248:一つの手綱
戌亥寮0410号室。
そこはイチ、スズ、マリーの三人が共同生活を送っている部屋である。
現在の時刻は夜11時。
既にマリーは眠っていて、スズはいつも通りに何かの作業を続け、イチは自分のベッドの中に潜り込んでいた。
そうして自分のベッドの中でイチが思い浮かべるのは今日の事だ。
(言い過ぎてしまったでしょうか……)
イチはナルの教室から飛び降りると言う行動に対して、強い苦言を呈した。
それは、ナルがこれ以上の失敗を重ねないようにと言うイチの善意、そしてナルが良くない方向へ向かわないようにすると言うイチに課せられた任務、その両面から出た言葉だった。
(ナルさんの事を事前に止められなかった、自分の事を棚に上げてと思われているかもしれません)
必要な事だった。
それは間違いないことである。
だが必要であるからと、納得してもらえるかはまた別の話である事も、イチには分かっていた。
そして何よりも……。
(分かっています。反省するべきはイチもであると言う事くらいは。いえ、イチこそが最も強く反省するべきです。美術サークルの部長さんとナルさんの話の方向性が怪しくなった時点で、分け入るべきでした)
対応できるだけの能力が自分にはあったはずなのに、対処が間に合わなかったと言う事実に、イチは強い自戒の念を覚えていた。
だが反省するだけでは意味がない。
だからイチは考え始める。
ナルの周囲に居る他の人物ならどうしていたのだろうかを、次に同じような事態が起きた時に自分の行動の参考に出来るようにと。
(まずスズは……失礼ながら駄目ですね。今回くらいだと、下手をすればナルさんの逃走を手助けする方向に動きそうです)
一人目はスズ。
ただ、イチの脳裏に浮かんだスズは、麻留田たち風紀委員会を止める方向で動くことはあっても、ナルを止める方向で動くことは無さそうだった。
(マリーは……事が終わった後の説教はしてくれるかもしれませんが、その場での対応は反応速度と能力的に厳しそうですね)
二人目はマリー。
ただ、イチの脳裏に浮かんだマリーは、ナルが逃走しきった後になってから、動き始めていた。
とは言えこれは健常な反応である。
(護国さんは……何故でしょうか。分野や方向性が違うだけで、スズの同類と言いますか、同じような動きをしそうな気が……)
三人目は巴。
ただ、イチの脳裏に浮かんだ巴は、スズよりは冷静であるけれど、ナルを止める方向に動きそうな気配はなかった。
「ん? いえ、そんな事は……」
この時点でイチの精神は嫌な予感を覚えていた。
だがイチはその嫌な予感が気のせいである事を証明するために、改めてナルの周囲に普段から居る、居てもおかしくはない人物をピックアップして、彼らが今日のような状況でどう動くかを考える。
考えて……気づかされる。
「イチしか……ストッパーが居ない?」
今後似たような事態があった場合。
確実に居るのは自身とスズとマリーの三人で、この三人の中では自分が最も早く常識的な対処が可能であるために、まずは自分が対処する他ない事実に。
「ええ……」
イチは自分が一般的な人間ではないと言う自覚を持っている。
諜報員として、天石家の一員として、幼いころから徹底的に教育されてきたからだ。
だが、その教育の過程として、一般常識と言うのも学ばされている。
だから、明らかに常識から外れた、してはいけない行動を周囲の誰かが取ったのなら、それにいち早く反応して対処できてしまう。
(ナ、ナルさんの教育を急いだほうがいい気がしてきました。何と言いますか、こう、スズと護国さんが暴走した場合の事態に備えて!)
幸いにしてナルは学べる人間であるし、今日のように長時間のマスカレイド発動をしていたりしなければ常識的な対応も期待できる人間である。
イチはそう判断していた。
そして、スズとは別の方向で様々な情報を得ているイチ視点では、ナルよりもスズと巴の方がはるかに問題行動を起こす可能性が高いと内心で思い始めていた。
片方だけならイチだけでも止められる。
しかし、もしも両方同時に問題行動を起こしたのなら?
その時の事を考えたのなら、ナルの協力は必須と言ってよかった。
(眠気のせいか、思考が変な方向に行っている自覚はあります。ありますが……いえ、むしろ今ばかりは変な方向に行っていて欲しいと願うばかりですね)
イチは知っているけれど現状では対処できない様々なトラブルの萌芽を知っていた。
自身の実家に蔓延りつつある魔力量至上主義の問題。
その魔力量至上主義者たちが自分たちの分を超えて何かを得ようと画策している動き。
ゴールドケイン家の物とは違う『蓄財』の金貨が裏で流通している事。
女神とは異なる神格であるアビスとその信徒たちが起こすトラブル。
護国家などの有力な家の間で何者かが暗躍している疑惑。
(目覚めたら色々と解決してくれていないでしょうか。イチにはナルさんたちがトラブルに巻き込まれないように、その周りで動く事しか出来ません)
国内も国外も絡んだ面倒な話の数々。
もう少し諜報員である自身を取り巻く状況が楽にはならないだろうか。
そんな事を思いながら、イチは眠りに着いた。
謎の駄文
イチ「カード『手綱になる』を取得して、ターンエンドです」
スズ「駄目って何かな?」(ズイ
巴「同類とはどういう事でしょうか?」(ズズイッ
マリー「そういうところだと思いまス」