204:夏季合宿三日目・閑話・その頃の申酉寮
ナルとイチが体術訓練を行っていた頃。
申酉寮の生徒たちも特別な訓練を行っていた。
「マジで暗くて何も見えねぇ……」
申酉寮の夏季合宿先は北螺村と呼ばれる廃村とそれに併設される形で作られた丘道キャンプ場である。
申酉寮の面々はそこでテントを張り、自分たちで昼食を作って生活をしつつ、廃村の中で市街地戦と野外戦の中間となる特殊な環境での決闘実習を行っていた。
そして、決闘実習が昼だけでなく夜も行わるのが、北螺村で行われる夏季合宿の特徴だった。
「えーと……オレが戦うのは……」
夜間決闘とも呼ばれるこの決闘は、『マスッター』経由で指示された場所に赴き、自前で用意した照明または星の光あるいは結界が放つ僅かな光を頼りとして、基本的には無灯火状態で行われる決闘である。
そして、戌亥寮が寮独自のルールとして乱入をありにしているように、申酉寮も寮独自のルールとしてペア戦制度……それもランダムで組まれた相手と協力して戦うルールが組み込まれており、この夜間決闘でもそれは有効となっている。
「此処がそうか」
さて、申酉寮一年、魔力量甲判定組の一人である徳徒真は『マスッター』で指示された場所へとやって来た。
徳徒が手に持つランプの明かりで照らされる範囲には人影はない。
しかし、もうじきここに今回の夜間決闘でペアを組む相手がやって来て、その後に決闘相手がやってくる事で、決闘が始まる事になる。
「貴方がそうですか?」
「うおっ!?」
と、ここで徳徒の背後から少女の声がした。
そこに居たのは、切り揃えられた黒髪によって目元を隠した、市松人形のような少女。
徳徒はその少女の姿に見覚えが無かったため、少女を先輩だと判断する。
「は、初めまして。オレは徳徒。仮面体はブルーサルと言います。先輩は?」
「私? 私はホクラ。あっ、相手の子たちも来たみたいだね」
「ホクラ先輩ですね。相手は……天草先輩と三年の先輩か」
少女は自分の事をホクラと名乗った。
それが本名であるのか、本名であるとして名前なのか苗字なのか、あるいは仮面体の名前なのか、徳徒には判別がつかなかった。
だが、どうせ今回だけのペアだろうと思い、徳徒はそれ以上問う必要は無いと判断した。
そして、徳徒とホクラの二人に対する二人の決闘者の内、片方は『パンキッシュクリエイト』のバットシャーロットこと、天草・シャーロット・十子だった。
その天草がホクラを見て叫ぶ。
「げぇっ!? ホクラちゃん!?」
「あら、貴方は私を知っているのね。ふふっ、それじゃあ楽しみましょうか」
「ホクラちゃん? ああ、やっぱり二年なのか」
「知り合いなら任せたぞ。天草」
天草の叫びにホクラは微笑み、そんな二人の様子を見て徳徒と残りの一人はそこで戦えばいいだろうと判断して動く。
そうして照明のない中で決闘が始まった。
猿を模したヘルメットを身に着け、青を主体とした色合いの全身スーツを身に着けたブルーサル。
ゴスロリと呼ばれる衣装を身に着け、眷属である蝙蝠を何匹も周囲に侍らすバットシャーロット。
申酉寮のモブマスカレイドとも呼ばれるような、革製の防具に毛皮の帽子やコート、ケープを身に着けて、山刀と小さめの盾を持った三年の先輩。
そして……着物を身に着け、タニシの殻のような帽子を目深に被ったホクラと名乗る少女。
「無理、無理、無理だからー!」
「ふふふっ、やってみないと分からないわよ。私に勝った人だって沢山居るんだから」
明かりが無く、ただ動き回るだけでも苦戦を強いられるブルーサルと三年生と違い、バットシャーロットはエコーロケーションの要領で以って昼と変わらずに動き回る。
そしてホクラは……走り回れるような恰好でないのに地面の上を滑るようにして高速で移動し、手から何かを飛ばして、バットシャーロットの眷属を次々に撃ち落としていく。
その実力は圧倒的と言う他なく、ブルーサルが慣れない近接戦闘を何とかこなしている間にバットシャーロットを倒したホクラがやって来て、三年生の先輩もあっという間に倒してしまうほどだった。
「ふふふ、楽しかった。じゃあね、徳徒」
「あ、はい。ありがとうございました。ホクラ先輩」
そうして決闘終了と共にホクラは姿を消して……。
「すまん。遅れてしまった。ワイのせいで不戦敗にしてしまって……あれ? 徳徒?」
入れ替わるように遠坂がやってくる。
「ん? 遠坂? なんでお前がここに居るんだ?」
「何でも何も、ワイは此処で夜間決闘をするように言われたんだけど、妙に道に迷ってしまってな……てっきり不戦敗にさせてしまったと思ったんだけど……」
「へ? 俺ならついさっきホクラ先輩とペアを組んで、天草先輩と三年の先輩相手に勝ったところ……」
「え? 妙やな。ワイの決闘が行われる場所と時間は確かに此処……」
二人はお互いに首を傾げる。
何かおかしなことが起きていると。
その後、徳徒は知る。
徳徒が組むはずの相手は遠坂だった事を。
現在の申酉寮には徳徒たちが出会ったホクラと名乗る少女の特徴に合致した見た目の少女が居ない事を。
此処、北螺村の合宿に際しては、時々ホクラと名乗る正体不明の少女が現れて、知らなければ不自然に思う事もなく合宿に混ざって、何事も無く去っていく事を。
北螺村は国が有する決闘場として、出入りが完璧に管理されているし、村の各所にカメラもあるのだが、そのいずれにもホクラと名乗る少女が映っていない事を。
「ひゅっ……」
「ひえっ……」
つまり、徳徒は生徒どころか人間かどうかも怪しい誰かとペアを組んで戦っていた事となる。
その事実に、徳徒も遠坂も思わず息を呑むのだった。
なお、これは余談となるが。
ホクラは二十年ほど前から存在が確認されていて、年々強くなっている。
北螺村には合宿を始める前に必ずお参りするように言われている祠が存在している。
女神曰く『礼を失するような事が無ければ問題は起きない』。
との事である。
祠→ほくら→北螺(ほくらとも読みます)村
オカルト→おか・ルート→丘道キャンプ場