206:夏季合宿四日目・イチ式探索術
「獲物を奪う事になってしまい、申し訳ありません、ナルさん」
「謝らなくても大丈夫だぞ。こういうのは早い者勝ちだって相場が決まっている。早々に距離を詰めて決闘を仕掛けられなかった俺が悪い」
結界が解除されると共に、マスカレイドを解除したイチが俺へと近づいてくる。
なお、俺からイチに決闘を仕掛けることは無い。
二日目の時点で、出来れば戦いたくないと言っているからな。
その言葉を翻意にして不意を突くような真似を俺はしたくない。
美しさの欠片もないしな。
「ですが……」
イチから俺に決闘を仕掛けてくる気もないようだ。
だが、俺が戦うつもりだった相手を横から掻っ攫ったと言う事実に変わりはないためか、何処か気まずそうな顔をしている。
そう言う事なら……そうだな、ちょっとしたことを教えてもらう事で、チャラと言う事にしてしまうのが良さそうか。
「じゃあ代わりと言っては何だが、ちょっと教えてもらってもいいか?」
「何をでしょうか?」
「さっきの決闘、イチがユニークスキルを活用する事によって、俺より早く乱入する事に成功したのは分かる。けれど、その前が分からないんだ。イチはいったいどうやって、他の生徒の位置を把握しているんだ?」
「ああ、その事ですか」
多少話が長くなるだろうと判断して、俺は適当な木に背を預ける。
イチは周囲を一度、軽く確認してから、話を始めてくれる。
「そうですね……。若良瀬島の島内に限っての話となりますが、簡単に言えば……音をイチは利用しています」
「音? ああ、かなり騒いでいたもんな。俺もアイツらも」
「いえ、声ではありません。声は分かり易いですが、それ以上に便利な音があります」
イチは音と言ったが、それは人の話し声ではないようだ。
しかし、それ以外の音と言うと、それこそ風で木々がこすれる音や、鳥や虫の鳴き声ぐらいしか……。
「ナルさん。若良瀬島の動物は小型のものだけで、猪のような大きな生物は一部の鳥を除けば居ません。つまり、藪をかき分けたり、木々を大きく押し退けたりと言った音をさせる生物は人間しか居ないのです」
「あ……あー、なるほど」
「はい。慣れは必要ですが、上手く聞き分ければ、この森の何処に誰が居るのか、何人固まっているのか、決闘する気なのか否か、分かる事は多くあります」
「そして、三人以上集まっているポイントがあれば、そこで乱入有りの決闘が始まる可能性が高い、と」
「そう言う事です」
なるほど、生息している生物の関係上、人間しか出し得ない音があるのか。
そして、それを利用する事によって、先んじて相手の位置を知る事が出来る、と。
うーん、これは俺が利用したくても利用できない手段かもしれないな。
一朝一夕でどうにかなるような技術じゃない。
「それから、相手に認識されずに接近するのに、イチは適当な木々も利用していますね」
「木々?」
「はい。人の目は上方向への警戒能力がそこまで高くありません。ですので、この森の中では木々を利用して静かに動けば、殆どの人の目は誤魔化せます」
「なるほどな」
こちらの話は俺も利用できるかもしれないな。
なるほど、木の上で待ち伏せしたり、木から木へと移動したりすることで、見つからずに動けるし、場合によっては乱入も出来るわけか。
とは言え、俺の身体能力でやろうとしたら、足の踏み外しなどでシンプルに危険なので、マスカレイドを発動しながらになるだろうけど。
「と、こんな所です。参考になりましたか?」
「ああ、参考になった。ありがとうな、イチ」
ただ、これらの手法は……俺が主戦場にしている浜辺では利用するのが難しいか。
遮蔽物なんてほぼ存在しないのが、あの場所だからな。
でも何かに利用できる可能性はあるから、きちんと覚えておこう。
「それではイチはこれで……」
「ああ」
話は終わったと言う事で、イチが俺から離れようとする。
「デュエル、スタンバイ!」
「なっ!?」
「む……」
だが、その前にイチに決闘を挑んだ人物が居た。
「ふふっ、ふふふふふ。見つけた。見つけたわ。天石さん」
「貴方は……」
そこに居たのは綿櫛の取り巻きの一人。
夏季合宿前の補習授業中に、イチに絡んでいた女子生徒だ。
「昨日のトップ5だった貴方なら、今日も沢山のポイントを稼いでいるはず。それを奪い取れば、私は沢山のポイントを得られる。貴方のように誰かからの怨みを買う事もなく。ふふふふふ、私ってばとっても賢い」
「……」
まあ確かにイチは既に沢山のポイントを稼いでいる事だろう。
毎回八人とは限らないだろうが、乱入有りの決闘は勝った一人が得られるポイントを全部持っていくから、一対一よりも得られるポイントは確実に多くなる仕様だ。
それを利用しているイチの稼ぎが悪い訳がない。
だから、そのイチを見つけ出して決闘を挑み、倒すことが出来れば、確かに大量のポイントを得る事が出来るだろう。
しかし、その計画には重大な欠点が幾つもある。
「イチ、断っても……」
一つ目、前の決闘終了から十分以内であれば、挑まれた決闘はノーリスクで断れる。
二つ目、本気で隠れたイチを見つけ出せる人間なんてそうは居ない事。
この二つだけでも重大過ぎる欠点なわけだが……。
「いいえ、受けます。決闘を終えた直後のイチになら勝てると勘違いしている相手に負けるほど、イチは弱くはありませんので」
「言ってくれるではありませんか。貴方たちのせいで私はあんな大変な目に遭っていると言うのに……!」
三つ目、最大の欠点として、イチに勝てるとは限らない。
つまり、この計画は、イチに勝てるだけの実力が無ければ実現不可能な計画と言う事である。
うん、あまりにも大きすぎる欠点だな。
とは言え、わざわざイチを探した上で、単独で挑んできているようだし、何かはある事だろう。
うん、折角だから見ていこう。
「ナルさん」
「分かった、離れてる。ただ折角だから、観戦はさせてくれ」
「お願いします。デュエル、アクセプト」
イチと綿櫛の取り巻きを焦点として楕円状の結界が展開されていく。
俺はその結界の外を一回りして、ちょうどいいポイントを見つけると、そこで二人の決闘を見守る事にした。
もしも、この二人の決闘を見つけて、近寄ってくる生徒が居るなら……その生徒には俺と決闘をしてもらおう。
それはそれでいい稼ぎになりそうだからな。
そうして、決闘開始のカウントダウンが始まって……0になった。