208:夏季合宿四日目・『同化』の応用
「お疲れ様。イチ」
「ありがとうございます。ナルさん」
結界が解除され、マスカレイドを解いたイチが俺の方へとやってくる。
誰かがやってきたら俺が相手をしようと思っていたが……そんな暇もなく、あっという間に決着がついてしまったな。
「流石に疲れていそうだな」
「そう見えますか?」
「見える。少しだけど怠そうだし」
「そうですね。流石に碌な休息も挟まずに二連戦と言うのは厳しかったかもしれません」
ただ、八人決闘を勝ち抜いてからの一対一で勝利と言うのは、流石にきつかったようだ。
少しだが、イチは怠そうにしているし、足取りも僅かに鈍い。
この状況でもしも接近してくるような奴がいるならと、俺は周囲を警戒してみるが……とりあえず近くには居ないように思えるな。
「しかし、あんな使い方もあるんだな」
「そうですね。とは言え、ナルさんのように常日頃から知っている魔力に合わせるならともかく、よく知らない魔力に合わせるのは難しい事なので、クリムコメットのような相手でなければ出来ない事です」
「まあ、そうだろうな」
話題に出すのはイチの持つユニークスキル『同化』について。
自信の魔力の質を変化させて、相手の魔力と同質にする事で防御をすり抜けたり、周囲の環境と同質にすることで認識を誤魔化したりするのがメインの使い方だと思っていたのだが……今回のように、相手の判別機能を誤認させるような使い方も出来るらしい。
とは言え、今回このような使い方が出来たのは、クリムコメットの攻撃が自動的に行われるもので、一撃で倒されるほどの威力が無く、魔力の質を調整するだけの時間を勝手にくれたからこそ。
イチも言っている通り、普段なら出来ない事だろう。
「さて、そろそろ来たっぽいし、イチは身を隠してくれ」
「いいのですか?」
「俺だってポイントを稼ぎたいんだからちょうどいい。それに、イチ目当てで調整して来たら、俺が出て来るってのは、相手にしたら堪ったものじゃない。そうは思わないか?」
「……。そうですね。では、お願いします。イチは一度休憩に入りますので」
「ああ、任せてくれ」
と、此処で藪をかき分ける音が俺にも聞こえてきた。
俺に聞こえているのなら、当然だがイチにも聞こえている。
奴らの狙いは、クリムコメットと同じで、イチが持っている大量のポイントだろう。
だったら、そこを返り討ちにする事で、俺も稼がせてもらおう。
と言うわけでだ。
「ブラウル、デュエル、スタンバイ」
「っ!? 気づかれていたか……」
俺は藪をかき分けて20メートル圏内に入った同級生に乱入有りの決闘を挑む。
これで、この名前を知らない同級生はイチに決闘を挑む事は出来なくなった。
「いいから受け入れろよ。一対一は嫌だと思って、乱入有りにはしてやったんだからな」
「挑発は要らねえぞ、翠川。狙いは天石さんの方だったが、お前だって今日はまだ無敗だって知っているからな」
「ん? そうか?」
「そうそう。ノリの悪い奴も居るから、挑発するのも分かるけどな。デュエル、アクセプト」
相手が決闘を承認する。
すると、俺と相手の二人を焦点として結界が展開されていく。
「ではナルさん。私はこれで」
「ああ、またな」
その展開されていく結界に押し出されるようにイチは樹上に撤退し、そのまま姿を消す。
「げぇっ!? 翠川!?」
「うっそ、マジかよ……」
「クソマズ乱入だったかぁ……」
「協力プレイだ。協力プレイをしよう」
「はっはっは、やる気が無いですね。先輩方」
「最初から諦めるってどうかと思いますよ、先輩方」
「うっせえ、二年生にもなると、お前の規格外っぷりがよく分かってツラいんだよ」
えーと、満員にはなったな。
そして、誰が決闘に参加したのかを知るためなのか、俺を含めて八人中七人はこの場に集まったな。
ちなみに一年は俺と最初に承認した一人だけのようだ。
まだ姿が見えない誰かもそうかもだが。
「ちなみに最後の一人は『闇討ち』か?」
「いいえ、イチならさっき二連戦を終えたばっかりなので、一時休憩のはずです」
「てことは、姿を敢えて見せてないのが一人居るのか」
「誰だよ、それ」
「知らね」
「まあ、期待しない方がいいと言うか……」
「不意打ち警戒はするべきだと思ってますよ」
決闘開始までのカウントダウンが始まる。
なので、俺たちは自然と距離を離すと共に、周囲の環境を再チェック。
水場は……なさそうだな。
姿を見せていない一人の位置も分からない。
他の決闘者が俺を倒すために協力するかは……先輩方についてはありそうだな。
同級生の方もそれを察しているのか、先輩方の方を警戒している。
これなら、背中を注意しつつも同級生と一時協力して、先輩方を先に片付ける方針のが良さそうか。
「さて……」
それはそれとして、カウントダウンは進む。
全員デバイスを着用して、構えを取る。
3……2……1……0!
「マスカレイド発動! 魅せろ、ナルキッソス!!」
「マスカレイド発動! 時間だ! ボーダーライフ!!」
「「「マスカレイド発動!!」」」
俺を含め七人が一斉にマスカレイドを発動し、それぞれの仮面体になる。
一番早くマスカレイドを終えたのは俺で、その姿はこの合宿中ではいつものな水着姿。
ただ、この場には水辺が無いので、『ドレッサールーム』を使って服を変える事も考えた方がいいだろう。
次は同級生の誰かことボーダーライフ。
ボーダーライフのマスカレイドは色彩豊かな木製の仮面で顔を隠し、骨の鎧で体を守り、手には真っ赤かつドクロの装飾が施された槍が握られている。
たぶん近接戦闘系の仮面体だな。
続けて先輩方で、細かい差異は色々とあるが、基本的にはモブマスカレイドと言ってもいいだろう。
まあ、モブマスカレイドの厄介さは昨日散々思い知らされたので、警戒心を高める要素にしかならない訳だが。
「先に先輩方を片付けるぞ!」
「そいつは良い……」
なんにせよ、これならやはり、先輩方を協力して倒した後に……。
そこまで俺は考え、言葉を発し、ボーダーライフも乗り気になった時だった。
茂みから人型の何かが飛び出す。
「お前の仮面、貰い受ける」
飛び出した何かはボーダーライフの仮面に手を当てて、何かを呟く。
そして、飛び出した何かが手を払った。
ただそれだけなのに……。
「へ?」
「なっ!?」
ボーダーライフの姿が掻き消える。
それは間違いなく、マスカレイドが解除されたことによる退場処理だった。
「ケ、ケイオスだあああぁぁぁっ!?」
「『仮面剥ぎ』だあああぁぁぁっ!?」
「なんでこんなところに居るんすか寮長うううぅぅぅっ!?」
「ゲキマズクソエンカだあああぁぁぁっ!?」
「ふっぁけんなあああぁぁぁっ!?」
先輩方が叫ぶ。
それ自体はまあいい。
問題はその内容。
言っていることが事実であるならばだ。
「ナルキッソスか。乱入許可があったから入ってみたが、失敗だったかもしれないな」
「桂……いえ、ケイオス寮長が相手とは、ちょっと予想してませんでしたね」
顔の右半分だけを白い仮面で隠し、残りは黒の全身タイツを身に着けた上から同色のプロテクターで身を固めた仮面体。
これが桂寮長の仮面体ことケイオスであるらしい。
そして、ケイオスもイチと同様に昨日の決闘実習のトップ5だった。
つまり……相応の強敵と言う事である。