246:美術サークル
「よく来てくれたナルキッソス! さあさ、どうぞ中へ!」
「ではお邪魔いたします」
「失礼します」
俺とイチは美術サークルへやって来た。
美術サークルの部屋は絵の具の匂いか、あるいは削られた石や木の匂いだろうか、独特の匂いが漂っている。
また、作業中の生徒の姿が幾つも見えて、それぞれの生徒の作っている物の姿も見え、様々な音が室内に響いている。
事前に知っていた事ではあるが、美術サークルでは芸術品としてくくられるような品なら、だいたい何でも作っているようだ。
ちなみに、この場に居る生徒で全員ではなく、外や別の部屋で作業している生徒も少なくないし、他サークルと掛け持ちしている生徒も多いとの事。
「さて、不躾なお願いかもしれないが……折角の機会なのだ。今の君の姿を是非、我々の手でスケッチさせてもらえないだろうか?」
「ほう。それはつまり、俺の美しさを絵と言う形で収めておきたいと言う事ですね」
と、ここで美術サークルの部長さん……ちなみに三年生の女子生徒が、スケッチブックと鉛筆を手に、俺の近くへと擦り寄り、囁いてくる。
その申し出は……願っても無いことだ。
「そう言う事になる。無理にとは言わないが。ああ勿論モデル代は払うとも。常識的な範囲なら幾らでも出そうじゃないか。君の姿にはそれだけの価値がある」
「ふふっ、モデル代なんて不要……」
「ナルさん」
「あー、常識的な範囲で請求させていただきます。その辺はイチと話し合ってください」
「分かった。副部長」
俺としては、俺の美しい姿を奇麗に描き留めておいてもらえるのなら、モデル代など不要と思ったのだが、それを口にしようとしたらイチに釘を刺されてしまったので、素直に訂正する。
と言うわけで、イチと副部長さんらしい生徒が話し合いを始め、直ぐに握手をする。
「では諸君。全力を尽くすぞ! こんな機会はまたとないのだから!!」
「「「はい部長!!」」」
「よろしくお願いします。ポーズ指定とかも言ってもらえれば、応じますので、お気軽にどうぞ」
はい、そんなわけで、俺をモデルとしたデッサン大会の始まりである。
ちなみに、ただポーズを取って立っているだけなのも暇なので、『ドレッサールーム』への衣装取り込みは積極的に進めておく。
そして、美術サークルに所属する生徒たちのデッサンの動きだが……流石に早いし、技量が並外れている。
決闘学園に居る以上は決闘者になる事が第一で、美術活動は趣味の一環であると思うのだけれど……中には仮面体の機能とかでデッサンの技術を生かしている生徒なども居るのかもしれないな。
そう思ってしまう程度には彼ら彼女らの熱量は凄まじい。
「ナルキッソス君。次は前傾姿勢で」
「はいっ!」
「反るような体勢をお願いします!」
「こうかなっ!」
「こちらに顔を向けていただけますか!」
「分かりました!」
うん、これほどの熱量を持って、真剣に描いてもらえるのなら、描かれる側としてもその熱意に応えなければと言う気持ちになる。
だから俺も真剣に、指示通りにポーズをして、俺の美しさを見せつけていく。
「ナルキッソス君。これは相談なのだがね……」
「はい」
「君の今の服装の内、白ビキニ部分を消した上で、こう言うポーズをだね……」
「なるほど。それならば……」
そうして描かれている中で、部長さんがセクシーで際どいポーズを提案してくる。
しかも『パンキッシュクリエイト』の衣装はそのままだが、その下の白ビキニは消す提案付きだ。
俺はその方がより美しいと思ったから、提案を受諾。
仮に見えてしまったら拙い部分が見えそうになったとしても、スキル『P・Un白光』が仕事をしてくれるから、何も問題はない。
そもそもこの場には俺の際どい姿を見たくない人間など、居ても一人だけ。
その証拠に誰も止めようなんてしていない。
そう、これはwin-winの提案なのだ。
「むっ。ナルさん、部長さん。これ以上は……」
だがそれでも、イチには看過できない事だったらしく、俺と部長さんの事を止めようと一歩踏み出した。
ならば俺と部長さんの二人がかりで、イチの事を説得すればいい。
俺と部長さんは無言で視線を交わし、お互いの思惑を把握した上でイチの方を向こうとする。
その瞬間だった。
「風紀委員会だ! 全員大人しくしろ!!」
部屋の扉が勢いよく開かれて、麻留田さんの声が響き渡ったのは。
「……!」
俺は反射的に駆け出し、窓を開けると、部屋の外に向かって飛び出していた。
ちなみにこの部屋は地上三階に存在している。
「マスカレイド発動!」
俺に続けて部長さんも窓から外へと飛び出す。
勿論マスカレイドは発動しているので、安全対策はばっちりである。
「大漁ぃ!」
「マスカレイド発動! ぶっ飛ばすよ! アルレシャ!」
「ギャアッ!?」
が、そこまでだった。
落下を始める前に部長さんの体を糸が包み込み、室内へと引き戻していく。
恐らくは大漁さんの仮面体、アルレシャの機能による糸だ。
「惜しい人を亡くした……」
こうなれば部長さんは風紀委員会に咎められ、処分される事だろう。
俺は部長さんの未来を哀れみつつも、俺だけは助かって見せると思いながら着地をして……。
「何を言っているんですか。ナルさんは」
「ファスぅ!?」
何時の間に回り込んでいたのか、着地の瞬間にファスに足を払われて転ばされた上に、関節を極められて、完全に拘束されてしまった。
「よくやったファス。その働きに免じて、処分は『ナルキッソスクラブ』全体ではなく、ナルキッソス単体にしておく」
「配慮ありがとうございます」
そうして拘束されること暫く。
俺のこめかみに金属の筒が突き付けられる。
もしかしなくても、麻留田さんが『部分展開』で出したアサルトライフルの銃口だろう。
「で、何で逃げた? ナルキッソス」
「えーと、その……反射的な物でして……」
「美術サークルの部長さんの唆しで、ジャケットはそのままですが、白ビキニは脱ごうとしていましたね。未遂でしたが」
「ほう……」
「ファスぅぅぅっ!?」
銃口が頭を抉ろうとするかのように押し付けられる。
「ナルキッソス」
「はい……」
「今回は厳重注意と反省文で済ませてやるが、次はないぞ。いいな」
「はい……」
「それはそれとしてワンマガジンくらいは撃っておく。お前の頭にはそれくらいは必要だ」
「アダダダダダァッ!?」
そして宣言通りに麻留田さんのアサルトライフルから放たれた、数十発の弾が俺の頭を勢いよく叩いたのだった。
まあ、俺の頭の強度の前では、激しく揺さぶられつつ掠り傷を負う程度で、傷も直ぐに治り、ダメージなんて無いも同然なのだが。
「ナルさん。反省してくださいね」
「はい……申し訳ありませんでした」
とりあえずこの日のサークル巡りは此処で切り上げとなったのだった。
美術サークルの部長も厳重注意と反省文になっています。
他の部員たちも反省文ですね。
このくらいならテンションが上がってやり過ぎたで済ませるのが決闘学園ではあります。
02/02誤字訂正