220:夏季合宿五日目・浜辺の決闘 VSファス-前編
「マスカレイド発動! 魅せろ、ナルキッソス!」
「マスカレイド発動。揺らげ……ファス」
決闘が開始されると同時に二人ともマスカレイドを発動する。
ナルのデバイスから光が放たれて、その光の中から学園制服に身を包んだナルキッソスが現れる。
ファスのデバイスから黒色の粒子が溢れ出て、その中からペストマスクと迷彩柄のフード付きマントで身を包んだファスが現れる。
マスカレイドの発動速度は使っているデバイスが二人とも『シルクラウド・クラウン』であるため同速。
決闘の舞台となる結界の内側の地形は九割がたは浜辺で、残りの一割に波打ち際と森の端が僅かに入っている程度。
足場が若干不安定である事を除けば、障害物も隠れる場所も無い普通の環境と言えるだろう。
「『ドレスパワー』発動!」
「『ドレスパワー』発動」
マスカレイドを完了した二人が揃って『ドレスパワー』を発動する。
だが、その効果は対照的なものである。
ナルの『ドレスパワー』は学園制服に反応して、仄かに輝かせると共に、基本的なステータスを僅かに上昇させつつ、学習能力を向上させる。
対するファスの『ドレスパワー』は迷彩柄のフード付きマントに反応、ファスの輪郭と周囲の風景の境界をぼやかし、見えづらくする。
「行くぞ!」
「どうぞ。捉えられるのなら」
ナルはファスに向かって盾を構えながら駆けていく。
そしてファスの姿は……消える。
ファスの有するユニークスキル『同化』によって、ファスと周囲の地形が有する魔力を限りなく同質化させ、ファスの仮面体の機能によって同質化を更に強化。
それによって一見すれば消えたように思えるほど、周囲と色を近づけたのだ。
ファスの事を知らない人間からすれば、ファスが何処にいるかはもはや分からない事だろう。
「だが此処は浜辺で足跡が残る。そこっ!」
しかし、ナルは見えなくなるカラクリを知っている。
なので、浜辺に残される足跡の位置に従って殴りかかって……。
「!?」
空振る。
「足跡対策くらいはファスも考えていますが?」
「っ!?」
そして、思いっきり空振り、体勢を崩したナルに対して、ファスの蹴りが突き刺さり、ナルは受けた衝撃に逆らわずに飛んで距離を取る。
「猫とかやる奴だったか。足跡に沿って歩くことで、足跡を増やさないって奴だ」
とは言え、ファスの攻撃力とナルの防御力では、無防備なところに攻撃が直撃してもそこまでのダメージにはならない。
ナルは直ぐに立ち上がって構えを取る。
「その通りです」
「っ!?」
そのナルの脇腹にファスの拳が叩き込まれる。
「そして距離が詰まれば、そんな小細工もする必要はありません」
「くっ、っ、四方八方から……!?」
ナルは直ぐに手を払って、ファスの体に触れようとする。
そんなナルの動きをあざ笑うように、また別の方向からファスの攻撃が放たれ、それに対応しようとしてもさらに別の方向から攻撃をされる。
「何時何処に攻撃が来るかが全く分からない……!?」
ファスの姿はほぼ見えない。
それはつまり、ファスの手が今何処にあるのか、足が動いているのか、体の向きは、頭の位置は、無理がある姿勢から攻撃を繰り出しているのか、次の狙いは何処なのか、そう言った情報の一切が手に入らないと言う事でもある。
ダメージ自体は大したことは無くても、不意を突かれれば怯みはするし、そうして怯めば何をされるか分からない。
結果、ナルに出来る事は、何処から攻撃が来てもいいように出来る限りで身構える事だけだった。
「と言うか『P・敵視固定』が効いてないな?」
「アレはナルさんの魔力で相手の顔と目を掴むようなものですので、ファスならばすり抜ける事が出来ます」
そうして身構える中でナルは気づく。
打ち込まれる拳と蹴り、その向きと位置と勢いからして、ファスがスキル『P・敵視固定』の影響を受けずに動き回っている事に。
それはスキル『P・敵視固定』の効果が、ナルの魔力によってナル以外の仮面体の顔と眼球を掴み、その向きをナルの顔がある方向へと強制的に変更する、と言うものである事を知っていて、ファスがユニークスキル『同化』を持っているからこそ出来る動きだった。
つまり、ペストマスクの下に隠されているファスの顔部分、その部分の仮面体を構築している魔力の質だけをナルの魔力に可能な限り近づける事によって、効果の対象にされず、例え対象にされたとしても、その圧を大幅に下げているのである。
「なるほど。そう言う事も出来るのか。とは言え……やっぱり火力不足か?」
「……」
ファスの攻撃が一度止んだのを感じると、ナルは笑みを浮かべながら言葉を発する。
此処までの決闘では、ファスが一方的に攻めている展開だった。
だが、並の仮面体ならば力尽きているであろう猛攻を受けても、ナルの体は傷一つ付いていない。
それどころか、制服や盾と言った身に着けているものにもダメージは出ていない。
それはファスのこれまでの攻撃がナルの基本的な防御を貫けていない証拠でもあった。
仮に此処までのファスの攻撃でナルが動揺して、迂闊な動きをしていたならば、組み伏せてからの締め技に移行する事で、ナルの自然回復を上回る事も可能だったかもしれない。
だがそうはならなかった。
ファスの日々の教えを守ったナルは冷静に攻撃を受け止め続けて、隙を晒さずに凌ぎ切った。
ならなかった以上、ファスは次なる手を打つことにする。
「出来ればドローンに映されている状況では使いたくなかったのですが……」
「別に見られたところで対処できるものでもないだろ。家の都合で隠しておかないと拙いなら、使うべきではないんだろうけど」
「いいえ、使います。ファスは決闘者なので。勝つために手を尽くすのは当然の事です」
ファスの姿がナルの背後に現れる。
そして、至近距離からクロスボウの矢が放たれた。
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