212:夏季合宿四日目・夕食の場での探り合い
「イチ、ナル、おめでとうございまス!」
「ありがとうございます。マリー」
「ありがとうな、マリー」
夏季合宿四日目の決闘実習が終わった。
そうして直ぐに送られてきた連絡を見てみれば、俺とイチの二人は今日の実習で獲得ポイント数がトップ5に入ったと言う連絡が来ていた。
「それでナル君、イチ。ご褒美はどうするの?」
「折角だから良い夕食を食べてくる」
「イチも同様です」
「分かった。二人とも気を付けてね」
「気を付けて?」
「はい。十分気を付けて行きます」
と言うわけで、夕食のランクアップを選んだわけだが……何故だか、スズから不穏な言葉が出て来た。
いったいどういう事だとは思うのだけれど、スズもマリーも答える気はなく、イチは分かっているらしい。
なるほどつまり、これも夏季合宿恒例の話になるので、初見は前情報なしで経験したいと言う俺の考えを鑑みて、これ以上の情報は現地で体験してください、と言う奴か。
そんなわけで、俺は警戒しつつ食堂へと向かい、専用の席へと着いた。
「二日連続のトップ5入り、おめでとう、天石さん。それから翠川もおめでとう」
「おめでとう」
「おめっとさん」
「ありがとうございます。先輩方」
「先輩方もトップ5入りおめでとうございます」
イチと俺が着席した後にやって来た他のトップ5は三人とも先輩方だった。
名前も仮面体も知らない。
ただ、何処かで見覚えはあるので、たぶんだが港と島の境界線上で待ち伏せをしていた一年生たちをみんなで排除する時に見たのだと思う。
こう言ったらあれだが、あの場は完全に稼ぎ処だったからなぁ、うん。
「ふうむ……」
それはさておき、昨日のように徐々に席は埋まっていき、0ポイントジュースが配られて、それから夕食が始まる。
今日は洋食が主体のようで、俺の知識でも手が込んでいると分かるようなスープがお出しされたので、俺はイチに教わったマナーに従って少しずつ食べていく。
うん、美味しい。
俺の舌では何を使っているのか分からないくらいには複雑で、繊細で、けれどしっかりとした味のスープだな。
「流石は翠川。様になっていやがる……」
「まあ、見た目は学年どころか学園でもズバ抜けているからな」
「なあ、嫁の一人が既に食事を終えてカメラマンに専念してるのは笑った方がいいのか?」
「あ、先輩方はお気になさらず。私はナル君の撮影に専念していますので。話にも加わりません」
なお、さっきからスズが俺の事を横から撮りまくっているのだが……。
本人も気にしなくていい、話に加わらないと言っているので、スルーするとしよう。
「美味しいですね、先輩方、イチ。ただ……健全な男子高校生としてはもう少し量が欲しくなりますね」
「分かる。このお肉とか、大きく口を開けば、一口だもんな」
「無茶苦茶手間がかかっているのも分かるけど、これとは別に量が欲しくなる」
「実を言えば、昨日の桂寮長とかも、後で追加のお肉を貰いに行ってたぞ」
「イチにはちょうどいいくらいなのですが……」
スープの後には、魚料理、アイスクリーム、肉料理、サラダにデザートと色々と続くのだが、そうして沢山の料理が出るからか、一つ一つの分量は控えめであり、正直なところ物足りない。
イチはちょうどいいと言っているが、こればっかりは女子高校生の中でも小柄な部類であるイチと男子高校生の差と言うものなので、仕方がないのだ。
そして、提供する側もそれはよく分かっているのだろう。
普通の生徒が食べているものと変わらないが、追加でお出しできるものを記したメニューを出してくれている。
うん、喜んで注文し、楽しませていただこう。
勿論、自分が食べれる範囲を見極めての話になるが。
「ところで天石さん。天石さんは一年生でありながら、トップ5を二日連続で獲得したわけだが……三日目も狙うのか?」
と、ここで先輩方の一人がイチに質問をする。
「勿論狙います。此処まで来たのなら、何処まで行けるかをイチ自身も試してみたいと言う気持ちがありますので」
その質問にイチは正直に、けれど普段は見せないような真剣さ……いや、意欲か? とにかく、普段とは違う表情を見せて答える。
そして、イチがそう答えると同時に先輩方だけでなく、食堂の一部生徒たちが纏う空気が変わったように思える。
こちらを敵視し、少しでも情報を得ようとしている構えだ。
「そうか。分かっているとは思うが、茨の道だぞ。なにせ三日連続は今まで皆無だった。となれば、外野は達成してくれと期待に胸を膨らませる場面だが、阻止する側の俺たちにしてみれば、三日連続のトップ5を阻止できなかったと言う不名誉を得てしまうかどうかの状況になる」
「つまり、今日以上に集中的にイチを狙ってくる?」
「いや、調べた話じゃ、天石さんに一対一の決闘を挑めた奴は一人だけだった。だから、本人は狙わないだろう。だが、どういうやり方でポイントを稼いできたのかも割れている。となれば、乱入無しの決闘が流行る。と、俺は読んでいるな」
「イチも同感です。目の前に乱入許可が下りている決闘があっても、自信のない方は挑まないでしょう」
俺たちの言葉に一部生徒たちの気が逸れた気がする。
うーん、この程度気を逸らすなよ、もっと自信を持てとか、叱咤激励した方がいいんだろうか?
しない方がいいんだろうな。
嫌味にしか聞こえないだろうし。
「ですが、それならそれでやりようがありますので。イチなら何とかなると信じています」
「ひゅう、言うねぇ……」
イチは自信を持って、そう言い切る。
だが現実として厳しいだろうな。
これまでのイチは乱入有りの決闘に予期せぬ乱入者として混ざる事によって混乱を起こし、その隙を突いて素早く刈り取っていくことで勝利とポイントを得ていた。
となれば、予期せぬ乱入者を許さない決闘が多くなれば、それだけイチのポイント稼ぎの効率は落ちる。
トップ5に入れるほどに稼げるかどうかは……俺にはちょっと分からないな。
「ちなみに翠川とかに挑む気は?」
「無いですね。勝てるかどうか怪しいですし、勝敗がどうあれ疲れますし、時間も絶対にかかりますから。ポイントを稼ぐなら、ナルさんと戦うのはNGです」
「やっぱ、そう言う評価になるよな。知ってた」
「翠川。彼女の事を思うのなら、明日一日は浜辺で突っ立っててくれ。誰視点でもお前はゲキマズエンカなんだ」
「ははは、先輩方にそう言われたおかげで、島中を徘徊する気が起きたと言っておきますね」
うーん、とりあえずだが、明日の俺は全力で周囲に喧嘩を売っていこう。
先に喧嘩を売ったのはそっちだからな。
一部生徒たちがびくついているが、知った事かと言う話だ。
一人ずつ削り取っていってやらぁ。
「イチ。明日会ったら、その時は容赦しないからな」
「はい。その時はお受けいたします」
なお、俺は口ではこう言っているが、内心ではこう思っていたりもする。
あの広い島内でイチを見つけ出して、20メートル圏内に収め、決闘を挑むなんて無理じゃないかなと。
そうして夕食は終わった。
とりあえずよく焼かれたお肉はソースも含めて美味しかったと言う感想を最後に残しておこうとは思う。
新年明けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。
あ、本日はお年玉として、三話更新となります。