214:夏季合宿四日目・天石家とは
本日は三話更新となります。
こちらは三話目です。
「あれ? スズは?」
「燃詩先輩と話し合う事があるとかデ、留守ですネ。自由時間中には戻ってこれないだろうとも言ってましタ」
「何かあったのでしょうか?」
「かもしれませんネ。とは言エ、マリーたちが知るべき事なラ、スズは後で話してくれると思いまス。でハ、マリーは此処で見学していますのデ、お二人ともどうゾ」
夕食後。
準備を整えてプールサイド近くのフリースペースにやって来たのだが、そこにはスズの姿は無かった。
マリー曰く、燃詩先輩の所へ行っているらしい。
まあ、問題が無いなら、気にすることは無いな。
「じゃあイチ。やるか」
「はい。やりましょう。ナルさん」
と言うわけで、俺とイチは本日に体術訓練を始める。
ちなみにプールの方では昨日と違って、普通の生徒たちが水着になって遊んでいる状態であり、ビーチボールや浮き輪などの道具も出しているようだ。
なので、念のためにだが、飛来物には注意しつつ、訓練を進める事にする。
「よっ、せいっ、たっ!」
「はい、と、なるほど。この決闘実習で何か掴みましたか?」
「掴んだかは分からないが、普段よりも戦闘の頻度と密度が高いから、色々と考えたり、自分で修正したりはあるな」
「そうですか。では今日は、ナルさんが自分でやった事で歪んだ部分の矯正と行きましょうか」
「それはどういう……ぬおうっ!?」
普通にイチに投げ飛ばされて、抑え込まれてしまった。
どうやら、今日の決闘実習中のアレコレで、イチの指導下では投げられないように出来ていた部分が、出来なくなりつつあったらしい。
なるほど、体術を学んでいない相手ならともかく、学んでいる相手だと、修正しておかないと致命傷になりそうだな、これは。
イチが抑え込みを終えたので、俺は立ち上がると、再びやり取りを始める。
そうして何度も投げられ、打たれ、払われて、修正を施していく。
「ところでイチ。三日連続のトップ5を目指しているみたいだけど、その意欲は何処から来ているんだ?」
「何か妙ですか?」
「あー、イチの普段にやる気がない訳じゃないのだけれど、今回の合宿中のイチは普段よりもやる気に溢れていると言うか、真剣なように思えてな。それで何かあるのかと思ってな」
で、一度休憩。
とは言え、ただ休憩しているのも勿体ないので、話はする。
「……。一つ思い当たる事はあります。イチの家に関する事ですが」
「それってこの場で聞いても大丈夫な事か? 後、話したい事か?」
「大丈夫な範囲でしか話さないので大丈夫です。そして……そうですね、折角の機会なので、ナルさんにも知っておいてもらった方がイチにとっては都合がいいと思います」
どうやら、今回の合宿でイチがやる気を見せているのには、家の都合があるらしい。
「ナルさんも知っている事ですが、イチの家、天石家は諜報員の家です。それもだいぶ昔から、陰で国の為に情報を集めたり、操ったり、漏れるのを防いだりしていました。とは言え、この手の家としては天石家は末端の方に属しており、だからこそ駒ではなく石なのですが」
イチの家が諜報関係の家なのは知っていた。
俺に近づいたのも防諜に関係しての事だったらしいしな。
しかし、駒ではなく石か……それはつまり、必要なら捨て石にされることもあり得る一家、と言う事だろうか。
あるいは捨て石になる事も厭わない一家かもしれないが。
ただこの点については、俺は関わりたくても関われないだろうけど。
「それで実を言えば、女神降臨後、天石の家では一つの欲求ととある偏った思想が蔓延しかけています」
「蔓延?」
「はい。欲求の方は、諜報員として石ではなく駒になりたいと言うものです。魔力を利用した諜報活動が行えるようになれば、それだけ担える役目の幅も広がり、この分野における家の権力拡大に繋がりますので」
「それは……健全な欲求では?」
「はい。これについては健全な欲求だと思います。要は、今よりも腕を磨いて、国によりよく仕えられるようにしたい、と言うものなので」
ちなみにだが、女神は魔力を用いた殺傷行為、破壊工作については懸念の意を示し、場合によっては実行犯どころか命令者まで捕えにかかってくるが、諜報活動については特に何も言わないそうだ。
情報を守れるかどうかは決闘の一端と言う事なのだろう。
「問題は思想の方でして……簡単に言えば、魔力量至上主義が蔓延りかけています」
「あー……」
「アレですカ……」
イチの言葉に俺とマリーから思わず声が漏れてしまう。
「魔力量は確かに多い方がいいです。多ければ多い程、出来る事は増えますし、決闘も有利に進められます。それはイチも認めている事です。ですが、魔力量が多ければ、適性のない仕事でもこなせる、任せられると言うのは……」
「それは確かに問題だなぁ……。と言うか、頭の出来と魔力量が関係ないのは俺が証明してるんだが……」
「ついでに言えバ、判断力とカ、やる気とカ、その辺りも魔力量とは無関係ですよネェ……」
うん、その思想は確かに良くない。
特に諜報員の家では、致命的と言っても良い思想だ。
俺の勝手なイメージかもしれないが、諜報員に求められているのは、機転を利かせる能力や忠誠心の方であり、むやみやたらと多い魔力は目立つと言う意味で、むしろ不要なくらいではと思う。
「うーン、前にお会いした時ハ、そんなことは無かったと思うのですガ……何があったんでス?」
「分かりません。どうしてか、イチたちの少し上、親世代との間に居る人たち、いわゆる若手と呼ばれる人の間で、そう言う考え方が広がりつつあるようなのです」
「なるほど。と言うか、もしかしなくてもイチが俺の下へ来た理由も……」
「そう言う事ですね。若手のホープと言われていた方の指示です。指示の内容自体は妥当なので受けましたし、ナルさんも良い人だったので受けて正解だったと思いますが」
まあ、その思想のおかげでイチが入学式の時点で接触を図ってくれたと考えれば、その点は感謝してもいいか。
逆に言えば、その点にしか感謝出来ないかもしれないが。
「で、その魔力至上主義者の目を覚ますと言う意味で、イチは三日連続のトップ5を取りたいわけか。俺と麻留田さん、それに乙判定の中でも魔力量が多い人たちを差し置いて、イチがトップを取り続けたのなら、魔力量と成績は必ずしも関係しないんだぞと認める他ないはずだもんな」
「はい。逆に言えば、これで認められないなら、色々と見切りをつける事も出来ます。そうなった時は迷惑をおかけするかもしれませんが……よろしくお願いします」
「分かった。その時は俺に出来る範囲で何とかする」
「マリーも手伝わせていただきますネ」
イチの魔力は……確か900に満たないくらいだったか。
魔力量900以上は甲判定なら当然超えているし、乙判定でも綿櫛を筆頭に何人も居たはず。
うーん、イチのやる気を削ぎたくないから言わないが、現時点でも既に魔力量だけが結果に関わるのではないと言う成果を示せている気がするな。
「ちなみにこの話をスズは?」
「勿論知っています」
「流石スズですネ」
スズと改めて情報を共有する必要はないらしい。
むしろスズに話を聞いたら、より詳しい話が出て来そうな気もするが……今は夏季合宿中なので、聞かないでおこう。
「ナルさん」
「ん?」
「念のために言っておきますが、気遣いは不要です。そう言うのが無い成績でないと、言い訳をされてしまいますので」
「分かっているとも。とは言え、俺の足と索敵能力じゃ、そもそもイチを止めたくても止められないけどな」
「ですネ。マリーも無理でス」
まあ、話を聞いたところで俺に出来る事があるわけじゃなかったな。
いや、どちらかと言えば、何もしてはいけない話と言った方がいいくらいかもだ。
現実的に考えたら、イチに言った通り、何かしたくても何も出来ないけれど。
「さて、そろそろ再開しましょうか」
「そうだな」
イチと俺は体術訓練を再開するべく立ち上がる。
その時だった。
「あぶねぇ!」
「っ!?」
「ナルさん!?」
不意の高波で船が揺れ、その揺れでプールの水が大きく跳ね、その跳ねた水で勢い良く跳ねたビーチボールがイチの後頭部に向かって飛んできたのは。
それを見て俺は反射的に前に出て、手の甲でビーチボールを跳ね除けた……までは良かったのだが、跳ね除け方が悪かったのか転び、プールサイドに手をついて……。
「いっ!?」
手首を少し捻って、痛みが来た。
「ナルさん!?」
「ナル!?」
「あ、あー、大丈夫だ。ちょっと捻っただけだからな」
「いえ、念のために保健室へ行きましょう」
「ですネ」
「あー、うん。分かった。気を付けろよー」
そうして俺は船内の保健室まで移動する事になった。
『恒常性』の作用もあって、感覚的にはもう大丈夫だと分かっているのだけど……まあ、イチとマリーを心配させないためにも行くべきだな。
俺はそう判断した。
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