221:夏季合宿五日目・浜辺の決闘 VSファス-後編
「っ!?」
ファスのクロスボウから放たれた矢は、加速が最高にまで乗ったタイミングで鏃がナルの背中に触れた。
そして、矢はナルの表皮をすり抜けて、その下の肉に触れたところで……。
「やはり駄目ですか」
弾かれる。
ナルの身に着ける制服に穴を開け、その下の肌に傷をつけ、そこから僅かに出血させることは出来ても、その先には進めず、刺さりがあまりにも浅くて矢がその場に残る事も無かった。
「他の方ならこれで終わりなのですが」
「まあ、俺はそれの原理を知っているからな」
ファスが放った矢は、その大半がユニークスキル『同化』によってナルの魔力に似せられた魔力で出来た仕掛け矢だった。
所有者が誰であるかまで似せられた魔力は、その魔力の所有者が持つ守りをすり抜ける性質を有している。
そして、矢羽根の敢えて似せていない魔力で構成されていない部分が動きを止めると、他の部分も元の魔力を取り戻すように仕掛けられていた。
この仕組みが正常に働いたのなら、どれほど強固な装甲を有する仮面体であっても、その装甲を無視して深く矢が食い込むことになる。
そんな必殺の威力を秘めている矢である。
「表皮と内部で魔力の密度を変える。でしたか」
「ああそうだ。慣れれば結構簡単に出来るぞ」
「いえ、そう簡単に出来るのはナルさんくらいだと思います」
が、ナルには通じなかった。
その理屈は言うは易しだが、行うは難しの典型とも言える手法。
皮膚と内部で魔力の密度を変えると言う、ナルの魔力操作技術と魔力量があって初めて出来る手段だった。
なにせ、これほど繊細な魔力操作技術を普通は求められないし、層が出来るほど密度を高めるには大量の魔力が必要なのだから。
「さて、どうしたものでしょうか?」
「さて、どうするんだろうな?」
ファスはナルの表皮の魔力は模倣し、『同化』によって再現する事は出来た。
だが、内部の魔力は模倣できなかった、と言うより、内部の魔力を模倣しては、表皮部分のすり抜けが出来なくなってしまう。
発射されたクロスボウの矢に途中から干渉する事は出来ないし、そもそもとして、そこまで素早く魔力の質を変える事も、要求される密度に必要な魔力も確保できない。
つまり、クロスボウによる攻撃は通用しないと考えていい。
そう思ったからこそ、ファスはクロスボウをマントの中にしまうと、格闘戦の構えを取る。
ナルもそれに応じる様に構えを取る。
「そうですね。試したことはありませんが、やってみましょうか」
「なるほど。そう来るわけか」
ファスの仮面体に変化が生じる。
『ドレスパワー』、服装、『同化』の効果が合わさった事でほぼ見えなくなっていた体の内、両手だけはナルの目にもはっきりと捉えられるようになる。
両手の『同化』の対象を変えたのだ。
周囲の自然の魔力からナルの魔力へと。
そうする事で、ナルの表面の魔力をすり抜け、内部構造に衝撃を直接伝えるのがファスの狙いだ。
「はっ!」
「っ!?」
ファスの手刀とナルの手の平がぶつかり合う。
乾いた破裂音、光、赤い液体が飛び散る。
ナルの口から痛みを訴える声が僅かながらに漏れて、その事実を認識しつつファスは次の攻撃を仕掛ける。
「くっ!?」
「甘い!」
だが、そうして仕掛けられたファスの次の一撃をナルは難なく受け止める。
音は同じだが、光と血は全く生じず、ダメージになっていない。
「いつの間に変えられるようになったのですか?」
「ある意味では最初からだな。俺は自分の体も盾も服も、自分の意思で作らないといけなかったわけだからな!」
「なるほど。言われてみれば納得がいきました」
まるで演武のような乱打戦が始まる。
ファスは手刀、拳、掌底と様々な打ち方でナルへと攻撃を仕掛ける。
対するナルはファスの攻撃を出来る限り手と腕で受け止めつつ、可能ならばファスの体を掴もうとする。
その掴みをファスはどうにか避けつつ、更なる攻撃を仕掛けていく。
その光景はファスの体の内、手だけがはっきりと見えるために、宙に浮いた手が舞い踊っているような不可思議で、見る者を魅了するような光景であった。
「一つ、二つ、三つ……多いですね!」
「そりゃあそうだ。素材って一口に言っても色々だからな!」
だが、そんな戦いを行っているファスは内心で焦ってもいた。
ファスの放った攻撃の大半は、ナルにとっては痛くもかゆくもない一撃だった。
ファスの手がその時に纏っていた魔力の質と、ナルの打たれた部分が有していた魔力の質が、『同化』が通用しないほどに離れていて、すり抜けられなかったからだ。
ならばとファスが手の魔力の質を変えれば、ナルもまた魔力の質を変えていて、再び一致しない。
そうして一致しない時の攻撃が、音だけが弾ける攻撃だった。
読み切れた後にどうすれば勝てるかはファスの頭の中にあったが、読み切る事は至難の一言に尽きていた。
「当たりましたが……連続はならずですか」
「完全ランダムでも、俺の方が圧倒的に有利な話だからな、これは。読み切らせるつもりも無い」
ファスは魔力の質を一致させたい。
ナルは魔力の質を一致させたくない。
両者の思惑が合わさった結果、観衆の目で追える体術合戦とは別に、打ち合う部位の魔力の変質合戦とも呼べる、一般観衆の目には見えない奇妙な戦いが生じていた。
「くっ……仕方が無いですね」
「っ!?」
そうして打ち合う事、七十二合。
直前の攻撃をすり抜けさせて、ナルの腕を大きく弾いたファスが動く。
ナルの懐に飛び込んだファスは、手を貫手の形にすると、スキルを放つ。
「『ヌキテ』!」
スキル『ヌキテ』、それは仮面体の持つ武器ではなく手を使って放つ、貫通力に特化したスキルである。
射程の不利、武器の不使用などのデメリットを抱える代わりにその威力は折り紙付きと言ってもいい。
ましてや、ファスが使うものはユニークスキル『同化』も組み合わせたもの。
表面の守りをすり抜ける事に成功すれば、その先の高密度魔力相手でもある程度は突き刺さり、そのある程度の時間の内に更に魔力を変質させられれば、一切の守りを無視して重要な部位を貫く事も出来る代物である。
「一層は抜けた……二層も抜けた……」
その『ヌキテ』がナルの胸に突き刺さり、皮膚をすり抜け、体術合戦の間に得ていた情報から推測していた内部の高密度魔力もすり抜けて……。
「っ!?」
「悪いが此処までだ」
そこで止められる。
心臓に突き刺さる前に、まるで手で掴まれたかのように、ファスの手が止まる。
そしてファスの手が追い出されていく。
体に侵入した異物を除去するかのような動きで以って。
「『恒常性』……!」
「みたいだな。こう言う事も出来るのは知らなかったが」
動きの正体はナルのユニークスキル『恒常性』。
肉体を保つために、文字通りの異物であるファスの腕を掴み取って抑え、追い出しに来たのだ。
そこから少し遅れて、ナルの本当の手がファスの腕と胴体をしっかりと掴む。
ユニークスキル『同化』は何でも自由自在にすり抜けられるような便利なものでは無い。
指先や体表、武装をすり抜けさせたり、誤魔化したりは出来ても、腕全体ではほんの数秒程度、体全体では一瞬すら不可能。
「ファス。悪いが今回の決闘は……俺の勝ちだ!」
「!?」
そうして完全に掴まれてしまえば、ナルとファスの膂力差、魔力量差もあって、逃げ出すことは叶わない。
ファスは勢いよく地面に叩きつけられ、そこで魔力切れによる仮面体解除となった。
『勝者、ナルキッソス!』
「ふう。際どいところだったけれど、何とか勝てたな」
そして、ナルの勝利が告げられた。
今回の決闘ですが、カラフル・イーロこと彩柱先輩が見ていたら、とても面白いことになっていたでしょう。
様々な色の光が飛び散っていたでしょうから。