』
俺とマリーは地下へ続く階段を一段一段慎重に降りていく。
照明は再び暗くなると共に、どちらかと言えば赤よりになっていく。
そうして階段を降りた先にあったのは再びの暖簾。
ただ、先ほど見たものと違って、呪符のようなデザインのものになっている。
今更だけども、この暖簾は場を仕切るために何かは欲しいけれど、扉だとパニックになった客が危ないからとか、そんな理由で暖簾なのだろうか。
そんな事を思いつつ暖簾をくぐった先にあったのは……。
『アアアアアァァァァァッ!』
「!?」
「うーん、典型的ジャンプスケア」
檻の向こうで鎖に繋がれているゾンビが、こっちに向かって飛びかかろうとするも、檻と鎖によって阻まれ、ガシャガシャと金属音を鳴らしている姿だった。
なお、ゾンビは半分腐敗している感じで、ハラワタが漏れているタイプ。
まあ、典型的な突然やってくる事で脅かしてくるタイプだな。
それでもマリーは驚いて、俺に抱き着いているが。
「マリー。大丈夫か?」
「だ、大丈夫でス。しかシ、ナルは怖くないのですカ?」
「怖いが……入る前にも言ったが、『パンキッシュクリエイト』の決闘に、ツインミーティアに襲われた経験もあるからな。だいぶ耐性が付いてる。それと……」
「それト?」
「隣でもっと怖がっているマリーが居るからな。そのおかげか、不思議と落ち着いてる」
「な、なるほどでス」
俺はマリーの事を気遣いつつ、通路の奥へと進んでいく。
「さて次の部屋は……手術室か?」
「……」
三度目の暖簾。
超えた先に見えたのは……吊るされた死体であり、赤い液で満たされたドラム缶であり、腸などの内臓が積まれたトレーであり、こちらを不穏な目で見ている血まみれの白衣を着た男であった。
先ほどのゾンビと言い、どうやら地下ルートはスプラッタホラー系列であるらしい。
まあ、なんにしても驚くほどの事でもなければ、恐れるようなものでもない。
俺としてはその程度の物であったのだけれど。
「っう……」
「マリー!?」
マリーの体から急に力が抜け、俺は慌ててマリーの体を支える。
そんなマリーの反応にスタッフさんも拙いと思ったのだろう。
直ぐに緊急脱出路っぽい扉を指さして、そこから出るように促す。
「感謝します」
俺はマリーの事を抱きかかえると、その扉から外へと出るために、ドアノブを回し、押す。
『いえ。どうやら荒療治過ぎたようですね』
「は?」
不意に呟きが聞こえて来た。
しかし、その呟きに対して何かを返す時間もなくドアは開いて、光が漏れて来て、目の前が真っ白になって……。
「はい?」
気が付けば、ホラーハウスの緊急脱出口をまとめた場所っぽいところに立っていた。
「……」
マリーは気を失ったままである。
背後には緊急脱出口があり、この場にはしっかりとした照明と空調があり、窓ガラスの先には外の様子が見える。
……。
このことはマリーが目を覚ました後も言うことは無いだろうが、思ってしまったので、内心で吐露しておく。
俺たちは一体何処に居たんだ?
何故、夏季休暇中限定の特設ホラーハウスに地下があるんだ?
何故、地下から上った覚えがないのに地上に居るんだ?
何処からが……違っていた?
これらの事実に気が付いた時、俺は今日一番に背筋が凍った。
02/07誤字訂正
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