205:夏季合宿四日目・鬼ごっこ
夏季合宿も折り返し地点である四日目を迎えた。
朝食を食べ終え、準備を終えた戌亥寮の生徒たちは順次、若良瀬島へと移動し、それぞれの望む位置で今日の決闘に挑んでいく。
と言うわけで、本日の俺は浜辺で他の生徒を待ち構え、昨日と同じように七対一を仕掛けるべく接近してきた生徒たちをいち早く発見すると、自分から射程圏内に踏み込んで積極的に決闘を仕掛けると言う方法で迎撃する事にした。
したのだが……。
「待てえええぇぇぇ! 逃げるなあああぁぁぁっ! この卑怯者おおおぉぉぉっ!!」
二人ほど迎撃して、一対一で一方的に殴り倒してやったところ、残りの連中は逃亡。
俺もそれを追いかけて、森の中へと叫び声を上げながら入る事になってしまったのだ。
「お前らは決闘者としての誇りとかないのか!? 囲んで叩く事しか出来ない卑怯者か!! 戦ええええぇぇぇっ! 戦え、卑怯者おおおおぉぉぉっ!!」
「うるせぇ! 誰が一対一でナルキッソスなんかと戦うか!」
「嬲り殺しにされるのが分かっていて戦う奴なんて居るわけないだろ! いい加減にしろ!」
「俺は技術畑なんだよぉ! 一対一でこれのお試しなんか出来るかぁ!」
「私はその補助なんですー!」
「どーも、金で雇われた傭兵です」
「右に同じ」
「俺は金じゃなくてスキルですわ」
俺は引き続き叫び声を上げる。
上げるが……駄目だな、挑発に乗ってくる気配が欠片もない。
彼我の戦力差をよく理解していやがる。
なお、森の中を全力疾走する俺たちは当然ながら、とても目立っている。
となると、そろそろ横やりが入ってきてしまいそうな気もするのだが……。
「はっ!? そうだ! そうして俺たちの事を卑怯者と言うのなら……ブラウル、デュエル、スタンバイ!」
「そうか! その手があったか! デュエル、アクセプト!」
「ちっ」
その前に逃げている当人たちが気付いたか。
一人が乱入有りの決闘を横の人物に仕掛ける。
そして、それの承認に合わせて展開された結界に残りのメンバーが触れて、次々に乱入していく。
「ふははははっ! ナルキッソス! 俺たちの事を卑怯者と言うのなら! そう言う貴様は一対一でなければ戦えない臆病者よ! そうでないなら来い!! 俺たち七人の決闘に乱入してくるがいい!」
そう、俺が卑怯者と挑発した以上、相手はその誹りを受け入れるなら、こうして自分たちの内輪で乱入ありの決闘を準備して、そこに俺を招き入れると言う戦略を取る事が出来る。
俺の立場上、臆病者と侮られるのはよろしくない。
だから俺は目の前に展開された結界に勢い良く手を叩きつける。
「いいぜ! その挑発に乗ってやる! デュエル、アクセプト!」
そして、乱入するための文言を宣言した。
「あれ?」
「ん?」
したはずだった。
「ちょっとタンマ」
「ああ分かった」
「デュエル、アクセプト」
間違いなく宣言している。
なのには入れないな、うん。
「でゅーえる、あくせぷとー」
「「「……」」」
言い方間違いの可能性も考えてアクセントも変えてみるが、やっぱり反応は無い。
と言う事はだ。
「全員、背中合わせで警戒!!」
「あー……先に入られたか……」
結界の中で、俺が追いかけていた七人が背中合わせになって立つ。
決闘が開始されるまでのカウントダウンは既に始まっている。
乱入有りの決闘では、最大八人まで同時に参加する事が可能。
うん、ここまで材料が揃えば俺でも分かる。
俺ではない八人目が、結界内に既に居るのだ。
「折角だし見ていくか」
そして、そんな事を出来ると言うか、積極的に狙ってくる生徒には、一人心当たりがある。
イチことファスだ。
「「「マスカレイド発動!」」」
カウントダウンが終わって決闘が始まり、七人が少しだけタイミングをずらして、周囲を警戒しつつマスカレイドを発動する。
同時に、イチもマスカレイドを発動したはずだが……何処にいるか、俺の目では分からない。
まあ、これについては仕方が無いな。
イチのユニークスキル『同化』の性質とファスの有する機能、森の中と言う障害物と遮蔽物に溢れた環境、それともしかしたら通常のスキルの効果も合わせれば、こうなるのは当然。
索敵関係の機能やスキルが無ければ、むしろ見つけられる方がおかしいと言うものだ。
「ぎゃあっ!?」
「「「!?」」」
そんな風に思っている俺の前で、後頭部に矢を受けた一人が叫び声を上げながら倒れて消えていく。
致命傷を受けたことによるマスカレイド解除だ。
「な、何が起きて……がはっ!?」
「首を斬られ……ひゅっ!?」
一人倒れたことで残りの六人は二人一組になって散開しつつ、敵の正体と位置を探り出そうとする。
が、そうして別れた組の一つに何かが襲い掛かって、それぞれ一撃ずつで仕留めていき、消し去る。
「ちょっ、待て。これってまさか……アッー!?」
「『闇討ち』だ! 『闇討ち』に襲われている……ぞ……」
そして二人消されたことがバレると同時に、更に二人始末。
うーん、何とも鮮やかな手際だ。
しかし、どうやっているんだろうな?
矢が残っている時はファスの持っているクロスボウを使った、首の骨を折られた時は格闘術で上手くやったのだと思うのだけど、刃物で斬られたり刺されたりした場合が分からない。
まあ、ファスなら体の何処かに刃物の一つや二つくらい隠し持っていても不自然ではないけれど。
「か、かくなる上はぁ! 『フルバーストVer.2.0722』!!」
「ちょっ、先輩!? そんな方法で使ったら!?」
と、残る二人の内、片方が、背負っていた大筒の先を地面に向けた上で聞き慣れた単語と聞き慣れない単語を併せ持ったスキルを発動。
その瞬間、自分自身と止めようとしていたもう一人を飲み込みつつ、結界内全域に及ぶような爆発が大筒の先から発生。
周囲に爆音と閃光をまき散らす。
「ぜぇぜぇ、こ、これで『闇討ち』と言えど……」
恐らくだが、今使われたのは、麻留田さんも使っている『フルバースト』の独自改良版。
俺に試したかったスキルなのだろう。
撃った本人はスキルによる魔力消費以外はノーダメージのようだが、巻き込まれたもう一人は完全に消し飛んでいる。
余波だけでも相当な威力だったので、ファスも受ければタダでは済まなかっただろうが……。
「この程度でファスに攻撃を当てられると思っているとは……甘く見られたものですね」
「げひゅっ!?」
見た限りではノーダメージのファスが相手の背後に現れて、後頭部目掛けてクロスボウを発射。
矢は深々と相手の頭に突き刺さって、即死させる。
『勝者、ファス』
そして、何事も無くファスの勝利がコールされたのだった。
Q:『闇討ち』?
A:同じやり口でトップ5に入るほど生徒を狩っていたら、そりゃあそう呼ばれもします。