209:夏季合宿四日目・『仮面剥ぎ』の混沌 VSケイオス-前編
「まあいい。ナルキッソス、提案だ」
「っ!? ナルキッソス! 提案だ!!」
「ん?」
ケイオスが提案と言う言葉を出すと同時に、モブマスカレイドの一人……三年生がナルに向かって声を上げる。
両者の声音と態度は対照的で、ケイオスは落ち着き払っているのに対して、モブマスカレイドの五人は明らかに声が上ずって慌てている。
そして、両者の態度の差がそのまま出たように、提案の内容も対照的なものだった。
つまり。
「俺はナルキッソスと一対一で戦いたい。だから、協力までは不要だが、余計な連中を先に片付けようと思っている」
「ケイオス寮長はお前一人で勝てるような相手じゃない! 頼む! 俺たちと協力してくれ! 一緒に寮長を先に仕留めるんだ!!」
「なるほど」
ケイオスはモブマスカレイドの五人を先に倒すために、互いに邪魔だけはしない事を求めた。
モブマスカレイドの五人はケイオスを先に倒すために、ナルキッソスに協力を求めた。
「ではこうしましょうか」
「「「!?」」」
両者の提案を受けたナルはモブマスカレイドの五人に向けて駆け出す。
盾を構え、明らかな敵意を持って、接近していく。
それを見て、モブマスカレイドの一人が武器を突き出し、もう一人が銃を放つが、どちらの攻撃もナルの構えた盾を貫けず、容易に防がれる。
この時点でナルがどちらの提案を受け入れたかは明らかとなった。
「感謝する。おかげで楽を出来るし、お前との決闘にも勝ち目を残せそうだ」
「それはお互い様と言う事で。俺も一対一の方が相性がいいので」
「勘弁してくれえええぇぇぇっ!?」
ナルのスキル『P・敵視固定』によってモブマスカレイドの五人の顔の位置と向きがナルの顔へ向くように固定されて、容易には動かせなくなる。
この状況から脱しようとモブマスカレイドの五人は動き出すが、それよりも早く、最もケイオスに近かった一人の顔へ、ナルのスキルの範囲外からケイオスの手が伸びる。
「お前の仮面、貰い受ける」
そして、言葉と共に腕が振られただけで、仮面が剥がされて、その一人は退場させられる。
「なんだこのクソゲーは!?」
「顔の方向が固定されている状態で寮長の相手なんて出来るかぁ!?」
「ナルキッソス! 今からでも遅くない! 俺たちと一緒に……!?」
「でも先輩たち。俺の事を背後から撃ちますよね? そんな相手と協力しろと言われても無理ですよ」
「デッスヨネー!?」
その光景を他の四人が見る事は出来ない。
脱出するためには強い抵抗を振り切って無理やり退くか、ナルの事をどうにかするかの二択だが、ナルはそのどちらもさせない。
モブマスカレイドの四人は背後から死神が迫ってくるのを感じ取って、それぞれの武器とスキルと機能による攻撃を仕掛け続けるが、ナルの防御を崩すことは出来ていない。
それどころか、ナルが盾をしっかりと構える事で敵の攻撃を的確に防ぎつつ、ケイオスの位置を確認した上で距離を詰めていき、盾を構えたままタックルするか、ローキックを打つことでモブマスカレイドの動きを一瞬だが止めていってしまう。
「お前の仮面、貰い受ける」
「!?」
結果。
また一人仮面を剥がれて、退場させられる。
「俺たちが居なくなったら一対一なんだ……ゾオオオォォォッ!?」
「お前の仮面、貰い受ける」
残り三人となってしまえば、もはやナルの援護すら必要なかった。
ナルがスキル『P・敵視固定』の対象にケイオスを入れないように退くのと同時に、ケイオスは接近して、真正面から仮面を剥いでいく。
勿論、モブマスカレイドの三人は必死の抵抗をするが、実力の差は明らかであり、一人、また一人と仮面を剥がれ、退場させられていく。
その光景をナルは邪魔しない。
邪魔はしないが……じっくりと観察する。
理由は言うまでもない。
「お前の仮面、貰い受ける」
「やっぱり無理ゲーだこれえええぇぇぇっ!」
「さて、これで一対一だな。ナルキッソス」
「ええそうですね。ケイオス寮長」
決闘形式の都合上、最終的には戦う他ないのだから。
提案を受け入れたから、邪魔はしないが、勝利を収めるために、相手の情報を出来るだけ得る事は当然の事である。
「それでナルキッソス。俺の仮面体の機能は把握できたか?」
「ケイオス寮長の二つ名である『仮面剥ぎ』も合わせて考えるならば、だいたいの所は」
ケイオスとナルは多少距離を離した上で会話を始める。
ただし、その態度はまたもや対照的だ。
ケイオスは堂々とした振る舞いで口を開き、ナルはしっかりと盾を構えて周囲を警戒しつつ言葉を発する。
ナルが警戒する理由は単純で、時間稼ぎはナルにとって有利に働くはずなのに、ケイオスがわざわざ会話を求めて来たと言う事は、こうして会話をする事で何かを得ようとしていると判断しての事である。
「言ってみろ」
「ブラフが無いのならですが。ケイオス寮長の手を相手の仮面の上にかざして、『お前の仮面、貰い受ける』の言葉を発する。その後、腕を勢いよく払う事によって、相手のマスカレイドを強制解除する事が出来る。と言うところですよね?」
「正解だ。ついでに教えてやるなら、精神的優位に立っている、魔力量がこちらの方が多い、仮面体の調整を重ねていると言った条件で成功確率が変わってくる」
「なるほど。俺の姿を見た直後の失敗だったかもしれない、と言う言葉は、俺相手だと仮面を剥ぐことが難しいからですか」
「ああそうだ。俺がブラフを言っていないのなら、だがな」
「ここまではブラフなしだと思ってますよ。納得も行きますし、後輩相手に嘘を吐いたり、隠し事をしたりなんて、それこそ精神的優位が揺らぎかねないですから」
ナルは少しずつ横に歩いて、周囲の地形を改めてチェックしていく。
ケイオスは体の向きだけはナルに向けるが、その場からは動かない。
「で、実際の所、俺相手に仮面剥ぎが成功する確率は何割程度で?」
「一厘も無いだろうな。だが何も問題はない。仮面を剥げない程度で勝ちを諦めていたら、決闘者になどなれないからな」
「それもそうで」
ナルの動きが止まる。
ケイオスが構えを取り……その両手を変貌させる。
人の形から、両手の指先に鋭くて長い爪を生やし、両足が伸びて獣のように踵を付かない形へと。
その姿にナルは思う。
なるほど、仮面を剥ぐのは機能の一端、あるいはユニークスキルの類であり、こちらの変貌の方が本来の能力なのだろう、と。
「では、始めていこうか。ナルキッソス」
「何時でもどうぞ。ケイオス寮長」
そうして変貌を終えたケイオスは、これまでよりも明らかに速い動きでナルキッソスへと襲い掛かり、右の爪を振り下ろした。