217:夏季合宿五日目・森の中で出会った
「おー……」
早いもので夏季合宿も五日目である。
流石に此処まで来ると、ホープライト号にも若良瀬島の環境にも慣れてくるし、勝てる相手勝てない相手が分かってくるのだろう。
するとまあ……俺のように勝ち目がある人間が限られる人間は定位置に居ると避けられるわけで。
「やってるなぁ……」
俺は浜辺を離れて、森の中へとやって来ていた。
目的は言うまでもなく、森の視界の悪さを生かした不意打ちの決闘だ。
で、そうして決闘相手を探す俺の前で結界が展開されて……ちょうど今、決闘が終わったらしく、結界が解除される。
さて勝者は?
「あ、熊白先輩」
「あ……」
そこにいたのは熊白未隈。
戌亥寮にいる魔力量甲判定者五人の内の一人で、二年生の先輩だ。
そんな熊白先輩は俺の姿を見て、一瞬怯んだ後に……。
「げぇっ!? 翠川だくま!?」
森中に響き渡るような声で叫んでくださった。
「やってくれますねぇ。熊白先輩……地獄の果てまで追いかけられる覚悟はおありで?」
「はっはっは、翠川が相手でも挑んでくる奴は居るかもしれないくまよ? やってみなければ分からないくまよー」
こうなれば、俺に勝てると思っている一部を除いて、この近くからは生徒がドンドン離れていく事だろう。
まったくもって、やってくれたものだ。
しかも、熊白先輩はたった今決闘を終わらせたところなので、十分経過するまでは決闘を挑んでも拒否してくるだろうし。
とりあえず十分間追いかけ続けて、決闘を挑む事は確定だな。
「はぁ。それはそれとして、ちょっといいですか。熊白先輩」
「なんだくま? 答えられる事なら答えてやるくまよ」
さて、ただ十分待つのもアレなので、雑談でもするか。
熊白先輩は訊かれた事には割と答えてくれるタイプだし、ちょうどいいだろう。
「夏季合宿って人によってやる気のある人と無い人の差が激しいですよね。どうしてです?」
「どうしてって、そんなの悩むまでも無いと思わないかくまー? それとも恵まれている奴に恵まれていない奴の事は分からないかくまー?」
「まあ、思っている事はありますが、答え合わせと言う事で」
「仕方がないくまー。埋め合わせで答えるくまー」
俺と熊白先輩は雑談しつつ歩く。
「簡単に言えば……そんなの当然くま。むしろ全員がやる気に溢れている方が怖いって奴くま。やる気の度合いの差の理由は人それぞれくま。気にしても仕方がないくま。それでも気にするのなら……」
何故、やる気の差があるのか。
それを熊白先輩は語っていく。
その言葉をまとめるのなら。
全員が全員、決闘に適した仮面体を持っているわけでもない。
決闘に対してやる気を持っているわけでもない。
中には、決闘に適さず、けれどモブマスカレイドにはしていない仮面体を持っている生徒だって居る。
決闘そのものを好ましく思っていないが、学園卒業の為に最低限だけこなそうと言う生徒が居る。
決闘者ではなく、決闘者のサポートに回る事を選んだ生徒だって居る。
そう言う生徒なら、やはりやる気は出ない。
そしてやる気がある生徒にしても実態は様々だ。
俺やイチのようにトップ5に入る事を目指して戦う者。
自分の課題や学園から出された課題をこなすために動く者。
諏訪のように先々を見据えて探る者。
自分が作ったスキルの出来を確かめたい者。
本当に様々だ。
「そして中には、勝てる決闘だけをしたいって奴もいるくま。それこそ、七対一でも、甲判定に勝てたなら、勝ちは勝ちだと誇りたい奴だって居るくま」
「それは……まあ、気持ちは分かりますけど」
「自分ではコイツには勝てませんので、他の決闘者を当たってください。これが言える決闘者なら、それはそれで誠実くまよ?」
たぶん、三日目や四日目に集団で挑んできた生徒の一部がこれなんだろうなぁ。
彼らは自分より強い決闘者に名指しで挑まれたら果たしてどうするのだろうか?
「そう言う事ではないです。どちらかと言えば……これは納得がいっているかどうかなんだと思います。俺はそう言う人間に対して理解は出来ても、納得はしづらいんです」
そう言う思いがあるから、俺は納得しきれないのだろう。
「そうかくま。でも翠川、分かっていると思うくまが、そう言う連中を蔑むんじゃないくまよ。お前は恵まれている側だくま。お前のような魔力量があれば俺だってと言う思いを持っている奴は少なくないくま。何なら、クマ程度の魔力量でも、甲判定には違いないから散々言われる事くま」
「……」
「理想と現実の妥協点って奴だくま。クマはギリギリのところで理想を追求できる側だけど、そうじゃない奴も沢山居るくま。そこは熊と人間の生活圏のように線引きして、互いに関わらないのが幸せになれる話だくま。これはクマたちにはどうしようもない話って奴だくま」
理想と現実の妥協点、か。
なんか、適当な雑談のつもりだったのだけれど、思ったよりも真剣な話が出てきてしまったように思えるな。
ただそれはそれとしてだ。
「あ、熊白先輩。デュエル、スタンバイです」
「……。翠川、ここは奇麗に終わらせるべく、クマを見逃すべきじゃないかくま?」
「もう遅いんで諦めてください。いい感じの事を言って逃げようとしてたのは分かっているんで」
「クマは勝てない決闘には挑みたくないくま……」
「俺はトップ5に入りたいので、獲物を逃がす理由が無いですね」
「くまぁ……後輩が冷血漢だくまー」
「同性相手に情で訴えても通じませんよ。で、どうするんです?」
十分経ったので、決闘の時間である。
俺は良い感じの事を言って去ろうとした熊白先輩に決闘の申請を出した。
「その顔、べりっていってやろうじゃねえかくま。デュエル、アクセプト」
「俺の顔にそもそも爪が立つんですかね?」
そして、熊白先輩の了承と共に、結界が展開されて、開始までのカウントダウンが始まった。