207:夏季合宿四日目・ファスVSクリムコメット
決闘が開始されると同時に二人はマスカレイドを発動する。
「マスカレイド発動。揺らげ……ファス」
イチのデバイス『シルクラウド・クラウン』が黒色の粒子に変換されていき、イチの全身を覆い尽くしていく、そうして覆い終わると同時に頭頂部からイチの仮面体……ファスの姿が現れていく。
顔を隠すのはペストマスクとも呼ばれる、鳥の嘴を模した仮面。
その仮面も隠すように全身を覆うフード付きのマントは若良瀬島の植生と時間帯に合わせて、緑を主体とした色合いの迷彩となっており、その下のプロテクター付きの衣服も同様。
武器であるクロスボウはマントの下に隠され、それ以外の武装も存在しているなら同様に隠されている。
そして、前日の決闘実習のトップ5に入った仮面体は直ぐに動き出す。
「『ドレスパワー』」
スキル『ドレスパワー』を発動する事によって、迷彩模様のマントと衣服はその迷彩効果は高める。
そこへユニークスキルであるからこそ宣言不要な『同化』の効果も合わさる。
結果、仮に真正面に立っていたとしても見分けられるとは限らないほどに、ファスの姿は周囲へと溶け込み。
結界の外から観戦しているナルの目では何処にいるのか分からなくなってしまう。
「マスカレイド発動! 燦然とせよ、クリムコメット」
そうしてファスの姿が迷彩によって見えなくなると同時に、デバイスの性能差の都合でクリムコメットがマスカレイドを完了する。
宝石を満載した仮面型のデバイスから立ち上るように火が発せられて、その形を変貌させていく。
やがて現れたのは黒塗りの陶器のような質感を持った仮面で顔を隠し、黒を主体とした色合いのドレスを身に着けた女性。
ただし、胴体の部分だけは金属製のパーツを鎧のように組み合わせて守っている。
「警戒開始」
クリムコメットの言葉と同時に、胴体を守る鎧の内、胸元と背中の部分から真っ赤な炎が立ち昇る。
立ち昇った炎の火の粉はクリムコメットの周囲に漂い、クリムコメットはまるで真っ赤なオーラを纏っているかのような姿になる。
そうして纏った火の粉に……。
何処からともなく飛んできたファスの矢が触れて、爆発を起こす。
「爆発する防壁ってところ……だけじゃなさそうだな」
その爆発を見て呟くナルの前で、ファスの矢を吹き飛ばした爆炎が姿を変えていき、鳥の形になっていく。
鳥の大きさはスズメと同程度で、数も数匹程度。
クリムコメットは爆発に伴って減った火の粉の量を戻しはするがそれだけで、後は何もせずに立っているだけだった。
だが、鳥たちは独りでに動き出す。
一斉に、矢が飛んできたのとは別の方向へ向かって、そこに誰が居るのか理解していると言わんばかりの速さで。
そして、茂みの中へと飛び込んだところで爆発が起きた。
「っ!?」
「ふふっ、ふふふふふ」
爆煙の中からファスが飛び出す。
怪我はなく、物理的な変化はマントに多少の煤が付いている程度。
しかし、その体に纏わりつくように赤い粒子が漂っていて、呼吸は少しだけ荒れていた。
「これが私、クリムコメットの仮面体の機能です。私への攻撃に反応して火の粉が爆発し、爆発から生まれた鳥は攻撃者の魔力を嗅ぎ分けて、勝手に攻撃する。ふふふ、素晴らしいでしょう? 正に因果応報。この鳥たちの喧しい囀りを聞いていると、身も心も重くなっていく。まるで熱病に浮かされるように」
「……」
「なるほど。自動防御に自動カウンター。ただ、直接的に爆発で傷を与えるのではなく、デバフの類を与えて削る形か……」
クリムコメットは堂々と、隠す必要などないと言わんばかりに自分の仮面体の機能を説明する。
その上で何もしない。
する必要なんてない。
だって、待っていれば勝手に相手の攻撃に反応して、鳥たちが生み出され、その鳥たちの攻撃で相手は倒れるのだから。
私は何も悪くない。
悪いのは先に仕掛けたあちらの方。
だって、私の鳥が生み出されるのは、相手が私を攻撃したからなのだから。
悪いのは自分を攻撃してくる連中で、それに対してこの程度の反撃しか試みない自分の何と優しい事か。
ツインミーティアのお嬢様のように誰かに当たったりしない、バレットシャワーのように裏でコソコソしたりなんてしない、グレイヴサテライトのようにウジウジと泣き喚く事もない。
私は正当な報復をしているだけで、何一つ悪くなんてない。
悪いのは、何時だって私以外の誰かだ。
それがクリムコメットの思想だった。
「ふふふふふ、あははははっ! ファス、貴方は確かに昨日の決闘実習ではトップ5に入れたかもしれない! けれど貴方を指す『闇討ち』の二つ名が示す通り、貴方は奇襲専門、不意を打つことしか出来やしない。貴方を探し出す術がない仮面体にとっては貴方は強敵なのかもしれないけれど、貴方を探し出せる私にとってはとっても簡単に倒せる相手だわ! でも私は悪くない! だって決闘だもの! 悪いのは私より貴方が弱いから! それが全てだわ!!」
「……」
その思想に基づいて、クリムコメットは言いたい放題に言う。
言うだけで、それ以上は何もしない。
対するファスは何も呟くことなく、動く事もなく、ただその場で蹲る。
そして……立つ。
「だいたい掴めました。これだけ分かれば十分です」
立って、クロスボウをクリムコメットへと向ける。
「あら、まだやる気があるの。でも、その矢は通じない。重さも速さもまるで足りないもの。でも、やってくれて構わないわ。やってくれれば、それだけ貴方が倒れるまでが早くなるもの」
クリムコメットは声に喜色を滲ませながら、堂々と立つ。
「クリムコメット。ファスから貴方に言葉を一つ送りましょう。『人を呪わば穴二つ』です」
ファスが矢を放つ。
「ははっ、何を言っているのかしら。貴方が攻撃をするから……」
放たれた矢はクリムコメットの火の粉に触れて爆発。
爆炎は鳥の形へと変わって……。
「は?」
クリムコメットへと襲い掛かる。
「!?」
鳥が火の粉に触れて爆炎が起き、爆炎は鳥の形へ変わり、現れた鳥たちはまた火の粉に触れて爆炎を起こす。
そうしてクリムコメットの火の鳥たちは瞬く間に増殖していき……やがて、火の粉に触れて起きる爆発で吹き飛ばせないほどの量になって、クリムコメット自身を飲み込む。
「ーーーーー~~~~~!?」
クリムコメットが叫び声を上げる。
何が起きたのかをまるで理解できなかったからだ。
どうして、鳥たちがファスに向かわなかったのかも分からなければ、その後の増殖した鳥たちがファスに向かわなかったのも分からず、自身の仮面体の機能が反旗を翻しているとしか思えない事態も理解できなかった。
出来るのは、自分の体へと襲い掛かってくる猛烈な熱さと怠さに叫び声を上げる事だけだった。
「あー、なるほど。こういう使い方もあるんだな……」
この場でクリムコメットの身に起きたことを理解できているのは二人だけだった。
一人は仕掛けた当人であるファス。
もう一人はファスの事をよく知っているナル。
ナルは、ファスがユニークスキル『同化』とクリムコメットの鳥が魔力に反応して追跡している事を利用したのだと見抜いた。
そう、ファスは自身の魔力の質を、クリムコメットの魔力の質に限りなく似せた上で、攻撃を仕掛けたのだ。
結果、失敗した呪いが仕掛けた当人に返るが如く、クリムコメットの仮面体の機能は対象を誤認し、主への反逆を始め、御覧の有様となったわけである。
クリムコメットは自身とファスの相性を良いと思っていたが、実際は最悪と言ってもいい相性だったのだ。
勿論、ユニークスキル『同化』を持っているからと誰にでも出来るような反撃手段ではない。
たゆまぬ研鑽をイチが積んでいるからこそ、成立する手法である。
そこまで理解した上で、ナルは感心したようにうなずき、声を上げた。
『勝者、ファス』
ファスの勝利が告げられたのは、それから間もなくの事だった。