247:違反者の結末
「まったく……。次からは本当に気を付けるように」
「はい……」
結局、今回の件は厳重注意と反省文で済ませてもらった。
と言うわけで、風紀委員会の反省部屋にマスカレイドを解除した状態で連れて行かれ、注意を受け、反省文を書き、それで解放となった。
「今回の件、普通ではないほどにマスカレイドを使い続けたことが原因でしょうか?」
「かもな。『ドレッサールーム』に衣装を取り込むと言う目的を果たすために、何時間もマスカレイドを発動し続けていたから、俺の精神が仮面体の影響を受けたことは間違いないと思う」
「ナルさんの仮面体は本来なら裸ですからね」
「ああ、脱ぎたがると言うか、少しでも露出を増やしたいと言う思いがある事自体はおかしくないと思う」
今回の反省点としては……もっとこまめに休憩するべきだった、と言うところだろうか。
それもマスカレイドを解除して、きちんと精神を休めると言う意味でだ。
うーん、ここ最近は仮面体に振り回されているような覚えが無かったから、油断していたのかもしれないな。
「おや?」
「電話……スズ辺りからか?」
「いえ、イチ個人の方です。少し待っていてください。もしもし……」
と、どうやらイチに対して何処からか連絡が来たようだ。
てっきり、俺が風紀委員会にしょっ引かれた話を聞きつけたスズ辺りが連絡をしてきたのかと思ったが、そうではないらしい。
まあ、別におかしな事でもないな。
イチが日本政府の諜報員であるのだから、その筋か、天石家の方から、何かしらの情報が来ることは当然ですらある。
「はい、そうですか。では。ナルさん」
「ん? 俺にも関係ある話なのか?」
「はい。綿櫛たちについてです」
話が終わったらしい。
そして、イチの元に届けられた情報は綿櫛たちについてらしい。
また何かやらかしたのか?
いや、イチの表情が険しいものでは無いので、処分が決まったとか、そっち方面の話っぽいな。
「まず綿櫛ですが、学園から謹慎処分を受けた後に自主退学と言う事になったようです。また、綿櫛の取り巻きの一人であるクリムコメットについても同様だそうです」
「自主退学……」
「不満ですか?」
「いや、妥当なところじゃないか?」
これ、謹慎させられたから自主退学にしたのではなく、自主退学を申し出たから、学園側の最後の温情として謹慎処分にした感じだろうな。
まあ、やらかした事がやらかした事なので、学園に居られなくなるのは仕方が無いことだろう。
それよりもだ。
綿櫛と三人居た取り巻きの一人を自主退学でまとめたと言う事は、逆に言えば他の二人はそうではなかったと言う事になる。
そっちの確認が先だ。
「それよりも他の二人は?」
「綿櫛の取り巻きの一人であるバレットシャワーですが、退学処分だそうです。イチの耳にはバレットシャワーも自主退学を求めたと言う話が伝わってきていますが、それは許されなかったそうです」
「……。何かやらかしていた?」
「はい。温情を出せないような何かがあったのだと思います。まあ、バレットシャワーなら分からなくもないのですが」
「あー……前にマリーが録音した奴とか酷かったもんな……」
一人は温情なし。
うん、明らかに綿櫛との差がある時点で、何かをやらかしていたのは間違いない。
今の『コトンコーム』社の状況からして責任を押し付けられたわけでもないだろうし、本当に何かはあったのだろう。
「それで最後の一人は?」
「グレイヴサテライトは謹慎処分を受けただけだそうです」
「自主退学をする気は?」
「無いようです。だからこそ、イチに警戒対象として情報が来ました」
「なるほど」
最後の一人は謹慎のみで、自主退学をする気はなし。
なるほど、イチに連絡が来るのも当然の動きではあるな。
「まあ、自分から針の筵に包まろうと言うのなら、放置でいいんじゃないか? と言うより、此処で留まっていられるだけの図太さがあるような人間なら、出来るだけ関わらない方がいいだろ」
「そうですね。イチも同感です」
しかし、相当の図太さあるいは想像力のなさである。
針の筵なんて言葉が生易しいくらいには非難の目に晒されると思うんだが……。
綿櫛の隣に居るよりはマシって事なんだろうか?
「ちなみにナルさん。国からの刑事処分、女神からの処分、その他諸々はこれからの話なので、綿櫛たちが今後どうなるかが確定するのは、それらまで決定してからです」
「そうか。とは言え、これで一段落であるとは思うな」
「そうですね。イチたちが直接関わるようなことは、今後はもう無いと思います」
そう言えば、今イチが喋ったのは、あくまでも学園からの処分なのか。
殺人未遂ともなれば警察……ひいては国は当然動くし、マスカレイドを利用した犯罪だから女神も動いてくるのか。
そちらからの処分も考えたら……自業自得であるけれど、むしろこれからが処分の本番なのかもしれないな。
「ナルさん。今回の綿櫛の件は他人事にするべきではないと思います。特につい先ほどやらかしたナルさんは」
「う……それは……そうだな」
「そうです。特によくないのが窓から飛び降りて脱出した事ですね。あの時落下地点に人が居れば大惨事になっていたかもしれません。ですので、本当に真摯に反省するべきです。誰かを傷つけた時に『ごめんなさい』で済むとは限りませんので」
「……。そうだな。本当にその通りだ」
イチの言う通りだった。
あの飛び降りの時、落下地点に人が居たら、落下による加速も乗った上で押し潰していたことになる。
俺はマスカレイドを発動していたし、魔力量も豊富なので、三階から飛び降りたってどうと言う事も無かったが、その衝撃が生身の人間に伝わっていたら……。
今更ながらに血の気が引くような気分がして、背筋を冷たい汗が伝う。
「分かったのなら、今回はこれ以上は問いません。イチもナルさんの長時間マスカレイドによる精神への影響を軽視していた部分がありますので、お相子と言えばお相子です」
「ああ、そうだな」
俺は一度息を大きく吸い、吐く。
「では帰りましょうか」
「分かった」
そして俺たちは風紀委員会の部屋から、戌亥寮へと戻った。