202:夏季合宿三日目・プールサイド体術訓練
「お待たせしました。今から準備運動を始めるので、もう少し待ってください」
「分かった。俺もまだ柔軟が足りていないように思えるから、大丈夫だ」
「マリーも柔軟くらいはやっておきましょうカ」
デッキ上にあるプール。
その近くにあるフリースペースで、俺とイチは体術の訓練を始める。
スズはまだ居ないので、見守りはマリーだけだ。
「よっ、ほっ、せっ」
「はい、はい、はい。では次です」
そうして軽めかつゆっくりとした動きから体術訓練を始めていくわけだが……。
「アレがナルキッソスの近接戦闘技術の種か」
「空手? ボクシング? わかんね」
「実践的なものっぽくはあるな」
「色々と混ざっているんでしょ。知らないけど」
今日はマリー以外にも俺たちの訓練を見に来ている人たちが居る。
具体的には麻留田さん率いる風紀委員会の生徒たちだ。
麻留田さん含め、三学年合わせて十人ちょっとがプールサイドで思い思いに過ごしつつ、こちらの観察をしている。
さっきまでは、今日の決闘実習中はどうだったのかと言う話をしていたんだけどなぁ……。
「イチ。見られているけど大丈夫なのか?」
「何も問題はありません。我が流派の技を見た者は全員殺す、などと言う時代でもありませんから。むしろ、見られている知られている事を前提とした技もあるくらいです。危ないしとっておきなので、ナルさんには教えませんが」
「な、なるほど」
イチ、それって裏を返せば、そう言う時代もあったと言う事では?
ちょっと怖くなってきたな。
そして、そんな時代があった流派が言う危ないとっておきって、もしかしなくても生身の相手にやってはいけない技とかそう言う……。
「そもそも、そこまで深くナルさんに教える気はイチにはありません。必要もないでしょう」
「そうなのか? いや、それもそうか。俺は急に襲われた時の対処と、決闘に用いるためにイチから体術を教わっているわけだしな。言ってしまえば、動きの基礎を習っているだけだもんな」
「そう言う事です。ですので、当分先になるとは思いますが、ある程度先からはナルさん自身が考え、閃き、磨く必要があると思います」
「覚えておく」
逆に言えば、今の俺は基礎すらまだ出来上がっていない状態、と。
確かに盾を使った攻撃の受け方とかは様になって来たと思うし、単純な殴りは大きな隙なく出来るようになったけれど、それ以外を聞かれるとなぁ、うん。
「せっ……」
「浮かせすぎです」
「あいたっ!?」
「一瞬で転ばされましたネ」
と、ここで俺は蹴りを放ったのだが、イチに避けられただけでなく、足が上がり過ぎたのを突かれ、上げてない方の足を蹴られて転ばされてしまった。
勿論、俺が受け身を取れない場合にも配慮した転ばせ方だ。
「あー、これは実力差が凄い。完全に師弟なんだな」
「つまりあれか。天石市はマスカレイド前から戦闘能力が極めて高いタイプ」
「なるほど、そっち方面のプロだな。ありゃあ」
「となると、今日のトップ5入りもそう言う事か? いやでも、仮面体はボウガン持ちだったはず……」
その転ばせ方で風紀委員会の人たちも俺とイチの実力差がどれだけのものなのかがよく分かったようで、関心や感嘆の目をイチに向けている。
「少し休みますか?」
「……。そうだな、そうするか」
見事に転ばされたので、ここで一度休憩に入る事にする。
「そう言えば、夕食の時間。トップ5ではどういう話をしていたんだ?」
で、休憩ついでに質問。
時々は聞いていたが、一部しか聞こえていなかったので、単純に興味がある。
「どうと言われても……お互いに名乗り合った上で、どうやって戦っていたのかを触りの部分だけ軽く教え合った感じですね。後は料理の感想を少々」
「へー」
「教え合ってしまうんですネ」
「イチが見た限り、桂寮長以外の方は明日以降のトップ5に入る事は諦めているようでした。そう見せているだけかもしれませんが」
ああなるほど、麻留田さんが夕食中に言っていた奴だな。
一日目にトップ5に入った奴の所には、対策をしてきた連中が押し寄せてくるって話。
アレがあるから、桂寮長以外の三人は最初から諦めている、と。
「で、イチに明日もトップ5に入るつもりは?」
「勿論あります。素人がちょっと対策をした程度でどうにかなるような修業を積んできたつもりはありませんので、折角だからここで一度力を見せつけておこうと思ってます」
イチのやる気は満々、と。
ただ、このやる気の出方は……なんだか、バレットシャワーと決闘する前のマリーを思わせるな。
「イチ、誰かに何か言われたのか?」
「? いえ、何も言われていませんが」
「そうなのですカ? マリーはてっきリ、まタ、綿櫛周りの誰かが仕掛けて来たかと思いましたガ」
「彼女たちなら夏季合宿二日目の午後から、いっそ不自然なくらいに静かです。今日の決闘実習中も何度か見かけましたが、普通に四人バラバラに行動をして、決闘をしていましたよ」
「そうなのか」
「はい、そうです。イチがやる気になっているのは……イチが目立つ機会は限られていそうなので、ここで一度目立っておこうかな、と言うだけの話です」
「そうか、ならいいんだが」
どうやら単純にイチ自身がやる気を出しているだけらしい。
じゃあ、俺の早とちりだったか。
「ごめーん、ナル君たち。遅くなっちゃった」
「あ、スズが来たな」
「ですネ」
「随分と遅かったですね。何かありましたか?」
「ちょっと話し込んじゃってね。ただそれだけ」
と、ここでようやくスズがやってくる。
本人が言うように、確かに遅かったな。
まあ、知り合いと遭遇して話が弾んだだけっぽいから、気にする事でもないか。
今はスズが居ないと出来ない事をしているわけでもないしな。
「ナルさん」
「そうだな。そろそろ再開するか」
その後、俺は自由時間が終わるまで、イチとの体術訓練を重ねた。
マリーとスズも、簡単な運動と何かの打ち合わせをした。
そんな充実した自由時間を過ごしたのだった。