224:夏季合宿六日目・ネオンもやし先輩
「今日は島内環境を元に戻す。だったか」
夏季合宿も遂に六日目である。
事前に通達されていた予定では、今日は俺たちの活動によって荒らしてしまった若良瀬島の島内環境を可能な範囲で戻す、だったか。
「うん、そうだよ、ナル君。と言っても、基本的にはゴミ拾いだけだけど」
「そりゃあそうだ。と言うか、他に何をやるんだ?」
「デバイスや結界関係の技術を学んでいる生徒だト、そちらの方向の修復を任される事もあるそうですヨ」
「一部の仮面体には地面や植物を操作する機能を持ったものも居ますので、そういう能力持ちも能力を生かす方向で仕事を任されるそうです」
「ああ、なるほど。そう言う事も仮面体や本人の技能次第では出来るのか……」
で、『マスッター』経由で通達された俺たち個人の仕事は浜辺でのゴミ拾いである。
まあ、否はない。
ゴミ拾いが終わった後にはサークル『ナルキッソスクラブ』での活動も控えている事も考えたら、むしろ都合がいいくらいだ。
そして、ゴミ拾い以外の仕事と言うのも、案外あるらしい。
マリーとイチが説明した物以外にも、生身では動かすことが難しい大型の物品を仮面体を利用して運ぶだとか、若良瀬島周辺の海域にある浮遊物や落下物を仮面体の機動力を利用して回収したりだとか、シンプルにこれまでのゴミをまとめたり、船内各所の掃除の手伝いだったりと、説明されてみれば納得しかないな。
「どうして私たちがこんな事をしなければいけませんの! こんなもの、金を払って業者に任せるべきですわ!!」
と、向かう方向の通路から綿櫛の声が聞こえて来たのでしばし待機する事にする。
朝食前から絡まれたら、一日のやる気を損ねる事になりかねない。
「騒いでますネ。合宿中、これまでは静かだったのですカ」
「そうですね。相変わらずよく響く声です。おかげで場所は分かり易いですが」
「まあ、麻留田さんが来るまでの辛抱じゃない? そうすれば逃げるでしょ」
「連絡は……必要なさそうだな」
まあ、これまでの五日間、綿櫛にしては良く静かにしていたんじゃないか?
俺個人としては、三日目の夜あたりから騒ぎまくって、学園に強制送還されるぐらいの事は考えていたし。
で、そんな事を考えている間に麻留田さんが現れて、綿櫛の声がする方へ向かって駆けていく。
「何をしている。綿櫛! ちっ、逃げ足が速い!」
駆けていくが……もう逃げたみたいだな。
「しかし、綿櫛の意見に同調するわけじゃないんだが、ゴミ拾い含めて、今日の作業を業者に任せない理由ってなんだ?」
「うーん、今回に限っては単純に自分たちが出したゴミは自分たちで必要な処理をしましょう。って言う教育的なお話で終わらせていいと、私は思うかな」
「一部の特殊技能持ちの生徒にだけ機会を与えて、他の生徒は観光していなさいでは不公平感を覚えるから、と言う風にイチは考えます」
「『レインボーシャーク13』を生み出さないためかもしれませン。アレは海洋廃棄物が原因でしタ……。もしモ、第二第三のレインボーシャークが生まれてしまえバ……オオ、オソロシイデス……」
俺は質問を投げかけて、スズ、イチ、マリーが返事をする。
マリーの返事は泣き真似までしている、完全にギャグに振り切ったものだけど。
「それは昨日の映画。いやまあ、海にゴミを捨てるなはその通りなんだけど」
「建物ごとマスコミがデスロールされた辺りはギャグだったんだけどね……」
「謎の魅力と感動がある作品でした。サメは宇宙へ……」
「サメ映画には謎の魅力がありますよネ。人類の謎でス」
まあ、安全が確保されるまでの雑談である。
大した意味なんてない。
「ちなみにだが、世の中には『レインボーシャーク13』の発光探知をスキルで再現しようとした馬鹿も居るぞ。二年ほど前の吾輩がそうだが」
と、不意に見知らぬ声がしたので俺はそちらの方を向く。
そこに居たのは女性にしては背が高めで、ネオンカラーに輝く髪の毛を持った、見るからに不機嫌そうかつ眠たそうにしている女子生徒の先輩が居た。
うん、間違いなく初対面だな。
あの髪色は魔力の影響で髪と瞳の色に変化がみられる現代でも、なお特別なものだ。
「燃詩先輩!? どうして部屋の外に!?」
スズが驚いた様子で声を上げる。
なるほど、この人があの燃詩先輩なのか。
「追い出された。吾輩の部屋の整理と掃除は余所より手間がかかるし、専門の業者が必要だから仕方がないのだが、まさか麻留田の奴と協力して朝一から追い出されるとは……ふわっ、おかげで寝不足だ……」
なお、この燃詩先輩の服装だが、だらしないなんてレベルではない。
とりあえず着ているから許せ、くらいな服装だ。
「……。そう言えば、こうして直接顔を合わせるのは初めてか。戌亥寮三年、魔力量甲判定、『ヒキコモリ』燃詩音々だ。よろしく、一年共。ああ、そこの水園とはちょっとした縁があってな。お互いに利用しあっている」
「なるほど? なるほど。翠川鳴輝です。何時も先輩のスキルと解析にはお世話になっています」
「天石市です。同じくお世話になっています」
「マリー・ゴールドケインでス。いつもありがとうございまス」
「うむ、よろしい。今後も感謝の念を絶やさないように。そうしたら、吾輩の手が空いている時にリクエストに沿ったスキルを作ってやるかもしれない」
燃詩先輩と俺たちは挨拶を交わす。
いやしかし、『ヒキコモリ』ってのは二つ名か?
そんな二つ名がつけられる相手と、スズはどうやって知り合ったのやら。
「ああそうだ、水園」
「なんですか?」
「昨晩、また接触があったようだ。一番可能性が高いのはお前たちの所だから、注意を払っておけ。吾輩もドローンと監視カメラで見張っておく」
「……。分かりました」
「ではな。吾輩は朝飯を食いに行く」
そうして警告のようなものを残して燃詩先輩は去っていった。
朝食会場ではなくカフェの方にだが。
他の生徒に混ざって飯を食う気はないらしい。
「スズ」
「後で説明するよ、ナル君。此処だとちょっと人目が多いし」
「分かった」
そして俺たちは朝食会場へと向かった。