222:夏季合宿五日目・イチの気づき
「あそこでナルさんに決闘を挑んだのが失敗でした」
「まあ、結果論で話をするなら、そう言う事になるよな」
五日目の決闘実習が終わった。
それはつまり、今回の夏季合宿における、自動で成績に関わる決闘が終わったと言う事でもある。
そして、その結果は夕食の時間に示された。
「時間もかかっていたし、魔力も使っていたし、それで最終的には負けだったわけだから、ポイント的には一番美味しくない負け方ではあるよね」
「演武のような戦いハ、カフェで見ていて面白いものでしたけどネ」
俺の周りにはイチだけでなく、スズとマリーも居る。
また、トップ5の席に着いているのは二年生と三年生の先輩たちだけであり、誰の顔もこれまでの二日間、その席に着いていないもの
要するに、本日の決闘実習ではイチはトップ5に入れなかったのだ。
「まあ、三日間の総合成績に、単純な勝利数で言えば、イチは間違いなくトップだったんだ。今年はそれで良しとしておけばいいんじゃないか?」
「そうですね。ナルさんの言う通り、今年はそれで満足しておきます。ですが来年は……夜の部はともかく昼の部については三日連続を目指させていただきます」
「うん、その意気だよ。イチ」
「頑張ってくださイ。応援していまス」
とは言え、今日の成績だけで見るのならの話だ。
三日間全ての成績で言えば、イチは間違いなくダントツであり、長期間の継戦能力や索敵能力と言った面でイチの評価が大幅に上がった事は確実である。
現に今もイチには無数の視線が向けられているが、その数や質は初日や二日目の夕食の時とは全くの別物である。
「さ、とりあえず今は夕食を食べよう。今日は中華らしいぞ」
「はい、たくさん食べます」
「何があるかなー。餃子に小籠包……」
「マリーとしては食べた事が無いものを食べてみたいですネ」
なお、本日の夕食は中華料理である。
様々な地方の料理がテーブルの上に乗せられていて、既に美味しそうな匂いを周囲に漂わせている。
「先ほど、ナルさんとの決闘は失敗と言いましたが、今後の事を考えると大きな気づきがありました」
「そうなのか?」
さて、そうやって中華料理を食べている事暫く。
イチが腹ごなしも兼ねるように喋り始める。
「はい。『同化』の先と言えばいいのでしょうか? あるいはナルさんの魔力変質の使い方の先と言えばいいのでしょうか。とにかく、その先があるようには思えました」
「それは……興味深いかも。後で聞いてもいい?」
「マリーも気になるところですね。魔力の質を変える技術はマリーも無関係ではありませんので」
「はい。お願いします。むしろ二人にはしっかりと聞いて、考察を交わしたいところです」
ユニークスキル『同化』の先、か。
『同化』は自分の魔力の質を変化させる事そのもので、それによって周囲の風景に溶け込んだり、相手の守りをすり抜けたりするんだよな。
その先となると……確かに色々とありそうではあるな。
エンチャント系のスキルで足りるけれど、炎や氷に変える事も出来るだろう。
バフ系のスキルで足りるだろうけど、身体能力を飛躍的に伸ばすことも出来るかもしれない。
あるいは『パンキッシュクリエイト』のバットシャーロットのように、相手の魔力を自分のものにする事も、変化の方向性と操り方次第ではあり得るのかも。
うん、確かに気になってくるな。
「ただ実際に話し合うのは学園に帰ってからにしましょう。イチも考えをまとめる時間が欲しいので」
「分かった」
「了解でス」
「じゃあ、その時はよろしく頼む」
「そうですね。ナルさんもお願いします。ナルさんの魔力操作はイチの魔力操作とはまた少し毛色が違うようなので」
とは言え、合宿中に話し合う事でもないから、この話については此処までだな。
学園に戻ってから、色々な意味での安全を確保してからだ。
「それとナルさん。今日の夕食後の訓練は無しにしましょう」
「いいのか?」
「はい。時には休息も必要ですから」
で、夕食後の体術訓練についても、今日は無し、と。
そうなると夕食後にやる事が無くなってしまうわけだが……。
「それに……」
「それに?」
「ナル君。明日はサークル『ナルキッソスクラブ』の活動がメインだよ。島の修繕とゴミ拾い活動もやるけど。その為の話し合いは今日中に終わらせておかないと、明日どれだけの時間があっても足りないよ?」
「ああそうだった。すっかり忘れてた……」
「この三日間が非常に濃いものでしたからネェ……」
「そう言う事です。イチたちの目的は夏季合宿に参加する事だけではありません」
うん、夕食後にやる事あったわ。
と言うか、やらないと、学園に帰った後に問題になってしまう案件だった。
「場所は……どうしよっか?」
「ナルの部屋でいいんじゃないですカ? 消灯時間までなラ、女子が男子の部屋に入る分にはセーフだったはずでス」
「ではそうしましょうか」
「あー、折角だから適当な映画でも流しながら話し合うか。部屋にあるテレビってネットに繋がっていて、色々と変な映画も流せるらしいぞ」
「そうなんだ。うーん、何を流そうかなぁ」
「話し合いを忘れて熱中するようなものは避けるべきかと」
「BGM代わりですからネ。B級映画の類はどうでしょうカ?」
その後、俺たちは部屋で適当なB級映画……宙を泳ぎ、虹色に輝くサメが居て、そいつに照らし出されると目に留まらぬ速さで食い殺されてしまうサメ映画……を流し、あまりにもな展開に危うく意識を持っていかれそうになりつつも、明日の予定について無事に話し合ったのだった。
映画『レインボーシャーク13』
キャッチコピーは『照らされたら終わり』
浜辺に突如現れたのはゲーミングカラーに輝くサメ。
最初はその珍しさから学者、観光客、マスメディアなどが集まり、騒ぎ、持て囃すも、突如として凶暴化。
何故か宙を泳ぎ、浜辺に居たカップルを噛み殺し、漁師を船ごと沈め、車ごと学者を噛み砕き、建物ごとマスコミをデスロールすると、街の中を回遊して光に触れた人々を食い散らかしていき、次第に巨大化。
最終的には体長13kmにも及ぶ巨大サメと化して、人々を街ごと飲み込まんとする。
そこへ何処からともなく太古に作られた石の巨人トビナ・グリモアが現れてサメを撃退。
巨人は海に捨てられた廃棄物が原因でサメが虹色に輝き、凶暴化し、巨大化したのだと告げて、宇宙の彼方へと去っていく。
虹色に輝くサメの背びれに掴まって。
ホラーなのか、パニックなのか、特撮なのか、環境保全の大切さを訴えているのか……ジャンルの散らかり具合とそれに伴う予算逼迫による一部演出のチャチさからB級なのだが、サメと石の巨人の造形だけは無駄に出来がいい作品でもある。