213:夏季合宿四日目・閑話・その頃の子牛寮
本日は三話更新となります。
こちらは二話目です。
「は~、いいお湯ですね~」
時は少々遡り、場所も変わって。
此処は十来温泉は一秋ホテル。
決闘学園は子牛寮の生徒たちが合宿先として訪れている温泉地である。
とは言え、温泉地としては少々寂れており、現在では一昔前の温泉設備と旅館を利用した市街地戦が行える決闘施設として有名になった場所なのだが。
「こんなお湯を~独り占めできるのですから~早々に切り上げて~正解でしたね~」
さて、そんな十来温泉のホテルにある源泉かけ流しの露天風呂に、太陽がちょうど真上にある頃から一人の生徒が入浴していた。
少女の名前は羊歌萌。
決闘学園一年生にして、魔力量甲判定を受けている少女であり、本日の成績が四勝一敗になったのをちょうどいいと捉えて、今日の決闘は此処までと切り上げた少女である。
「さて~他の人たちの様子はどうでしょうかね~誰か面白い条件で戦っていると見応えがありそうなんですけど~」
他の寮と同様に、子牛寮の決闘実習にも寮独自のルールがある。
それが、双方合意の下であるならばだいたいの無茶は許可されると言うものだ。
つまり、一対一のみならず、二対二、四対四、あるいはそれ以上の決闘も、双方が認めれば行う事が出来る。
勝者が敗者の所持ポイントの半分を得れると言うルールも、1ポイントを残して得れる、あるいは1ポイントだけ渡す、などと言うルールに双方が認めれば変えられる。
決闘は矛を交わす前から始まっている、自分に有利な条件が何で、それをどうやって通すかも決闘者ならば考えなければいけない。
ある意味では、戌亥寮の乱入有りルール以上に何でもありのルールであった。
「う~ん~微妙ですねぇ~萌の事を~皆さん楽しませて欲しいのですけど~」
そんなある意味では何でもありの戦いを、羊歌は温泉につかりながら、持ち込んだスマホで観戦していた。
そして、見ごたえのある決闘が見つからないと、つまらなさそうにしていた。
仕方が無いので、温泉から上がったら、方々に手を回して面白くなるようにするかと羊歌は考え始めて……。
「のあああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!?」
「……は?」
そのタイミングで露天風呂を囲う塀を飛び越えて人が飛び込んできて、温泉に落下し、巨大な水柱を立てた。
しかも声からして男。
と言うか、羊歌からすれば顔見知りだった。
「げほっ、ごほっ、くそっ! いったい何がどうなって……」
飛び込んできた男は黄金色のマスクを付けた仮面体、つまりはゴールドバレットであり、ゴールドバレットの視線は羊歌の方へと向けられていた。
なお、改めて言うまでもなく、此処は女子用の露天風呂であり、温泉に入っていた羊歌は何も隠していない状態である。
つまり、ゴールドバレットは見てはいけないものをはっきりと見てしまったわけで……。
「申し訳ありませんでしたぁ!」
即座に反転、からの謝罪しつつ風呂の床面に接触……否、陥没させるレベルで頭を下げるのは、この場でゴールドバレットに出来る最大限の誠意の示し方だった。
「素早い対応と明らかに事故である事を鑑みて~社会的に死ぬようなことは避けてあげますね~」
「はい……」
「それはそれとして~いったい何があったのでしょうか~? きちんと話してくださいね~。ちょっと洒落にならないかもしれませんので~」
「はい……」
ゴールドバレットは説明を始める。
ゴールドバレットは先ほどまで二年生の先輩と決闘をしていた。
決闘中、ゴールドバレットは先輩の攻撃……地面から水を噴き出して攻撃する、間欠泉のような攻撃を受けた。
そして、ゴールドバレットは結界に叩きつけられたわけだが……何故か結界は簡単に破壊され、そのまま吹き飛ばされ、今に至るとの事だった。
「なるほど~ちょっと失礼しますね~」
ゴールドバレットの説明を受けた羊歌はスマホで電話をかける。
電話をかけた先は、子牛寮の生徒たちを引率する立場にある教師たちの中でも、一番偉い人物だ。
「もしもし~羊歌です~十来温泉の結界装置に異常が生じている可能性がありますので~至急調査をしていただけますか~? 根拠ですか~?」
「……」
「ゴールドバレットの先ほどまで行われていた決闘を見れば十分かと~機器の劣化か~設定ミスか~異常出力か~なんにせよ確認は急ぐべきかと~被害は既に出ているわけですし~」
「……」
「萌が今何処にいるかですか~それは教えられませんね~それとも~……覚悟はありますか?」
「ひゅっ!?」
唐突に低くなった羊歌の声にゴールドバレットの口から思わず声が漏れる。
「はい~それでは~よろしくお願いしますね~」
「……」
そうして羊歌による教師への報告は終わった。
「ゴールドバレット~今から風紀委員会の別の子を呼んできますので~そこでじっとしていて下さいね~それで~人が来たら~さっき萌にしたものと同じ説明をよろしくお願いします~」
「お、おう……」
そして羊歌はゴールドバレットへ近づくと、わざわざ耳元で囁きかけるように語り掛けてから、温泉を出て脱衣場へと向かって行く。
この時のゴールドバレットにラッキースケベなんて概念は無かった。
自分の意思で見ると言う考えも無かった。
今なら誰も見ていないなんて悪魔の囁きも無かった。
見たら殺される、あるいは死ぬ、そんなシンプルな考えと強固な理性で以って、ひたすらに最初と同じポーズを維持していた。
ゴールドバレットが紳士だからと言うより、シンプルな命の危機に対して本能が正常な働きを見せた結果だった。
「……。は~~~~~思いっきり見られましたね~事故なんですけど見られましたね~どうしましょうか~……家に相談したら~確実に面倒事ですよね~どうにかして内々に収めて~家には伝わらないようにして~……あ~う~今更ながらに恥ずかしく~う~う~……」
なお、ゴールドバレット……縁紅にそのように思われているとも思ってもいない羊歌は脱衣場で裸のまま蹲り、顔を赤面させていた。
家の教育の成果として、縁紅の前では欠片の動揺も見せなかったものの、逆に言えば、人目が無くなれば動揺を抑え込む理由もなくなると言う事で、完全に気は動転していた。
「す~は~す~は~……とりあえず~風紀委員会の女子の先輩たちを呼んできましょうか~そうですね~口が堅い人から~……」
結局、縁紅が露天風呂の外に出る事が出来たのは、一時間ほど後の事であり、途中でマスカレイドが解除されてしまったことと真夏の陽気も手伝って、縁紅は湯あたりしたのだった。
が、関係者一同が口を噤んだため、誰の名誉も傷つくことは無かったのだった。
余談だが、この日の縁紅の就寝時間は普段より三時間ほど遅くなり、翌日は寝坊した。
テンタクル→テン・来る→十来
落とし穴→ピットフォール→ひとつ・秋→一秋