232:帰ってきた学園と始まる……
「ふうむ……」
夏季合宿が終わってから数日経ち、今日は土曜日である。
まだ朝早いのだが、それでも日差しは既に眩しく、アスファルトの照り返しもあって、気温は上昇を始めている。
この分だと、今日もまた猛暑日となる事だろう。
「当たり前なんだが、大騒ぎだなぁ……」
そんな環境で人を待つ俺はスマホでニュースを見ているのだが、表示されるニュースは大同小異だ。
なにせ、見出しを見ても。
『『コトンコーム』社社長の孫娘、殺人未遂の疑いで拘束』
『決闘学園の合宿中にあわやの事態。殺人未遂の疑い』
『我が儘令嬢、遂に一線を越えてしまったか』
と言う具合である。
そこに『コトンコーム』社に捜査の手が入っているとか、これまでの法的に拙い諸々が出てきただとか、社内のパワハラセクハラ告発だとか、参加企業である『ノマト産業』が抱える闇だとか……そう言うのも加わって、『コトンコーム』社一色としか言いようがない。
なんか噂によれば、外国とのよろしくない付き合いまであったとか、なかったとか……。
あまりにも一色でSNSもニュースも染まり切っているので、『コトンコーム』社は日本政府によって嵌められたのだと言う、真実か陰謀論か悩むラインの話まで湧いているくらいである。
「まあ、自業自得か」
とは言え……仕方がない事ではあるな。
綿櫛たちが行ったのはマスカレイドを用いた殺人未遂と言う、女神の逆鱗に触れるような行いであり、他に幾つも拙いことが出てきているのだから、一緒にされたくない連中程騒ぎ立てるのは当然だろう。
それに、綿櫛たちが使った魔力量を大きく増やす謎の技術、アレの存在を表に出したくないと思ったら、近いがそれ以外の話題で世間を塗り潰してしまうのが、一番簡単な隠し方だろうからな。
これまでのツケだと思って、諦めて欲しい。
「そろそろか」
さて、そんな事よりも、今日これからやる事の方がはるかに重要度も優先性も高いのだから、そちらに集中しなければ。
「翠川様、お待たせして申し訳ありません」
「いや大丈夫だ。俺もちょっと前に来たところだから」
今日の待ち合わせ相手……護国さんの声がした。
なので俺は声がした方、虎卯寮の入り口の方を向く。
そちらに居たのは髪を降ろし、帽子を被り、ワンピースを身に着けた護国さん。
薄くはあるが、しっかりと化粧もしているようだし、手には小さなバッグと日傘も持っていて、正に準備万端と言った装いだ。
「そうなのですか?」
「そうそう。だから気にしないで。むしろ俺が早く来た事で護国さんを急かしてしまったのなら、謝らないといけないのは俺の方だよ」
「そ、そんな事はありません。絶対にです」
さて、此処で本日の予定について、一言でまとめよう。
護国さんとのデートである。
うん、夏季休暇に入る前に約束したそれだ。
ちょうどよくここで日程が空いていたのもあるし、夏季合宿の件で心配をかけてしまったと言うのもあって、今日、突発的に近い形で行う事になったのだ。
「そうか。なら良かった」
さて、突発的に近いものではあるけれど、それでもデートプランのようなものは幾つか考えてある。
なので、護国さんの要望も聞きつつ、それらを適宜組み合わせる事になるのだろうが……。
「翠川様。その……先日の件は本当に大丈夫だったのですね?」
「先日の件……綿櫛の件だな。心配しなくても、傷一つないから安心……っ!?」
護国さんが突然抱き着いてきた。
「良かったです。本当に良かったです。メッセージや報道で無事に済んだことは知っていましたが、こうして直接会えるまでは何処か不安で……怖くて……」
「護国さん……」
どうやら俺は随分と護国さんに心配をかけてしまっていたらしい。
考えてみれば、護国さんは寮が違うので、今回の一件はまた聞きでしか情報を得られていなかったのだろうし、報道で全てが明かされていない事も察していただろうから……うん、これは早々に直接顔を合わせに行かなかった俺が悪いな。
「心配をかけたようで悪い」
「い、いえ……そんな事は……」
だから俺は抱き着いている護国さんの肩に軽く手を添わせると、護国さんが落ち着くまでただ待つ。
「申し訳ありません。みっともないところを」
「悪いのは俺だから気にしなくて大丈夫だよ。それよりもだ」
そうして護国さんが落ち着いたところで、話を切り替えることにした。
「今日は何処へ行こうか。護国さんが行きたい場所があるのなら、俺はそれを優先するけれど」
まずは何処へ向かうかだ。
決闘学園の敷地内には衣食住が揃っているのだが、その中にはデートスポットになるような場所も少なくはない。
護国さんの好みなどはまだ深く分かってはいないけれど、最初に心配をかけてしまった以上、それを上書きできるような思い出を残せる場所を選びたいのだが……。
「そうですね……では、学園の大ホールへ行きましょうか」
「大ホール? と言うと……今日も誰かが決闘をしているところか」
「はい。そこです」
なるほど、とりあえず俺の脳内に存在していた一般的デートプランは八割がた破却した方が良さそうだ。
少なくとも、映画館コースや遊園地コースではないな。
参考にするべきは……スタジアムでのサッカーや野球の観戦かな?
いずれにしても。適宜対応していこう。
「分かった。それじゃあ一緒に行こうか」
「あ、手を……」
「当然だろう? デートなんだから」
「……!」
俺は護国さんの手を優しく握りしめると、一緒に学園の大ホールに向かって歩き出す。
握った護国さんの手は、普段よりも少しばかり温かいように思えた。
と言うわけでデートラッシュ編開幕です。
以下、脳裏をよぎった駄文。
護国「私のターン! 私はこのカード、『心配で仕方が無かった』を発動します!」
マリー「合宿で居なかったからこそのカードですカ!」
スズ「くっ、ヒロイン力の高まりを感じる……! でも妨害はできない!」
イチ「何をやっているんですか……」