242:検体採取の時間
「本日は『国立決闘学園総合病院』にお越しいただくだけでなく、当方の求めに応じていただき誠にありがとうございます。当病院の全関係者に代わってお礼をさせていただきます」
「あー、はい」
『国立決闘学園総合病院』にやってきた俺たちは、早速特別な部屋っぽい場所に案内されて、そこで見るからにお偉いお医者様に頭を下げてもらっていた。
正直に言って居心地が悪いと言うか、緊張すると言うか……そこまでしてもらう必要があるんだろうかと言うのが、俺の偽らざる本音である。
「それでは私はこれで。後の事は赤桐君と担当の医者、看護師の方がやってくれますので、翠川様は指示に従っていただければそれで大丈夫です。ですので、どうか安心してください」
「分かりましたー」
さて、『国立決闘学園総合病院』と言うのは、決闘学園の内外を分ける境界に跨って建てられた病院である。
主な役目としては、決闘学園内の保健室では対応できない怪我や病気の対処。
また、学園の敷地内の住民、学園の敷地外だが周辺に住んでいる住民にとっての最寄り病院としての役割もある。
そして、今回俺が呼ばれたことや、赤桐先輩の名前が出た事から分かるように、ユニークスキルや仮面体の機能を利用した医療行為の研究も行われているのが、此処である。
「こんにちは、翠川さん。夏季合宿は大変でしたね」
「こんにちは、赤桐先輩。今日はお世話になります」
赤桐先輩がやって来た。
イチによれば、赤桐先輩は医療系の機能を持つ仮面体だそうで、そこに本人のやる気も合わさって、学園の生徒と言う身分でありながら、病院内で色々と研究させてもらっているそうだ。
「では早速ですが、各種身体検査から始め、その後は採血と口腔内粘膜の採取をしましょうか」
「分かりました。イチ」
「はい。見守っていますのでご安心ください」
さて、今回は俺の『恒常性』を研究するために、色々と検査をしてもらう事になる。
と言うわけで、身長体重の測定に始まり、心拍、血圧、骨密度、視力、聴力など、色々と調べてもらっていく。
そして、綿棒のようなもので口腔内粘膜とやらの採取をして、では最後にと採血をしようとしたのだが……。
「「「……」」」
「ナルさん」
「いや、俺は何もしてない。ちゃんと刺さっているのは感じてるし、ちゃんと痛いぞ」
血が吸えない。
注射器は刺さったのだけれど、そこから血が流れ出てこない。
仕方が無いと注射器を抜いてみれば、抜き終わると同時に傷は跡形もなく消えてしまった。
幾ら、注射器の針が細く鋭く、刺した看護師さんの腕が良いにしても異常な光景だった。
「困りましたね。まさか血が抜けないとは……」
「血の吸引と言う行為が攻撃として認識されていると言う事でしょうか?」
「ユニークスキル『恒常性』の影響なのは間違いないにしても、さてどうしたものか……」
「どうしましょうか。いや本当に」
周りのお医者様たちは当然ながら困惑している。
俺も困惑している。
だって、俺は特に何も考えていないと言うか、むしろ積極的に血を捧げるつもりで動いているのにこれだからな。
うーん、『恒常性』は半分アクティブで、半分パッシブとか、以前に誰かが言っていた気がするのだけど、これが正にパッシブの部分なんだろうな。
俺の意思とは無関係に発動して回復してしまう。
「以前に擦り傷を負った事があるとは報告があるから、絶対に血が流れない訳ではないのだろう」
「かと言って傷口を大きくするのは……看過しがたい。万が一もあってはならないしな」
「そうなりますと……マスカレイドでしょうか。同一性が保証されるとは限りませんが」
「そうだな。それが一番安全か。赤桐君、翠川君」
「はい。分かりました」
「なんでしょうか?」
と言うわけで次善の手段である。
俺も赤桐先輩もマスカレイドを発動して仮面体になる。
ちなみに俺は肌の露出の多さを優先して水着姿で、赤桐先輩の仮面体は医療ドラマで見かけるような執刀医と呼ばれる人たちのそれである。
「ナルキッソス。私の仮面体ブラッドマスターには触れている血液の操作を行える機能があります。また、メスの切れ味は極めて高いものです。これらを利用して、貴方の血液を採取します。出来るだけ痛くないようにはしますが……耐えてくださいね?」
「分かりました。ではどうぞ」
赤桐先輩……ブラッドマスターが、俺の差し出した右腕の中ほどをメスで浅く切り裂く。
すると少しだけ血が滲み出て、その血にブラッドマスターが触れる事でさらに多くの血を引き出す。
本来の決闘ならば、此処から一気に相手の全身の血を引き抜いて倒すことも出来てしまいそうだが……いや、ブラッドマスターの動きがやけに慎重でゆっくりなので、そう簡単ではなさそうか。
敵対している相手だと、精々が派手に出血させるくらいになりそうだ。
「ナルキッソスの血液、無事に採取出来ました。傷口の消毒と縫合は……縫合については不要そうですね」
「ええ、既に塞がっていますので」
なんにせよ血液採取には成功した。
と言う事で、ブラッドマスターがマスカレイドを解除したのを見てから、俺もマスカレイドを解除。
俺から採取された血液は……マスカレイドを解除されてもきちんと残っているようだ。
後、消毒は必要性は分からないが、一応やってもらった。
「しかし、今更なんですが、仮面体の血液って何なんです?」
「それは人によるとしか言えませんね。一部アンデッド系の仮面体のように血液がない仮面体も居ますので。ナルキッソスの場合は……私の仮面体の感覚では、普通の人間の血液と大きな違いはないように感じます」
「なるほど」
「いずれにせよ貴重な資料として、慎重かつ適切に取り扱い、研究させていただきます。この度は誠にありがとうございました」
「いえ、お役に立てたのなら幸いです」
後はこれを研究して、何が分かるのか、だな。
ちなみに、俺の血を使って分かった事をまとめた論文については、必ず全部送ってもらえるとの事。
俺の強化に繋がるような話があれば、その時は美味しいと思っておこう。
「ふう。無事に終わったな」
「ですね。しかし、ナルさんの体から普通の注射器での血液採取が出来ないとなると、今後の健康診断の時に困るかもしれませんね」
「……。それは確かに問題かもな。その辺の解決策も含めて、病院と赤桐先輩には期待しておこう」
「そうですね。では次の目的地に向かいましょうか」
「ああそうだな」
と言うわけで、俺たちは『国立決闘学園総合病院』での用事を済ませると、次の用事がある場所へと向かった。
ぶっちゃけ、今日は予定が詰まっていて、忙しいのである。