243:サークル棟へ
「それにしても、どうして血液を吸い出せなかったんだろうな?」
「以前はそのような事は無かったのですよね?」
「無かった」
『国立決闘学園総合病院』を出た俺たちは学園のとある場所へと向かって行く。
その道中で話すのは、先ほど起きた、奇妙であると同時に厄介な現象についてだ。
「えーと、去年の十一月だったか。中学三年生に対する魔力量の全国一斉調査が行われただろ?」
「毎年恒例の奴ですね」
「そうそう。その時に魔力量3600は明らかにおかしいって事で、両親との血の繋がりも含めて、色々と調べられたんだ。で、その中で血液の採取も一度あったはず。だから、少なくともその時までは間違いなく採血は出来た」
「なるほど。それは当然の調査ですね」
俺の血は普通の方法では採血できない。
勿論、大きな怪我をした時などには、その傷口の大きさに合わせた出血はするはず……、決闘中に仮面体が流血するほどの怪我を負った事は一度や二度ではないので、これは間違いない。
だが、採血用の針程度の大きさだから駄目なのか、継続的な出血は認めないと言うのか、とにかく採血は出来ない。
「どうしてこうなったと思う?」
「考えられるのは……『恒常性』の練度向上でしょうか。マスカレイド中に無意識で何度も発動。意識的にも扱った。ユニークスキルとして明確に存在を認識した。これらの要因が合わさった事により、普段の『恒常性』も性能が向上したのかと」
「やっぱりそうなるのか。これって拙いか?」
「何とも言えませんね。メリットもデメリットもあると思いますので。デメリットが嫌ならば、パッシブ部分までナルさんが自分の意思で踏み込む必要があると思います」
「なるほど」
『恒常性』のパッシブ部分まで操れるように、か。
確かにそれは考えた方が良さそうだな。
せめて『恒常性』の一時的オンオフくらいは出来ないと、また別の何処かで問題を起こしそうだし。
「地道に頑張りましょう。以前にマリーが言っていましたが、ユニークスキルは日々の研鑽がものを言います」
イチはそう言いつつ、俺に手の平を見せた上で、ゆっくりと右手を振る。
その動作はとても認識しやすいものであるはずなのだが……どうにもぼんやりとしているように感じる。
どうやらイチは、右手に纏っている魔力を『同化』によって変質させ、周囲の空気に限りなく近くしたらしい。
ただそれだけなのに、此処まで認識しづらくなるのだから、流石はイチとしか言いようがない。
「だな」
「はい。とは言え、ナルさんのユニークスキルなので、どうすれば今以上に制御できるかはナルさん自身が見出す必要があるでしょうが」
「それは当然だな」
そう言ったイチの右手が唐突にはっきりと見えるようになった。
いや、むしろ普段よりも認識しやすいくらいか?
今度は逆に、周囲の空気の魔力とは正反対の性質に変化させたと言う事だろうか?
ああなるほど、これは……もしかしたらユニークスキル『同化』の先の一端かもな。
うん、目立ちやすくなるのは俺の美しさを見せつけるのに有益だから、覚えておこう。
「……。ナルさん、少し驚いているようですが、今のはナルさんの『ドレッサールーム』を切っ掛けに研鑽を積んだ結果ですので、驚くべきではないかと」
「……。覚えておく」
うん、本当に良く覚えておこう。
「さて、見えてきましたね」
「みたいだな」
さて、こうして雑談をしている間に今日の俺たちの目的地が見えてきた。
場所は学園の一角、各種サークルが集まっているエリアだ、一応は。
俗にサークル棟とも呼ばれている場所である、一応は。
うん、サークルの中には独自の建物を貰っている俺たちの『ナルキッソスクラブ』や、グラウンドを借りている陸上サークル、カラオケ店を借りているカラオケサークル、空き教室を利用しているらしい小規模サークルなどもあるので、サークル棟に部屋が無いサークルも多ければ、会議や倉庫くらいでしか使っていないサークルも多いので、その言葉からイメージされるよりもこの場で活動しているサークル数は少なかったりする。
まあ、活動に適した場所なんてサークルごとに異なるので、そんな物である。
弓道サークルが弓道場が無い場所にあっても仕方がないのだ。
「今日は挨拶回り、だったか」
「はい。ナルさんが夏季休暇初めの補習授業中に様々なサークルがお声をかけて来ました。その一部についてはサークル『ナルキッソスクラブ』と今後協力できることは協力したいと言う申し出でした」
「そして、その申し出に応じるに当たって、相手のサークルがどんなサークルなのかを知ったり、顔合わせをしたりするために、こうして会いに行く。と」
「そう言う事ですね。現時点で実際に今後協力するかどうかは、一部を除いて決まっていません」
そんなサークル棟にやってきたのは、基本的には顔合わせのためだ。
今後……とりあえず思いつくところでは文化祭だろうか。
その辺りで協力をする場合に、事前に少しでも顔を合わせている相手と顔すら知らない相手、そのどちらと協力をするかと問われれば、他の条件が変わらないなら、前者の方が多少は確率が上になるだろう。
他にも、顔ぐらいは合わせておいた方が都合がいい場面と言うのは色々とある。
損になることは無いだろう。
「さて着いたな」
「はい」
俺たちはサークル棟の中に入ると、まずは真っ先に顔を見せる相手として選んだサークルの扉の前に立つ。
実を言えば、このサークルだけは顔合わせ以外の理由もあって、だから最初にやってきたのだ。
俺はドアを軽くノックする。
「誰だ?」
「翠川と天石、『ナルキッソスクラブ』です」
「来たか! 大丈夫だから、入ってきてくれ」
「分かりました」
入室の許可が下りたところで俺たちは部屋の中に入る。
視界に入ってきたのは、各種パンクロックバンドのポスターに、様々な資料と材料が収められた棚、それらを扱うために必要な机と道具。
そして、革製の服で着飾ったマネキンの横に立つ安藤先輩たちの姿だった。
「ようこそ、『パンキッシュクリエイト』へ! 歓迎するぜ!」
そう、ここはサークル『パンキッシュクリエイト』の部室である。
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