201:夏季合宿三日目・夕食タイム
「うん、美味しい」
さて、夕食の時間である。
夕食は基本的にはお出しされたものを食べていくスタイルであるが、事前にメニュー表を配られていて、苦手なものなどがあれば、ある程度の幅で交換したり、好きなものに限ってはお代わりをする事も出来る。
質としては普段の食堂の夕食よりも……ワンランク上と言うぐらいな感じだろうか。
とにかく美味しくて、ボリュームもしっかりとあるので、健全な男子高校生である俺としても大満足の品である。
「それでね……」
「へーなるほどな」
「天石、お前はどうやった?」
「簡単に言えば割り込みですね」
「ああなるほど。帰ってきた時に何人か言ってた奴だな」
さて、そんな俺たちに対してイチたちトップ5の食事はどうなっているのだろうか?
見える範囲では……蟹、伊勢海老、茶わん蒸し、御膳に乗せられた多彩な料理……色々とあるな。
こちらと変わらないのはご飯くらいだろうか?
見るからに手間暇がかかっている料理が、少量ずつお出しされて、様々な味を楽しめるようになっているようだ。
ただもっと驚くべきは……。
「天石さん。よく、あの中で普通に食事を食べていられるね」
「同感。三年の、それもポイント数トップ5に入った人たちに混ざっての食事なんて、私には無理だと思う」
諏訪たちが驚いている通り、そんな料理を楽しみつつ、他のトップ5との会話も普通にこなし、更には周囲への警戒も怠っていないと言うか、こっちへの注意を払っているイチの在り方だろうか。
一緒に食べる人の格は別に気にならないし、会話と食事の両立も出来るが、俺たちの方にまで注意を向けるのは、俺にはちょっと無理だ。
それをしたら、今のように何かは疎かになる。
お、この肉は噛めば噛むほどにうま味が出て来るなぁ。
「諏訪、獅子鷲だったか。別に緊張をする必要なんてないぞ。たかが二歳年上程度の話だし、この実習におけるトップ5とは、要するにポイントを稼ぐのが上手い奴、と言うだけだからな。強さは相応に必要だが、それ以上に立ち回りのコツと適性があるかどうかの話だ」
「そうなんですか? 風紀委員長」
「そうだとも。ああそれと、目立ち過ぎないのも重要だな。例年の話になるが、トップ5に二日以上連続で入れた奴はほぼ居ない。この場で顔が出て、明日以降警戒されるからだな」
「なるほど。勉強になります。風紀委員長」
いやしかし、諏訪と獅子鷲は固いな。
麻留田さんはそこまで固い対応を求めていないだろうに、ちょっと生易しい感じの目で見られているぞ。
あ、このニンジン、良い感じに甘く煮付けられていて上手いな。
「麻留田さん。もしも二日連続で同じ人がトップ5に入ったなら?」
「そう言う奴はだいたいユニークスキルか、特殊な仮面体の機能か、とにかく何かを持っているな。と言うより、持っていないと、ある程度ポイントを得たタイミングで対策を積んだ奴が雨後の筍のようにやってくるんだが、それを捌けなくなって、トップ5に入れるほどのポイントが得られなくなる」
「なるほど」
となると……イチはあり得そうだな。
俺が想像した通りの方法でポイントを稼いでいるのなら、だけど。
「ちなみに三日連続でトップ5に入った奴は皆無だ。理由は単純だな。一日目は初見殺しで、二日目は対策を積んできた奴を返り討ちにして稼げるが、そうなれば三日目はそもそも挑まれなくなるし、逃げられる」
「俺との一対一や、麻留田さんのように、ですか」
「そう言う事だ。逃げるな、戦え。とでも言いたくなってくるが、ポイントを得たいし、守りたいのは誰もがそうだからな。こればかりはどうしようもない」
そこもイチなら……何とかしそうではある。
トップ5に入れるほどに稼げるかは分からないが。
「しかシ、ナルは何でもよく食べますネ」
「嫌いな物とか特にないからな。『恒常性』がある俺が言っても意味があるかは分からないが、きちんと食べる事こそが健康と美容の第一だと思っているし」
「ナル君。美容に効果がある、とか言う謳い文句は気にしないよね」
「そっちは効果が実感出来ないからだな。まあ、これについては本当に『恒常性』の効果だろうけど」
話は変わって、俺は何でも食べると言う話。
まあ、俺の場合はユニークスキル『恒常性』が無意識にでも働いているから、よほど偏った食事をしなければ大丈夫なんじゃないかなと言うのが、今は思っているところである。
あ、この和え物美味しいな。
と言うか、今更だが、今日の食事は全体的に和に偏っているように思えるな。
となれば、明日は洋食メインになるのだろうか?
「ちなみに翠川の食事マナーって誰に習ったんだ?」
「スズたちだな。マナーよく食べた方が、綺麗に見えると思わないか? 諏訪」
「それは……そうだな」
続けて食事のマナーの話。
まあ、俺については、習ったものを何とかお出ししているレベルなので、見る人が見たら、そこまでマナーよく食べているとは言われないかもしれないな。
で、マナーの話ついでにトップ5の方に目を向けてみるが……ああうん、イチが一番綺麗に食べているように見えるな。
これもある意味では諜報員としての技能、と言う事なのだろうか。
「「……」」
と、イチと目が合ったな。
とは言え、お互いに言う事が特にあるわけでもないので、こっちは何も問題が無いぞと、ちょっとした動きでどちらも意思表明するくらいだ。
「ごちそうさまでした」
やがて夕食の時間は終了。
これから消灯時間までは自由時間となる。
「ナル君」
「俺はプール沿いで待ってる」
「うん、分かった。私も用事を済ませたら、そっちへ行くね」
「マリーはナルに付いていきますネ」
「ごちそうさまでした。ではイチはこれで。ナルさん、イチも準備を済ませたらそちらへ向かいます」
「ああ、待ってる」
と言うわけで、今日もデッキ上のプール脇にあるフリースペースで、イチとの体術訓練である。