200:夏季合宿三日目・食堂での夕食
「おー、これはまた分かり易く……」
「トップ5の席はあっちで固定だね」
「はい、なのでイチは行ってきます」
「行ってらっしゃいでス」
夕食の時間になったので、俺たちは食堂へと入る。
そして、中に入れば直ぐに、夕食をランクアップする権利を有する、今日の決闘実習成績トップ5の生徒が座るべき席が何処にあるかが判明した。
いやうん、実に分かり易い。
花や果物が沢山飾られているし、置かれている食器や椅子の質も明らかに良く、なにより担当者らしきスーツの方が傍に複数人立っているのだから。
と言うわけでイチはそちらへ移動。
少し話した後に何事も無く受け入れられて、着席する。
「俺たちの席はフリーみたいだな」
「じゃあ、何処に座ろうか?」
「そりゃあ、出来るだけイチに近い席に座っておいた方がいいだろ。会話は無理でも、お互いの様子が伺えた方が、何かと楽だろうし」
「でハ、そのように致しましょうカ」
続けて俺たちも着席。
なお、俺たちは食堂が開かれる時刻になって割と直ぐに入ってきたため、まだまだ席はガラガラ……いや、お代わりが欲しい一部の生徒は、それを直ぐに貰える席に行っているから、その辺りだけは既に埋まり始めてるな……。
「天石市か。一年初日でトップ5入りとは……流石だな」
「桂寮長。貴方こそ流石です」
「俺は能力的にも夏季合宿と相性がいいからな。一日目くらいは楽勝だ」
待つこと暫く。
他の生徒たちも食堂へと入ってくる。
イチ以外のトップ5も揃い踏みなわけだが……桂寮長に、三年の生徒が三人なのか。
「麻留田さんは居ないんだな」
「それはそうでしょ」
「ナル以上に挑まれませんからネェ……」
「そうだな。私は他の生徒から挑まれない。風紀委員会、風紀委員長としての仕事もあるから、基本的には自分から決闘を挑む事もない。おかげで今日の成績は翠川、お前以外はわざわざ挑んでくれた有望株を数人返り討ちにしただけだ」
「っ!?」
麻留田さんが居ない事を俺が不思議がっていると、いつの間にか当人が近づいてきていた。
おまけに俺の向かいに座ってしまう。
だがまあ、どうして麻留田さんが挑まれなかったのかは、麻留田さん当人の言葉でよく分かった。
自分から挑みかからないのであれば、確かにトップ5に入るのは無理だ。
例え戦闘能力的には七対一を制する事が出来たとしても、戦う相手の数が足りないのではポイントを競うルール上、どうしようもない。
「それはそれとして。翠川、今日の朝一で決闘を挑んでくれて助かった。おかげで、誰が最強だなんだと喚いてトラブルを起こす奴はだいぶ減ったはずだ」
「それは何よりです。ただ、ここで麻留田さんがトップ5に居ないと、それはそれで再燃しません?」
「流石にそこまでは知らん。と言うより、ポイントを稼げる事と強い事がイコールでない事すら分かっていない奴は、どうやってもトラブルを起こすから、気にするだけ無駄だ」
「アッハイ」
「だよねー」
「ですよネー」
まあ確かに、これでもなお騒ぐ奴らは粛々と取り締まるだけの話か。
「さて、そろそろ見物が始まるな」
「見物? ああ……」
食堂の席は徐々に埋まってきている。
そんな中で、一部の生徒の席には水と一緒に灰色っぽい色合いのジュースが置かれていく。
量的には一口分と言ったところだろうか。
ジュースの正体は今日の決闘実習で持ちポイントが0になってしまった生徒へ配られる正体不明の罰ゲームジュースだ。
「あれ、どれぐらい不味いんだろう?」
「興味があるなら頼めばいい。希望すれば飲ませてもらえるぞ。現にほら……」
「ア、マリーが最後に負けた相手が飲みに行ってますネ。時間的にも0ポイントでないはずなのデ、自分から飲みに行ったわけですカ」
「飲んだな……あー、吐くほどじゃないんだけど、って言う感じの顔をしている……」
希望すれば0ポイントでなくても飲めるらしいそれを自分から飲みに行った勇気ある同級生は……うん、凄い顔をしているな。
不味い、吐くほどではないけれど不味い、自分の選択を今正に後悔している、俺はどうして罰でもないのにこれを飲んでしまったのだ、とりあえず明日からの実習も0ポイントにはならないように気を付けよう、と言う感じの複雑な表情を浮かべている。
うん、その表情を見ただけでも、俺たちも明日以降も気を付けようと思えたので、君は本当に勇気があると思う。
「……。意外と居るんだな。0ポイントになった奴」
「基本的には一年生だけみたいですけどネ。二年生、三年生は見回す限りでは居ないカ……一人か二人くらいですネ」
「今日はとにかく突っ込んでみよう。そう言う考えの人が多かったんじゃないかな?」
「実に一年生らしい考え方だな。だが、良いことだ」
それはそれとして、灰色の不味いジュースを飲んでいる生徒は食堂全体で十人ちょっとは居るように見える。
あ、綿櫛の取り巻き二人も飲んでいて、酷い表情をしているな。
綿櫛も臭いだけで嫌な顔をしているし。
「飲んで嫌だったなら、そうはならないように引き際を覚えたり、負けないほどに強くなったりすればいい。飲んで何ともないのなら明日も恐れずに挑めばいい。どうせ不味いだけで、何か失うわけじゃないんだ。好きなだけ飲んで、明日の為のバネにすればいい」
麻留田さんが凄い笑顔でえげつない事を言っている気がする。
「ちなみに、そんな事を言っている麻留田さんはあのジュースを飲んだことは?」
「無いぞ。0ポイントになるほど負ける相手が居ないからな。自発的に飲む気もない」
「ナルの質問までは良いことを言っていたと思うんですガ……」
「マリー、世の中そんなものだって」
俺たちの会話が聞こえていたっぽい何人かが凄い顔でこっちを向いてきている気がする。
たぶん、風紀委員会のメンバーだな。
「やあ、翠川」
「よう、諏訪」
「こんばんわ、水園さん、ゴールドケインさん。それから麻留田風紀委員長」
「こんばんわ、獅子鷲さん」
「こんばんわでス」
「ん? ああ、翠川の知り合いたちか」
と、ここで諏訪たち……獅子鷲さんにモブマスカレイドを使っていた五人っぽい生徒、合わせて七人がやってくる。
どうやら、食堂の席がいよいよ埋まってきたようで、他に空いている席もないので、こちらへとやってきたようだ。
まあ、俺は気にしてないから、何も問題は無いな。
「さて時間だ」
そうして夕食の時間がやってきた。