241:イチの報告を受けながら
「さて、今日はスズとマリーの二人は別行動だったな」
「はい。スズは各所との交渉。マリーは生徒レベルでの情報収集だそうです。なので今日はイチとナルさんの二人きりで行動する事になりますね」
巴とのデートから二日。
本日は予定の噛み合いの結果として、俺とイチは二人だけで行動する事になる。
そうなると、先日の一件もあって、これもまたデートのように思えるわけだが……。
「まるでデートみたいだな」
「現状の見た目はそうかもしれませんが、予定されている行先を見たら営業活動の類としか見られないと思います」
「それもそうか」
まあ、実情はその通りである。
なんにせよ、朝食を食べ終えた俺たちは準備を整えると、本日最初の予定地へ向かうべく、戌亥寮の外へと出る。
それで時間と余裕もあるから、歩きつつ何か話をしてもいいのだけど……。
ああそうだ、アレについては聞いておくか。
「イチ。実家にユニークスキル『同化』の先があると言う予測を送るとか言っていたと思うんだけど、その件についてはどうなった?」
「その件ですか。反応は……芳しくありませんでしたね」
「そうなのか?」
「はい。まず単純に忙しいのだと思います。『コトンコーム』社とその傘下企業の件に対しては、天石家も含めて多くの諜報員が動いているはずなので、一学生の実証を伴っていない推測だけの論文に目を通せる余裕はないかと」
「あー……」
イチの家、天石家は諜報員の一族だと聞いている。
諜報員と言うのは、分かり易く言えば裏で色々と動く人なので、マスカレイド用のデバイス製造と言う、場合によっては国防にも関わる分野を持つ『コトンコーム』社への立ち入り調査が行われている現状なら、そりゃあ忙しくもなるか。
「別に悲観する必要はありません。むしろ好都合なくらいだと思います。イチは既に情報を送りました。送った情報が処理できていないのは、あちらの責任です。あちらからの返事が来るまでに、イチが勝手に検証と改良を重ねていても、褒められる事はあれど、叱責される謂れはありません」
「それは……そうかも? 俺にはよく分からないが」
イチは少し嬉しそうに言葉を紡いでいる。
「それに、これだけの大事になって、実家が忙しくしているおかげで、あの事件があってもなおイチがナルさんの近くに居る事に対してアレコレ言われずに済んでいます。このまま行けば、口出しをしたくても出来なくなるでしょう」
「ああ、なるほど。じゃあどうしてあの時は何も言わなかった。と言う返しが通るんだな」
「そう言う事ですね」
とりあえず状況はイチにとって都合がいいように動いているらしい。
だったら、俺はこのまま見守る方向で良さそうかな。
「怖いのは……魔力量至上主義については、むしろ強固になっている気配がある事ですね」
「合宿でイチが俺に負けたからか?」
「それもあります。そして、綿櫛たちが謎の技術によって一時的にでも魔力量を大幅に増やし、ナルさんに対して十分な力を示してしまったのもあります」
イチの家では魔力量至上主義……それも魔力の量さえ多ければ、何をしても許されると言う思想が蔓延りかけているんだったか。
魔力量が多い方が有利なのは事実であるし、否定も出来ないけれど、何をしても許されるってのは……まあ、良くない考えだよな。
ただ、俺の立場だとこの件はなぁ……。
俺は魔力量が3000を超えた、魔力量甲判定者の中でも更に頭一つ飛び抜けた存在だ。
その俺が何を言っても、魔力量至上主義者に何かが響くことは無いだろう。
「ナルさんが気に病む必要はありません。先日……夏季合宿から帰ってきた後に、実家の魔力量至上主義の一人と話をしたのですが、その時の様子からして、彼らは自分の身勝手に対する免罪符が欲しいだけです。あの様子では、合宿中にイチがナルさんに勝っても、あーだこーだと言い訳を重ねて、結局主義主張を変える事は無かったかと」
「そうか。何と言うか……悩ましいな」
だって、既にイチが見捨てる判断をしているような相手なのだから。
呆れ、吐き捨てるようなイチの口調がそれを物語っている。
「はい。最悪、イチは家を捨てて、ナルさんの下で慎ましく過ごす以外の道が無くなるかもしれません」
「なるほど。本当に状況が拙いんだな」
「……。はい」
いや、自分の生き残りだけ考えるようになっている辺り、もっとヤバそうだな。
少なくともイチだけではもう手に負えないようだ。
「まあ、その時は、俺の出来る範囲で守るか、殴り込みに行くかはするから、頼ってくれ」
「はい。お願いします」
うん、俺としては、この件についてはイチさえ守れれば、それで十分だと思っておこう。
手が届かない位置まで守るのは俺の役目じゃない。
「さて見えてきたな」
「そうですね。ようやく見えてきました」
さて、そんな風に会話をしながら歩いてくると、やがて俺たちの前に一つの大きな建物が見えてくる。
サイズとしては学園の本体と同じかそれ以上。
一部は学園を囲む塀の外にまで出ているほど。
大きな看板を掲げ、刻まれている名前は『国立決闘学園総合病院』。
そう、病院である。
「時間も……ちょうどいいな」
「では行きましょう。赤桐先輩が待っているはずです」
俺たちは学園内に存在している方の入口から、病院内に入っていった。
何故か続く謎の駄文。
イチ「イチのターン。イチはまず『実家の状況』のカードを発動します。その後、『いざと言う時の備え』を置いておきましょう」
スズ「あ、乗っかるんだ」
マリー「乗っかるんですネ」
巴「天石さんの家も大変ですね」