223:夏季合宿五日目・深淵の手引き
ナルたちがサメ映画に関心を持っていかれてた頃。
ホープライト号の下層、人目に付かないエリアに五つ分の人影が集まっていた。
「いやぁ、すみません。お待たせしました」
「ふん、ようやく来ましたわね」
ハモと綿櫛とその取り巻きたちである。
「それで、例の物は?」
「こちらにあります」
ハモがテーブルの上にアタッシュケースを置き、それを開ける。
中から出てきたのは深藍色の宝石に機械をくっつけたようなパーツが四つ。
「ふふっ、前に見た時にも思いましたけれど、見事な輝きですわ。この見た目だけでも価値がありますわね」
「そう言ってもらえると製作者として嬉しいです。ですが、調整を経てもなおコイツには重大なデメリットがあります。手に取るのも、デバイスに付けるのも、それを聞いて、納得してからにしてください。取り返しがつきませんので」
綿櫛は宝石を手に取ると、照明にかざし、笑みを浮かべる。
以前と違って宝石を手に取る事を止めなかったハモは、そのまま続きの言葉を口にする。
「それで? どのようなデメリットがありますの?」
「一つ目、コイツを接続したデバイスは、マスカレイドを一度使い終わった後に確実に壊れます。ボロボロのバラバラになるんで、修復も出来ません」
「ひ、ひえっ……」
ハモの言葉に綿櫛の取り巻きの一人が怯えた表情を浮かべ、体を震わせる。
自分たちが使っているデバイスがどれほど高級な品なのかを理解していたために。
「二つ目、使ったら少なくとも数日は魔力が回復しなくなります。場合によってはその期間中、昏睡状態に陥る事もあり得ます。目覚めない可能性はないはずですが」
「魔力が回復しない……でも、その程度であの女をぶちのめせるのなら……ふふふふふっ」
続くハモの言葉に、取り巻きの一人……クリムコメットと言う名前の仮面体を持つ女子生徒が呟く。
しばらく魔力が回復しなくなると言うデメリットなんてどうでもいいと言わんばかりに。
「三つ目、初めてのマスカレイドの時の高揚感。アレをもっと強烈にしたものが来る関係で、テンションが上がり過ぎます。おかげで冷静な判断が出来なくなるかもしれません」
「その程度ですか。では、大した問題ではありませんね」
さらに続いたハモの言葉を、取り巻きの一人……バレットシャワーと言う名前の仮面体を持つ女子生徒が嘲笑うかのように聞き流す。
自分はテンションが上がった程度で冷静に行動できなくなるような間抜けではないと考えながら。
「そう、それでメリットの方はどうですの?」
「大量の魔力を得られます。使った人間の元の魔力量と相性にもよりますが、少なくとも二倍は確実です」
「二倍!?」
「二倍……ふふふふふ」
「つまりこれがあれば……」
「ふふふっ、良くってよ。つまり、これがあれば、今はまだ乙判定である私でも甲判定と同等……いえ、並の甲判定程度なら余裕で追い抜かし、あの護国巴ほどの力を発揮することが出来ると言うわけですわね」
「理論上はそうなります」
そして、ハモが放ったメリットの内容に、綿櫛も取り巻きたちも一気に沸き立つ。
だがこれに限っては当然の反応とも言えた。
魔力量の少なさを覆すための手段は女神降臨以降、東西関係なくあらゆる手段を講じて研究され、けれど誰かの魔力量そのものを容易かつ大量に増やす手段は見つからなかった。
だからこそ、日本は国策として優れた魔力量を持つ者同士で子供を作る事を推すようになったのだし、『蓄財』によって生み出される金貨に込められた魔力を別の人間が使えるように研究もされているし、表に出てこないだけで非人道的なものもあれば、怪しげな謳い文句から始まる詐欺もあり、正に世界中が切望しているものだと言ってよかった。
そんな中で、突如として、デメリット付きとは言え確実かつ爆発的に増やす手段を提示されたのだから、綿櫛たちの反応も当然の物だった。
「とは言え、まだまだ試作品。私が認識していないだけで、他にも問題点はあるかもしれません。それでも使いますか?」
「使いますわ。このデバイスにはそれだけの価値がありますもの。使って……」
綿櫛が言葉を続けようとするも、誰に対して得た力を使うかで迷いを見せる。
だからハモが言葉を繋げる。
「『翠川鳴輝に』勝つんですね」
アビスの魔力も載せた言葉で以って。
「ええそうです……翠川鳴輝に……ナルキッソスに勝ちますの……」
「そうですね……勝ちましょう。綿櫛お嬢様……分からせるのです。貴方様の力を……」
「ええ。このデバイスがあれば、相手の魔力量が幾ら多くても関係はありません……ふふふふふ……」
ハモの囁きに、綿櫛も、取り巻きの二人も、前後不覚に陥ったかのように呟く。
その様子は明らかに正気を失ってるものであった。
「そうですか。では『明日、頑張ってください。今日の所はもう休みましょう』」
が、綿櫛たち自身はその事に気づいた様子も見せずに、宝石を持って部屋の外へと出ていき……。
「で、君は効かないのか。臆病者なのが幸いしましたね」
「わ、わた……私……」
部屋にはハモと怯えた表情をした取り巻きの一人だけが残される事になった。
「でも参加しない訳にはいかない。使わない訳にはいかない。君の立場上、巻き込まれないように動くことは出来ない。『諦めましょう。諦めて、流されるままに閉じこもればいい。いつも通りに』」
「はい……そうですね……」
しかし、その少女もまた、虚ろな表情で宝石を手に取ると、部屋の外へと出て行った。
「ふぅ……おかげで何とかなりました。これでアビス様の力の有用性を示しつつ、『コトンコーム』社との縁切りまで出来ればいいんですけど……なんにせよ、今は逃げませんと。アビス様、どうかお力を貸し下さい」
ハモは部屋の外に出ると、そのままホープライト号の外にまで出る。
そして明かりもない港の一角、周囲が闇に包まれて波の音だけが響く空間で。
「マスカレイド発動」
何かが海へと落ちる音が一度だけ響いた。
やっぱり悪党じゃったな。