225:夏季合宿六日目・警戒しながらのゴミ拾い
「つまりはこう言う事か? 綿櫛たちがあまりにも大人しくて、それを怪しんで調べたら、変な取引をしているのが見つかった、と」
「うん、そう言う事になるかな」
「そしテ、取引内容が何であレ、問題のあるものなラ、綿櫛たちと因縁があるマリーたちに向かってくる可能性が高いのですネ。それハ、分かりまス」
「確かに警戒するべき話ではありますね」
朝食を終えた俺たちは必要な道具を持つと、ホープライト号を降りて、浜辺へと向かう。
そして、その道中でスズが燃詩先輩からの警告がどういう意味なのかを教えてくれた。
なるほど確かに警戒は必要だな。
学園入学からこれまでの間に、スズは綿櫛と、マリーはバレットシャワーと、イチはクリムコメットと因縁のようなものが出来てしまっている。
綿櫛たちの性格ならば、取引で手に入れたもの次第では、何か妙な事を仕掛けてくるかもしれない。
「今日は決闘禁止ですかラ、決闘を仕掛けたラ、その時点で反省室送りカ、反省文は確定なんですけド。綿櫛たちは気にしませんよネ、そんな事」
「気にしないだろうね。これまでがこれまでだし」
マリーの言う通り、夏季合宿六日目の今日は決闘をする事が禁止されている。
島内環境を戻すことが目的の日なのに、荒らしてどうするんだと言う話だな。
ただ、綿櫛たちにそんな理屈が通じるかと言われると……通じるかは怪しいな。
ちなみに、自分の担当範囲の掃除を終えた後なら、ホープライト号船内の決闘設備を使って決闘する事は認められるらしい。
俺たちは近寄る気もないが。
「……」
「ナル君、どうかしたの?」
「いや、何でもない」
ただ、それよりも気にするべき点としてはだ。
スズは間違いなく、俺たちに隠し事をしている。
いや、隠し事と言うよりは、情報を制限していると言った方が正しいか。
必要のない情報を渡す必要はないと言う事なのだろう。
まあ、スズが俺たちには必要ないと判断して渡さないのなら、深く気にする必要はないのだろうけど……。
覚えてはおくべきだし、考えるべきだな。
でなければ、綿櫛たちが静かすぎるなんて理由で、綿櫛が誰それと会ったなんて、普通では得られない情報を狙って入手しているのは、流石にやり過ぎの範疇に入る。
プライバシー権の侵害とかで訴えられかねない。
だから、もっと具体的な何かと言うか、訴えられても問題のない何かと言うか、反撃材料まで得ていると思う。
「しかしそう言う事ならば、イチたちは今日一日常にデバイスを着用しておくべきですね」
「そこまで必要かな?」
「必要です。綿櫛たちが破れかぶれで事を起こす可能性もありますから。そうでなくとも、今日は島内各所でマスカレイドも利用した作業が行われています。何かあった時に反射的にマスカレイドを使えるように備えておいた方が安全でしょう」
「そうだな。そうしておこう」
「ですネ」
「分かった。じゃあ、そうしておこっか」
たぶんイチも俺と同じことに気づいたのだろう。
だから俺たちの安全を確保しやすくするために、デバイスの着用を勧めてきた。
断る理由も無いので、俺は『シルクラウド・クラウン』を着用。
イチ、マリー、スズも自分の『シルクラウド・クラウン』を着けた。
余談だが、最近は『シルクラウド・クラウン』は一々アタッシュケースに入れて持ち運ぶのではなく、普通に懐に入れるようにしている。
持ち歩けないと意味が無いので。
「でも、幾ら綿櫛たちだって、一線は超えてこないと思うんだよね」
「一線と言うと?」
「決闘開始の宣言や結界の展開も無く、マスカレイド未発動の相手に襲い掛かる、とか」
「それはバリバリに一線を越えていますネ」
「スズの言うそれは、即座に女神が出てきてもおかしくないものですね」
俺たちは浜辺のゴミ掃除を始める。
と言っても……まあ、あまり見当たらないな。
人の心情として、ゴミが無い場所にはポイ捨てしづらいとは言うし、島内には決闘の中継のための監視カメラやドローンが結構あるので、それが人目になってやらかす人間が少なくなっているのだろう。
悪い事ではないな。
「逆に言えば、一線を越えてこないラインなら何をやってもおかしくないのが綿櫛たちなんだよなぁ」
「それは……そうだね」
「これまでガ、これまでですからネェ」
「そうですね。そのラインまでは躊躇いなく踏み込んでくるかと」
女神は魔力を利用した犯罪を許さない。
これはよく知られている事だ。
とは言え、流石に全員が罰せられるわけではなく、確実に罰せられるのは殺人、傷害、強盗、大規模な器物破損を計画的にやった場合だとか何とか……まあ、例外もあるらしい。
俺は詳しくないので、よくは分からないが。
だが、その一線そのものについては……流石の綿櫛たちも分かっているはずだし、周囲も止めるはずだ。
女神の罰は場合によっては指示者にまで及ぶのだから。
だから、そのラインを超えない範囲で仕掛けてくると思っておけば……。
そう考えながら、ゴミを拾っていた時だった。
「「「!?」」」
不意に大量の、そして濃密な、嫌な魔力の気配がした。
俺も、スズも、イチも、マリーも、反射的にその魔力がした方を向く。
周囲の生徒たちもそれは同様。
そして見た。
「ふふ、ふふふふふ。素晴らしい、素晴らしい力ですわぁ……」
黒くてネバついた魔力を全身に纏い、ゆっくりとこちらへと向かってくるツインミーティアの姿を。
「あははははっ、これほどの、これほどの力を得られるだなんて……」
真っ黒な魔力で大きく膨れ上がった両手を開け閉めしながら、笑い声を上げるバレットシャワーの姿を。
「ふふふふふ、凄い。溢れてくる。勝手に力が溢れて来て止まらない……」
赤と黒が入り混じった鳥を何十匹も周囲に侍らしながら、ゆっくりと近寄ってくるクリムコメットの姿を。
「悪くない……私は悪くない……」
黒い靄を纏った鉄球としか称しようのない何者かが近づいてくる。
「あの……魔力は……」
知っている。
俺はあの魔力を知っている。
これで三度目だ。
一度目はゴールドバレット、二度目はスズで、そのどちらでもあの魔力を利用した力は圧倒的な威力があった。
間違っても油断できる相手ではない。
「見つけ……ましたわよおおぉっ! 翠川鳴輝いいいぃぃぃっ!?」
「っ!?」
「「「!?」」」
そして、その状態のツインミーティアは俺へと真っすぐに、けれど過程を捉えられないほどに速く、俺の目前まで一瞬で接近して来て……その手に持った剣を振り下ろした。