226:夏季合宿六日目・深淵の玉 VS流星小隊-前編
「っ……ん?」
反応できなかった。
斬られた。
俺はそう思ったが、痛みも何もなかった。
一瞬、何かを感じる前に死んでしまったのかとも思ったが……。
「結界!? 何故結界がありますの!?」
いつの間にか、ツインミーティアたちを囲むように結界が展開されていて、その結界に阻まれる形でツインミーティアの剣は止まっていた。
「邪魔! 邪魔! 邪魔ぁ! 私の邪魔をするだなんて許し難い結界ですわ!! バレットシャワー!!」
「ふふふ。かしこまりました、お嬢様。『メテオバレット』!」
何故結界が展開されているのかは分からない。
そして、展開された結界の強度はそこまででは無いようで、ツインミーティアが剣を叩きつける度にヒビが入っていく。
おまけに、ツインミーティアの背後では、バレットシャワーが巨大化した手の中に燃え上がる隕石のような物体を生成していて、それを握り潰すことで自身の仮面体の機能を発動させようとしている。
正直に言って状況の把握に頭が追い付かないが……それでもやるべき事は確かだ。
「マスカレイド発動! 魅せろ、ナルキッソス!! 『ドレスパワー』発動!」
俺はマスカレイドを発動して、仮面体に変身する。
身に着ける衣装はバードスナッチャー先輩との決闘でも使った踊り子の衣装であり、変身完了と同時に『ドレスパワー』を起動する。
そして、盾を結界に押し付けた上で叫ぶ。
「スズ! マリー! 周りを頼む! デュエル、アクセプト!」
「「っ!」」
「ごぼっ!?」
俺の前に展開された結界は、この夏季合宿中に散々見た、乱入有りの結界だった。
狙われているのは明らかに俺であった。
何故俺が狙われているのか、何故こんな馬鹿な事をしでかしているのか、分からない事だらけではあるが、今は考える必要はない。
やるべき事を……自分から結界の中へと入り、結界を壊させないように相手の狙いを変えさせるのを優先しなければならない。
だから俺は盾を構え、シールドチャージの体勢で、ツインミーティアの事を吹き飛ばしつつ、結界内へと突入した。
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「っう……全員逃げて! 理由は分からないけど、綿櫛たちが暴走している! 巻き込まれればタダじゃ済まない!!」
ナルが結界内に突入すると同時にスズが叫ぶ。
綿櫛たちに、ハモに、アビスに、何より自分自身に対して怒り狂う内心を必死に隠しながら、周囲に居る無関係の生徒へ逃げるように伝える。
「麻留田風紀委員長! 緊急事態でス! 場所は浜辺! 綿櫛たちが暴走して襲い掛かってきましタ!!」
それから一瞬遅れてマリーがスマホに向かって叫び始める。
連絡先は麻留田。
スマホの通話先からは、直ぐに慌ただしく動き始める音が聞こえてくる。
「「マスカレイド……っ!?」」
「降り注げぇ! 隕石の雨ぇ!!」
そうして真っ先にやるべき事はやった二人はマスカレイドを発動しようとする。
だがその前に……結界内部で小隕石の雨が降り注ぐ。
それはバレットシャワーが自身の仮面体の機能でスキル『メテオバレット』を拡散させた攻撃。
スキル『メテオバレット』とは、大量の魔力によって燃え盛る隕石を射出して相手を攻撃するスキルであり、その威力は消費する魔力の量に相応しく極めて高いものである。
威力の高さは拡散されてもそこまで落ちず……結界を粉砕してもなお、周囲に爆風をまき散らし、周りの生徒たちを転ばせるのに十分な威力を保っていた。
「くっ……」
「スズ。マリーたちは中へ入れませン。この状況で中に入っても足手まといになるだけでス」
「分かってる。分かってるけども……!」
スズとマリーの二人は咄嗟のマスカレイドが間に合ったため、怪我はない。
周りの生徒たちも、今の爆風によって危険性を認識したのか、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めている。
「それよりも水がある場所に沈んでしまった人が居ないのかの確認をするべきでス。こんな下らない事で死人を出すわけにはいきませン」
「……。ゴメン、そっちはマリーが一人で行って、私は万が一に備えて此処で控えつつ、出来るサポートをするから」
「……。分かりましタ。ではそのようニ」
マリーは水がある方に向かって仮面体のまま駆け始める。
スズは敢えてマスカレイドを解除すると、スマホを取り出して何処かへと連絡を取り始める。
「……」
やがて砂煙が晴れていく。
「お前らぁ! 自分たちが何をやっているのか分かっているのか!」
既に再展開されている結界の中にまず見えたのはナルの姿。
傷一つない状態で叫び声を上げ、狙っている対象である自分が結界内に居る事をツインミーティアたちに示す。
「何を? 何をですって? そんなの邪魔な結界の排除に決まっているではありませんの。変な事を仰いますのね? ああでも、バレットシャワー! ナルキッソスが中に居るのなら、狙いを変えなさい! この役立たず! 愚図が! その頭は何のために付いていますの!」
「うぐっ、ぐっ、申し訳ございません。お嬢様」
続けてツインミーティアが姿を現して、同じく姿を現したバレットシャワーに向けて何度も蹴りを放つ。
「まあいいですわ。今はこれくらいにしておきましょう。クリムコメット、グレイヴサテライト。貴方たちも仕事をしなさい。バレットシャワー、貴方もです」
「ふふっ、ふふふふふ。かしこまりました、お嬢様」
「悪くない……私は悪くない……」
「はい、お嬢様。次はもっと密度の高い雨を降らせますね」
ツインミーティアの言葉に応じる様に、クリムコメットと、グレイヴサテライトと呼ばれた球体が前に出て、バレットシャワーも立ち上がる。
クリムコメットは最初に姿を見せた時よりも巨大化した、呪いの炎の鳥たちを従えて。
グレイヴサテライトは自身の周囲で隕石の欠片のようなものを周回させながら。
バレットシャワーはそれぞれの手に炎と雷の球体を携えて。
ナルに対する明確な殺意を向けながら。
「早いところ来てくれよ、麻留田先輩。状況的に倒していいかすら分からないんだから」
そしてナルが呟くと同時に……。
「さあ、ナルキッソスを殺しますわよ! 私より美しいものなど、この世には不要なのです!!」
「「「かしこまりました、お嬢様」」」
ツインミーティアは再びナルに向かって切りかかり、バレットシャワーたちも動き出す。
「……。まだです。まだ早い……」
同時に、誰にも気づかれないようにイチは呟いた。