20:限界パルクール中の会話
「今日の課題はパルクールだ。自分が何処まで走れ、跳べ、掴む事が出来るのかを把握していくように。ただ、昨日と違って、マスカレイドを維持したままトラックの外に出なければ記録は残らない。限界を見極める事も大切である事を忘れるな!」
今年の新入生298名(ナルとスズ以外)は、本日も午後の時間にグラウンドへ集められた。
昨日との違いはトラックに多種多様な障害物が存在しており、中には触れてしまえばそれだけで記録なし扱いになってしまう障害物もある。
それらを跳躍などによって乗り越えるか、迂回するかを、生徒たちは判断して、出来る限り早く、長く、進んでいく事が目的となる。
そして、その目的の裏には、昨日と同じように自分が出来る事の把握も含まれている。
「では始め!」
そうして昨日と同じように甲判定者から走り始める。
「今日こそは……」
「では、付いてこれるものなら付いてきなさい」
まず真っ先に駆けだすのは、昨日と同じく縁紅と護国の二人。
だが、昨日との差は明白だった。
「なっ、っ……この……!」
「……」
護国はハードルや平均台と言った軽い障害だけでなく、幅跳びや高い壁の乗り越えと言った重い障害も難なく超えて、先へと進んでいく。
対する縁紅は軽い障害ならば乗り越えられるが、幾つかの障害は回り道をしない訳にはいかず、少しずつ距離が離されていく。
「今日の課題の方が俺と遠坂には向いている感じだな」
「そうだな。ワイに至っては、跳躍関係は全部スルー出来る」
「ふ、二人とも早いっすー……」
「ちいっ!?」
むしろ、今日の二番手になりつつあるのは、徳徒と遠坂の二人だった。
徳徒は猿のような身のこなしで、的確に障害を切り抜けていき、殆ど減速と言うものがない。
遠坂は徳徒ほどの身のこなしはないが、護国すら凌ぐ跳躍力で以って、まるで空を飛ぶように幾つかの障害を無視してしまう。
なお、今回のパルクールに於いては、トラックの外に出ればその時点で終了になってしまうが、そうでなければ障害の乗り越え方は自由である。
そのため、遠坂のやり方はむしろ賢いとまで言えるものだった。
「くそっ、こんな奴らにまで負けてたまるか……!」
だからこそ……縁紅としては歯噛みせずにはいられなかった。
自分の能力の足らなさと、至らなさに。
「しかし驚きました。あんな短時間で説得材料を集めてくるとは」
「あそこまで来ると執念ですネ。スズを敵に回したくはないでス」
さて、そんな甲判定者たちに対して、乙判定者たちは思い思いに走っていた。
イチは顔を鳥のくちばしを模したマスクで、他の部位も暗色と迷彩を中心としたフード付きのマントで隠した格好で。
マリーは黒のドレスに黒のつば広の帽子、そこから垂れた黒のヴェールで全身を隠して、黒い傘を片手に。
二人で話をしながら、けれど冷静に障害を切り抜けていく。
「幸いな事に、現状だとイチとマリーはスズと良好な関係を築く事が出来ています。今後も不用意な事をしなければ、国や企業は見限っても、イチたちは大丈夫だと思いますが、どう思いますか?」
「マリーも同意見ですヨ。それとスズが我が国の基本方針に理解を示してくれているのも嬉しいポイントですネ。あれだったラ、スズにはむしろ奥を一通り取り仕切ってもらう方針でいいと思いまス」
「ナルさんがスズさんから逃げられるとは思いませんしね」
「ですネ。ただ、ナルは責任は取ってくれそうなタイプと言うのハ、マリーとしても嬉しいポイントですヨ」
二人の会話がトラックの外に居る普通の人間にまで聞こえることは無い。
また、並走している人間も現状では居ない。
二人とも、自分たちの会話内容がそこまで褒められたものでは無い事は理解しているので、近くに人が居ない時を見計らって喋るようにしているからだ。
そう、天石市とマリー・ゴールドケインはある種の工作員である。
とは言え、工作内容は今年の甲判定者あるいは優秀な乙判定者の素行調査と、それらの人物が日本国内に留まるようにすることと、政府に敵対的な企業の手に渡らないようにすることであり、防諜やそれに準じる合法的なものだが。
「後、イケメンなのもいいですネ。仮面体もイケ女ですかラ、そういう関係性になっても役得と言う奴でス!」
「? 仮面体の方にはそう言うのは付いていないと思うのですが」
「ふふフ。イチはウブですシ、想像力が足りませんネ。あの魔力量なラ、多少の無理無茶は通せるかもしれませんヨ。こウ、必要な時だけ生やす感じでス」
「仮面体と言うのは、そう言うものでは無いと思うのですが。でもそうですね。どうせ実質的に夫にするのなら、ナルさんのような方をという気持ちはあります」
会話内容が褒められない理由は単純。
一夫一妻制である日本国内で、ナルに実質的に複数の妻を持たせようと画策しているからである。
これは国策として、魔力量に優れた人間を増やそうと考えており、魔力量に遺伝の要素があるとしても、表立って認めるには問題がある方針で、だからこそ、少なくとも表向きは秘匿する方向で動いているのだ。
なお、日本では本人たちの意思を無視して無理やり、と言うところまではいっていない。
本人を説き伏せて促すまでである。
ちなみに現状ではまだナルにまで話がいっていないのは、ナルの今後がまだ分からないからである。
「二人とも、随分と破廉恥な会話をしていますね」
「!?」
「ワオ、何用ですカ。護国のお嬢様」
「たまたま近くに来て、聞こえてしまったので咎めに来ただけです。その、私も家が家なので、そう言う事があるのは理解していますし、実例も知っています。が、公的には認められない事なのですから、気を付けてください」
「分かりましター。以後気を付けますネ」
「……」
そんな二人を咎めたのは、いつの間にか背後から追いついていた護国だった。
護国は少しの間だけ並走すると、その間に言うだけの事を言うと、加速をして、そのまま走り去っていく。
「護国さんは気づいているのでしょうか? 順当に行けば、ナルさんとくっつけられる可能性が一番高いのはあの人ですよね。国がその組み合わせを見逃すとは思えないのですが」
「気づいていても無視しているのではないですカ? マリーの耳にはあの家の色々な事情が入ってきていますシ。気づいていないはないと思いますヨ」
護国はサラブレッドである。
マスカレイドが生まれた年代の都合もあって、合わせられる範囲で合わせただけだが、それでも、そう言えるような血筋に既になっている存在だ。
そして、マリーの耳には、護国と半分だけ血が繋がっている弟妹の存在は聞こえてきている。
それを護国自身が知らないと言うのは……あり得ない事だとマリーは判断した。
「護国さん。スズさんとやっていけるのでしょうか?」
「一度ナルと派手にやり合った後に説き伏せられル。これに一票ですネ。スズならそれくらいはやりまス」
「それは……ありそうですね」
その後、二人は限界を迎えてしまう前に、トラックの外に出て、記録を確定させた。
「とは言エ、そんなのは当分先の話でしょうけどネ」
「それもそうですね。イチたち含め、まずは基礎固めからです。でないと、イチたちの立場だって怪しくなるかもしれませんし」
今日の限界パルクールの一位は当然ながら護国巴。
イチとマリーは目立たない順位で無難に終わらせた。
「授業に出て来ても居ない奴がどうして評価をされている……どうしてだ。どういうことだ。俺は着実に成果を残していると言うのに……!」
その陰で、耳を澄ましていた誰かの心が拗れていく。




