210:夏季合宿四日目・『仮面剥ぎ』の混沌 VSケイオス-後編
「ふんっ!」
変貌したケイオスが爪を振り下ろす。
「『ドレッサールーム』からの『ドレスパワー』」
対するナルは盾を掲げるように構えつつ、『ドレッサールーム』を使って自身の服装を水着から学園の制服に変更。
その上で『ドレスパワー』を発動させて、自身の身体能力を全体的に上げつつ、未知のバフを得る。
「やはり堅いな」
「そりゃあそうでしょう、ケイオス寮長。俺にスキル無しの攻撃が通じるとでも?」
ケイオスの爪とナルの盾がぶつかり合う。
結果はナルの盾の完勝であり、盾の表面に僅かな傷をつける事は出来たものの、その傷は『恒常性』によって一瞬で直されてしまい、ケイオスがただ魔力を消費するだけとなる。
「思ってはいなかった。だが、どの程度の堅さなのか、実感してみなければ、どの程度のバフやスキルが必要なのかも分からないからな」
「俺の盾、此処から魔力を込めれば、更に堅く出来ますが?」
「……。だとしてもだ。『エンチャントダーク』」
ケイオスが飛び退き、一度距離を取る。
そして、スキル『エンチャントダーク』を発動して、長く伸びた爪と体の一部に黒い靄のような物を纏う。
靄の正体は闇属性の魔力であり、詳細な原理は未解明であるものの、触れた敵対者に対して酸のような作用を示す効果がある。
「行くぞっ!」
「どうぞ」
ケイオスが靄を纏った爪で、改めてナルへと切りかかる。
ナルはそれを盾でガードする。
すると、ケイオスはもう片方の爪でも切りかかるが、ナルは一歩後退しつつほんの僅かに盾の向きと位置を調整して、その爪も防ぐ。
それから更に数度ケイオスは爪で切りかかるも、ナルはその悉くを盾で防いでいく。
そして、それだけ果敢に攻めても、ケイオスの攻撃の成果は芳しくない。
『エンチャントダーク』の効果によってケイオスの爪に触れたナルの盾は表面を溶かされるが、それらは直ぐに直されて、無かったことにされてしまうからだ。
つまりは、先ほどの『エンチャントダーク』無しの攻撃と変わらない結果であり、ただケイオスが魔力を消費しているだけの状態になっている。
「何を狙っているので? ケイオス寮長」
「何の事だろうな?」
だからこそナルは怪しむ。
ケイオスと言う決闘学園三年生にして、戌亥寮の寮長を務めるほどの人間が、自分が負けに向かっているだけの状況を受け入れるはずないのだから。
「『ヌキテ』」
「っ!?」
そんなナルの疑念を晴らすように、ケイオスは右手の指先を揃え、姿勢を整え、スキル特有の決まった動作で以って、貫手による突きを放つ。
その貫手はナルの構えた盾を貫いて、ナルの体も貫こうとする。
「そんな単純な攻撃が通るとでも!?」
「ぐっ!?」
が、ナルの体にケイオスの爪先が届く前に、ナルは体を逸らして回避。
そして、盾に体を押し当てつつ拳を振るって……ギリギリのタイミングで盾を消して、ケイオスの腹を殴りつけて吹き飛ばす。
「……」
そうしてケイオスの体に直接接触したことで、ナルはケイオスの仮面体がどのようなものなのかを理解する。
「なるほど。ケイオス寮長の体表を覆っているのはスライムのようなものですか。時間はかかるけれど、自由に変形、硬化して、好きなように扱える。と言うところですか。仮面剥ぎは何処由来の能力ですか?」
「正解だ。仮面剥ぎについては……実のところ、俺自身もよく分かっていない。俺の代名詞であり、仮面体の機能でもあるが、まだ研究途中の代物なんでな」
「そうですか」
ナルの言葉にケイオスは堂々と返しつつ、立ち上がって体を軽く振って汚れを払う。
「分かってはいたが、やっぱりお前との相性は悪いな。ナルキッソス」
「だったら、モブマスカレイドの先輩たち五人と組めばよかったじゃないですか」
「アイツらは駄目だ。後ろから撃たれる。見えていたからと最初に襲ってしまったボーダーライフだったら協力する価値も余地もあったんだがな……」
ナルとケイオスは雑談に興じつつ、再び距離を詰めて、攻撃を交わす。
だが結果はケイオスにとっては先ほどよりも酷いものとなった。
盾か回避か、いずれにせよ、爪の一本もナルの体に掠りもせず、それどころか冷静に反撃を当てられて、距離を取られる。
ならばとフェイントを絡めてみるが、ナルはそれが最初からフェイントだと分かっていたかのように対処し、的確な防御あるいは反撃を返す。
「ナルキッソス、お前さっきから何が見えている?」
「さて何でしょうね? 妙にケイオス寮長の動きがよく見えているとは申告させてもらいますが」
「『ドレスパワー』の効果か。燃詩め、また厄介な代物を作ってくれたものだ」
二人の攻防は円を描くように、結界内を少しずつ移動しながら続く。
ナルの攻撃力の不足と異常な防御力のせいで、ケイオスはまるで嬲り殺しにされているかのように、少しずつ魔力を削られていく。
だが、ケイオスにとって特に困っているのは、前に見せた立ち回りに対して、ナルが常に満点回答を返してくる癖に、それを利用したフェイントに一切引っ掛かってくれない事。
ケイオスはその原因が学園制服と『ドレスパワー』の組み合わせにあると推測し、思わず毒づく。
「決闘もだいぶ長引いて来たんで、そろそろ終わらせましょうか」
「やれるものなら……」
既に決闘開始から十分近く経っていた。
ケイオスの魔力量は自然消費の分だけでも、そろそろ底が見え始めている。
だからケイオスは動く。
ナルが踏み込んできたタイミングで、少し前に土汚れと共に地面にばら撒いていた自身の仮面体の一部を鋭利かつ硬質な形へと変形させる。
その一つはちょうどナルが踏み込む位置にあって……。
「やってみ……あー……」
「ん?」
あっさりと踏み潰された。
忘れられがちであるが、ナルの履いている靴は安全靴と言う、危険な場所で使う事を前提としたブーツである。
その性質上、足裏とつま先から襲い掛かる脅威に対しては極めて強く、『ドレスパワー』による強化も実は施されている。
その堅さは盾とも大差なく、『エンチャントダーク』と硬質化だけで貫くことなど出来るはずもないものだった。
「とりあえず俺の勝ちです!」
「ぐっ!?」
そして今は決闘中である。
その事実を理解したがために若干放心してしまったケイオスをナルが慮る理由もなく、その拳は正確にケイオスの顎を捉えて、その体を地面に転がす。
「はぁ……普段は感じないが、やはり甲判定者の中でも別格の連中を相手にすると、もっと魔力量があればと思ってしまうな」
「そうですか」
「まあ、無いものねだりと言う奴だ。勝利おめでとう、ナルキッソス」
ナルのこの一撃がトドメとなり、仮面体を保てなくなったケイオスの体が消えていく。
そうして完全に消えたところで。
『勝者、ナルキッソス』
「よし、無事に勝ったな」
ナルの勝利は告げられた。
余談ですが、ボーダーライフ君はある種の火事場持ちです。
何時かちゃんとナルと戦わせてあげたいところ。