21:ダンスタイム
「キャストオフ!」
俺の言葉と共に、魔力で作られたライダースーツが弾け飛び、敏感な部分も含めて肌が外気に晒される。
ああ、何度味わってもこの感覚は気持ちいいとしか表現できないな。
なんだか今日はこの感覚を味わうために頑張っているような気持ちになっている気もする……。
「……。おおよそ10分と言うところですか。こらえ性があるのか、ないのか、判断に悩むところですね」
「ナルちゃんにしては頑張っている方だと思います。秒単位での話をするなら段々維持時間は延び、インターバルは短くなっていますから」
と言うわけで、本日は授業開始から三日目。
今日のマスカレイドの授業も、俺は別の教室でスズと一緒に受けていて、俺はライダースーツの維持、スズは俺の補助を目的に学んでいる。
「とりあえず戻してっと。樽井先生」
「……。なんでしょうか?」
一通り外気を味わった俺は、ライダースーツを再出現させる。
うん、今日だけで既に三回目になるのだが、順調に作り出すまでの時間は短くなっているし、維持できる時間も伸びている。
ついでにライダースーツの品質自体も、長時間着用していても違和感が無いように上げられている感じがあるな。
ただそれはそれとして質問がある。
「俺のライダースーツが維持できる時間は現状だと10分前後ですが、これって決闘が行われる時間と比較するとどうなんですか?」
「……。相手次第ですね。乙判定者同士の戦いなら、長くても5分以内に決着が付きます。しかし、甲判定者同士の戦いなら10分以上かかる事は珍しくはあっても、ないわけではありません」
「ちなみにだけど、甲判定者は甲判定者と戦う事が大抵だよ。おまけにナルちゃんって現状だと攻撃手段が殴る蹴るしかないから、嫌でも長期戦になると思うよ。具体的には20分以上」
「なるほど……」
「……。一応言っておきますが、決闘中に裸体を晒してもルール上は負けにはなりませんが、カメラに映ってしまったら、決闘が終わった後で警察に捕まる事になります。そうなれば、色々と面倒なことになるでしょう」
「むう……」
どうやら、現状でも乙判定者と戦うには十分なようだ。
が、甲判定者と戦うには、まだ時間が足りないらしい。
そして、カメラに映れば警察沙汰。
警察沙汰は……嫌だなぁ、現状でも多大な迷惑をかけている自覚はあるのだけど、スズや両親にまで迷惑がかかると言うのは嫌だなぁ。
俺自身については、露出関係で前科者になった程度では、美しさに陰りが出るわけじゃないから、そこまで気にするものでもないんだけど。
「……。なんにせよ、順調に維持は出来ているようなので、その状態で動き回ってみましょう。都合がいい事に今日は他の生徒もマスカレイドを発動した状態でダンスをする課題のようですし、同じものをしましょう」
「分かりました」
「じゃあ、私は……」
「……。水園君も踊るように」
「はぁい……ナルちゃんを撮影していたかったなぁ。あ、カメラを設置しておけばいいか」
俺とスズは周囲に何もない場所を確保すると、樽井先生が用意してくれたモニターに映し出されている通りに踊り始める。
ダンスの内容は、最初はゆったりとしていて、体が何処まで動くのかを確認するようなもの。
それから徐々に激しくなっていき、一度最高潮へ。
そして、そこから激しさについては収まっていくが、指先足先まで意識して踊らなければならないようなものになっていく。
時間にして5分。
全身をくまなく使い続ける、激しい運動となった。
「ひぃ、ふぅ。難しい……」
そんなダンスだが、スズは途中で脱落。
どうやら魔力が切れた上に、体が付いていかなかったようだ。
「そうだな。確かに初心者が踊るには難しそうだ。俺は見本さえあれば問題ないけど」
対する俺は普通に踊り切り、現在二週目に突入しているし、口を開く余裕もある。
魔力量はまるで減っている感じはしないし、もう少し難易度を上げても大丈夫そうだ。
「……。このダンスは本来、仮面体の細かい動作制御が行えているか、出来ない動作があるのか、柔軟性などに問題がないか。そう言ったものを確認するためのものなのですが、翠川君は全く問題がなさそうですね」
「まあ、俺の仮面体は性別が変わっただけですしね。そう言う問題が起きることは無いと思いますよ」
「……。いえ、意外と多いのですよ。仮面体になっただけで、なる前に出来ていた動作が何故か出来なくなると言うのが。水園さんなどがある意味ではいい例かと」
「なるほど?」
「そうだね。色々と身に付けているせいか、普段なら出来ている動きも出来ない感じ」
とりあえずダンスについては、いい評価を貰えるようだ。
まあ、元々体を動かすのは嫌いじゃないからな。
俺としては出来て当然という感じはある。
身に着けているものだって、今の方が少ないわけだし。
「……。そう言うわけなので……グラウンドの方は、結構な阿鼻叫喚になっていると思いますよ」
「あー……」
「それは……そうだろうね」
「それはそれとして、痒くなってきたからキャストオフ」
「ナルちゃんは見せちゃいけないところに白い光でも纏った方がいいんじゃない?」
「……。それは有りかもしれませんね」
俺はキャストオフして、それから一呼吸。
その後にライダースーツを戻す。
うん、本当に慣れてきたな。
スムーズにキャストオフ出来て、戻すことも出来る。
しかし、胸と股間に白い光か……確かにちょっと考えておいてもいいかもしれないな。
それが普通になれば、色々と言い訳が利く。
後、武器についても考えておかないとな。
俺にはそれほど積極的に決闘へと望む気持ちはないけれど、いざそうなった時に、麻留田さんのような相手に為す術もなくってのは……ちょっとどころでなくイラつくから。
「……。翠川君はそのまま踊り続けてください。ですが、耳はこちらへ。明日以降の予定についてお話しします」
「分かりました」
と、何か話があるようだ。
「……。今日の授業で、翠川君の仮面体が人前には出せないという問題は一先ず解決したと私は判断します。後の脱ぎたがる癖や維持できる時間については、自分で練習をして慣れるのが、一番の近道でしょうし」
「そうだね。私も樽井先生に同意」
「……。そう言うわけなので、明日以降のマスカレイドの授業は他の甲判定者の方たちと合流して行う事になります。人前でキャストオフしそうになった時は、脱ぐのではなく、マスカレイドを解除するようにしてください」
「なるほど分かりました」
どうやら次回からは徳徒たちと合流して授業を行う事になるようだ。
キャストオフについては……うんまあ、上手くやるしかないか。
「……。合わせて、寮の自室内でなら、自由にマスカレイドを使っても構いません。その為の許可を後で出しておきます。翠川君の制御能力と仮面体の能力なら、家具や壁、床を壊すこともないでしょうから」
「つまり、寮で服を出す練習をしても?」
「……。構いません。むしろ積極的に行うくらいでちょうどいいでしょう。ただ、部屋の鍵はしっかりと閉めておくように」
「それはまあ、そうでしょうね」
なお、これは後で聞いた話だが、授業開始三日目にして、寮の自室でマスカレイドを発動する許可を得たのは、俺が初めてとの事。
普通は早くても一月ちょっと経ってからだそうだ。
どうやら俺の仮面体の制御能力と安定性の高さは、並外れたものであるらしい。
「……。と言うところで、今日の授業は終わります。明日金曜日は三年生同士での模擬決闘の見学、月曜日は甲判定者限定の授業とミーティングなので、マスカレイドを使う機会もないでしょうが、だからこそ来週の火曜日までに安定して服を維持できるようになってください」
「はい。頑張ってみます」
「私も出来る範囲で協力するね。ナルちゃん」
そうしてこの日の授業は無事に終わった。
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「今日のマスカレイドの授業の成績、『放送事故』が一位になっている?」
「別の部屋で授業を受けていて、ダンスについてはスペース的に出来たからだってさ」
「裸踊り……ゴホン。まあ、ダンス一位については、あの仮面体と魔力量なら納得する」
「でも表に出てこないんじゃなぁ。それが正しい評価か分からない」
「曲家や吉備津以上って事だろ? キレッキレで……揺れてたんだろうな」
生徒たちの間で言葉が交わされる。
表に出てこない今年の魔力量一位が、その成績を少しだけ見せたと。
「流石に踊りならアタシでも勝てたか」
「そうですね。多少の心得はあったのですが、流石に分が悪かったようです」
「ん~。第三位の事は良いの~?」
「? 何故私が気にする必要が?」
「今年の新入生トップ争いで気にならないかって事。護国さんか、縁紅さんか、第一位か、ってさ」
「そうですか。第一位はともかく、縁紅さんについては別に……」
親しくなってきた者の間で言葉が交わされる。
魔力量二位は魔力量三位の事が気にならないのかと。
「俺は強い。強いんだよ。なのにどうして……気に食わねぇ……表に出て来ている護国はまだしも第一位の奴は特に……魔力量だけの分際の癖に……」
それらを聞いた第三位が一人呟く。
相手の姿が見えないからこそ、話が拗れて、ねじ曲がっていく。
『気に食わないなら、決闘で叩きのめせばいいじゃない』
「そうだ決闘を……決闘を挑んでやる! そこでぶちのめしてやれば誰だって、俺の事を認めるしかなくなる!!」
そうして、まるで自分の心の内から聞こえてきたようなささやきで以って、第三位は決闘学園だからこその解決法を見出した。