236:ナルキッソスとトモエ VSコモスドールとボーダーライフ -中編
「『アディショナルアーマメント』!」
ボーダーライフが変貌して最初に動いたのはトモエだった。
バックステップによってコモスドールから距離を取りつつ、スキル『アディショナルアーマメント』によって武器を薙刀から弓へと変更し、既につがえられている矢を引き絞る。
「『エンチャントフレイム』」
「させないっす……っ!」
「それは俺の台詞だ!」
スキル『エンチャントフレイム』の効果によってトモエの矢の鏃に炎が灯る。
その狙いは明らかにボーダーライフであったため、コモスドールは矢の射線上に入ろうとする。
が、その前にナルがシールドチャージをコモスドールへと仕掛け、盾と盾がぶつかり合う音を響かせつつもコモスドールをトモエの射線から退けると同時に、スキル『P・敵視固定』によって、その動きを妨害する。
「ハッ!」
トモエの弓から炎の矢が放たれる。
軌跡に炎を残しながら飛んだ矢はボーダーライフへと、真っすぐに、同サイズの普通の弓とは比較にならない速さで迫る。
「オラァ!」
対するボーダーライフは手に持った槍を一閃。
トモエの矢とボーダーライフの槍がぶつかり合う。
「弾かれますか」
「そりゃあな。それくらいでないと、この機能の意味がない」
そして、トモエの矢は難なく弾かれた。
持ち手が居ない矢と持ち手が居る槍がぶつかり合ったならば、この結果は当然の事と思えるかもしれない。
だが、魔力が込められた攻撃同士のぶつかり合いと言うのは、時に物理法則を凌駕した動きを見せる事もあり、そちらの法則に従うのであれば、トモエの矢が弾かれると言う結果に変わりはなくとも、ボーダーライフの体勢を崩す程度の効果はあるとトモエは思っていた。
その予測をボーダーライフは真正面から覆して見せたのだ。
「ナルキッソス!」
「分かって……っ!?」
「行かせないのはウチも同じっすよ!」
先ほどの意趣返しと言わんばかりに、今度はコモスドールがナルにシールドチャージを仕掛け、盾と盾をぶつけ合い、互いに押し合う状態になる。
ナルとしてはスキル『P・敵視固定』の射程範囲にボーダーライフを収める事で、ボーダーライフの顔と視線を強制的にナルへと向けさせ、その隙にトモエが仕掛ける事でボーダーライフを落としたいところであったのだが、コモスドールの働きによってそれは叶わなくなった。
「なら、『アディショナルアーマメント』からの『エンチャントフレイム』……せいっ!」
「『ウェポンシールド』っす!」
ならばとトモエは武器を薙刀へ戻した上でコモスドールへと斬りかかる。
が、コモスドールはスキル『ウェポンシールド』によって右手に持っていた槍の持ち手部分に沿うように半透明の魔力の盾を展開すると、ナルと盾の押し合いをしつつ、トモエの一撃を防ぐことに成功。
そしてこの瞬間、トモエもナルのスキル『P・敵視固定』の範囲に踏み込んでしまったために顔の向きを変えられて、見えない範囲と言うものが生じると同時に、動きが一瞬とは言え止まる。
「『エンチャントベノム』、『クイックステップ』」
そこへ元からの不穏なオーラに、スキル『エンチャントベノム』によって毒々しい緑と紫が入り混じったオーラが加わった槍を持つボーダーライフが、スキル『クイックステップ』による加速を得て、トモエへと槍を突き出す。
「トモエ!」
「っ!? 『クイックステップ』!」
ボーダーライフとナルの声でそれを察したトモエは咄嗟にスキル『クイックステップ』を発動。
ナルもタイミングを合わせて退くことで、スキル『P・敵視固定』の効果から逃れつつ、トモエはその場から素早く跳び退き、その直後にトモエの眼前の空間を貫くようにボーダーライフの槍が突き抜ける。
「外したか! だがそれがどうした!」
「ナルキッソスはコモスドールを! 私はボーダーライフを落とします!」
「分かった!」
「頑張るっすよ! ボーダーライフ! ウチも頑張るっす!」
ボーダーライフの槍は直ぐに引き戻され、再度突き出される。
それをトモエは薙刀で打ち払おうとするが、ぶつけ合った衝撃によってどちらも大きく弾かれて、二人は距離を取る。
ナルはそれを見つつ、コモスドールに接近すると共にスキル『P・敵視固定』の応用で以ってコモスドールを転ばせようと左右にステップを刻む。
が、コモスドールは首の動きを敢えて制御しようとしない事で、確実にナルの動きを見て、転ばされないように正確かつ素早く対処する。
「ふっふっふ。ナルキッソス自身の攻撃力のなさは分かっているっす! よって、此処からは積極的に仕掛けさせてもらうっすよぉ!! 『エンチャントインパクト』!」
「チクチクと……刺さりもしないんだが、ウザイ!」
その上でコモスドールは右手に持った槍を何度も突き出して、ナルの動きを制限していく。
勿論、ナルの耐久力の前では、コモスドールの槍は刺さりもしない。
これは目や脇腹と言った、一般的には急所と呼ばれるような場所でも同様だ。
だが、衝撃はある。
そして、コモスドールの今の攻撃はスキル『エンチャントインパクト』によって、その衝撃力を大幅に増している状態であり、当たった部位に強い衝撃を加え、仰け反らせたり、動きを止める程度の事は可能であった。
結果、ナルはダメージこそ受けないものの、足止めをされてしまう。
「おらぁ!」
「はあっ!」
そうしてコモスドールがナルの参戦を防ぎ、時間を稼いでいる間に、ボーダーライフとトモエがぶつかり合う。
何度も何度も刃同士がぶつかり合って、火花と魔力を散らす。
互いの武器がぶつかり合う度に、乙判定者と甲判定者の攻撃がぶつかり合っているとは思えないような大きな音が鳴り響き、両者の体幹を大きく揺るがすような衝撃を持ち手に伝えてくる。
「すぅ……はぁ……なるほど。マスカレイドしてから消費した魔力の量に応じて攻撃力と防御力が大きく強化される仮面体の機能ですか。大した強化具合ですね」
先に音を上げて距離を取ったのはトモエだった。
だが、素早く構えを取り、体勢を整える事で、追撃は許さない。
「お褒めいただき光栄ってところだな。ちなみに気づいたのは七月の決闘の時だった。決闘相手の攻撃を受けた時にギリギリで即死を免れたら、ビックリするほど強化されてな。前例もないとかで、まだまだ検証途中の面も多い」
「なるほど。流石は戌亥寮に送られる人間ではありますね。であるからこそ言わせていただきます」
ボーダーライフもそれを分かっているから、きちんと体勢を整えて、改めて槍を構えると共に、次の一撃をどうするかを考える。
そして、ボーダーライフのそんな考えを見越したかのように、トモエは次の言葉を紡ぐ。
「今のままでは一発芸です。検証も必要ですが、それよりも早急に優れた槍の師を見つける事をオススメします」
「その忠告は謹んで受けさせていただくよ。俺自身も思ってたことだし……なっ!」
が、そんな言葉は挑発にもならないと言う態度をボーダーライフは見せると、トモエに向かって真っすぐに突っ込んでいく。
「力で敵わないのなら……技で応じるまで!」
同時にトモエも一歩前に出て、手にした薙刀を振るった。
スキル『ウェポンシールド』
手に持った武器の形に応じた魔力の盾を作り出すスキル。
コモスドールが使ったのは強度としてはそれなりで、盾を展開している間は打撃武器以外としての武器運用は難しい、専守防衛バージョン。
他にも刃部分は含めずナックルガードのように盾を出現させる物、盾の幅がとても広いもの、効果時間が極めて短い代わりに強度が高いパリィ向けな物、とても脆い代わりに消費がとにかく少ないものなど、製作者によって多彩なバージョンが存在しているスキルでもある。
よって、デバイスにインストールする際には、詳細確認が必須である。