2:ナルとスズと赤髪の少女
「人類よ。貴方たちに力を授けましょう。代わりに今後の譲り合う事が出来ない、どちらも正しき事柄については決闘を以って決めるのです」
それは今から六十年と少し前のこと。
当時、冷戦と呼ばれる緊張状態にあった人類の前に、女神を名乗る人ならざる者が唐突に現れた。
女神は"マスカレイド”と呼ばれる力を人類に授けた。
それは冷戦の時代には既にペテンや手品の類とされた魔法に連なる力。
魔力と言う不安定ながらも個人が持つには大きすぎる力に依存した技術である。
女神はマスカレイドを用いた決闘によって、国と国、あるいは、人と人、その間で起こる争い事に決着をつけるように促した。
そうする事で、世界の滅亡を防ぐと共に、人がただ死ぬことを減らそうとしたのだ。
反発と混乱は……当然のようにあった。
当時の大国の片方は女神を神を騙るペテン師だと宣い、一方的に攻撃を仕掛け……逆に上層部全員の首が並ぶこととなった。
他の神を認めない国は技術すらも拒んだがために、技術だけは受け入れた国によって蹂躙された。
とある独裁者の国では、部下の一人が決闘の体で独裁者を討ち、その部下もまた決闘で討たれと、混乱が続く事となった。
決闘の決まり事を守らなかった国は、女神とその配下たちによって亡国となった。
決闘の抜け穴を探した者は、やがて孤立して、頭を下げるしかなくなった。
より優れた決闘者を求めて強硬策を採った指導者は、その優れた決闘者によって失脚した。
決闘の天秤を見誤った愚者の巻き添えになる形で、幾つもの部族が姿を消した。
このように女神のもたらした技術によって数多の不幸が起こった事は違えようのない事実である。
だが、明確に良いと断言できることも多くあった。
核戦争などと言う馬鹿げた戦いによって世界が滅びる可能性は限りなく低くなった。
女神と言う監督者によって、悪党たちは勢力を落とす他なくなった。
マスカレイドの技術に端を発する形で、新たな技術が幾つも生まれる事となった。
善と善であれど明確にしないが故に淀んだ話が切り払われた。
世界は明確に光明へと歩んだのだ。
そして今。
人々はマスカレイドを用いて決闘を行う者を"決闘者”と呼ぶようになった。
優れた決闘者は、そのまま国の力と地位を示すものであるとされ、どの国も決闘者の確保と育成は急務であった。
そのため、国では決闘者の為の学園を設立し、そこで国の未来を担う若者たちを育て上げる事となったのだった。
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「で、俺たちは、そんな優れた決闘者になる事を期待されて、ド田舎の中学から街一つ内側に持っているような巨大な学園に入る事になったわけか」
本日は2024年4月1日。
場所は国立決闘学園の校門前。
俺の視界には遠くの方に巨大な校舎が見えると共に、そこまで真っすぐ続く幅の広い道路、寮を含む各種建物群が映っている。
此処がこれから三年間通う……いや、中で生活する事になる場所である。
「俺たち、と言うよりはナル君は、かな。私は乙判定だし、そこまで期待はされていないと思う」
「いや、校門を通っている他の新入生たちを見れば分かる。此処に居るのはどいつもこいつも俺よりはるかに頭がいい連中だ。甲判定一つだけで入学が決まった俺のような馬鹿よりも、スズの方が最終的には優秀な決闘者になる予感しかしない」
俺の名前は翠川鳴輝と言い、親しい人間はナルと呼ぶ。
魔力量とか言う、マスカレイドを扱う上で欠かせないものの量が、中学三年生時の全国一斉検査で甲判定を貰うほどに多かった、と言うだけの理由で以って、国立決闘学園へと通う事が強制的に決められた人間である。
正直、魔力量以外の他に誇れるものが顔と体くらいしかないのは、俺自身でも分かっているので、場違い感が半端ない。
「だから期待されているのはスズもだ。と言うより、ウチの地元的にはスズのが期待されているぞ。確実に」
「そうかなぁ……。うーん、ナル君以外の期待とかどうでもいいけど、ナル君が期待してくれているなら、私も頑張ってみようかな」
俺の隣に立っているのは、俺の幼馴染だ。
名前は水園涼美、愛称はスズ。
胸元まで伸ばされた雪のように真っ白な髪に、鮮やかな絵の具で色付けされたかのような紫色の瞳は、一昔前までなら人間離れした色の組み合わせと言われるようなものであるが、俺たちの世代ではそこまで珍しいものでは無い。
女神曰く、魔力に適応した結果の一つとして、色が変わった程度でしかないそうだ。
それよりも特筆するべきは、その頭の良さだろう。
俺は魔力量一つで入ったが、スズにはそこまでの魔力量はなかった。
だから、猛勉強をして、魔力量乙判定を貰った何千人と言う人間の中から、入学者を選び出す戦争のような受験を経て、此処までやって来たのだ。
その努力の凄まじさは……内心では少し怖いと思ってしまうほどである。
「さて、何時までも此処で眺めていても仕方が無いし、進むか」
「そうだね」
俺たちは桜の舞い散る並木道を進んでいく。
桜の花びらで足を滑らせないように、香りと景色を楽しみながら、目的地へと向かっていく。
「えーと、新入生はまず講堂に行って入学式を受ける。その後は大ホールへ移動。そこでデバイスを受け取って、初めてのマスカレイドをするみたい。ナル君は甲判定だから、最初にみんなの前でだってさ」
「最初って、他の甲判定者たちと一緒に、と言う意味か?」
「ううん。違うみたい。本当に最初の最初だって、この資料には書かれてあるね。と言うかナル君、自分宛てに来たものなんだから、自分できちんと読み込もうよ」
「文字が多すぎてどうにもな……。こう言う事はスズに任せた方がよく噛み砕いて教えてくれると知ってもいるし」
ただ、先導するのは俺ではなくスズだ。
こう言う事はスズに任せた方が上手くいくと、昔からの付き合いで俺はよく知っている。
だから俺はスズの後ろをついていく形で歩き続け……。
「キャッ!?」
「っと」
不意にした女性の声で振り向き、見えたものから反射的に手を伸ばして、それを支える。
「大丈夫か?」
「え、あ、はい。すみません。あ、ありがとうございます」
そこに居たのは、炎のように真っ赤な髪の毛をポニーテールの形でまとめ、同じく炎のように真っ赤な目をこちらへと向ける少女。
服装からして、この少女もまた俺たちと同じように新入生であるらしい。
どうやら慣れない靴と桜の花びら、走っていたことに慌てていた事、これらの要素が重なり合ったことで、転びかけたようだ。
で、ちょうどよく俺がそこに居たので、支える事が出来たと。
「すみません。急いでいるので、お礼などはまた後程」
「いやいいよ。お礼なんて。偶々そこに居て、するべき事をしただけだしな」
「いえ、そう言うわけには……っ、すみません。本当に時間が無いので、また後程」
赤髪の少女はそう言うと勢いよく走り去っていく。
また転びやしないかと、不安になるが、走っていても体のブレが殆ど見えないし、本当に偶々転びかけただけだったようだ。
あの分なら大丈夫だろう。
「今の人、奇麗な人だったね」
「だな。俺ほどではないが、世間一般の平均よりは確実に上だと思う」
「ナル君のその自分の容姿に絶対の自信を持っているところは大好きだよ」
そうして赤髪の少女が去っていくと共にスズが話しかけてくる。
なお、俺の自分への容姿については決して自惚れではない。
個人の好みはあるだろうが、それでも百人に聞けば九十五人くらいはイケメンと返すであろう程度には整っているからな。
「それにしても、今の人はなんであんなに急いでいたんだろう。私たちのペースなら問題なく入学式が始まる前に講堂へ着けるはずなんだけど」
「そこは何かしらの事情って奴だろ? 家族が既に着いているとか、そういう奴」
「そうかのかな? そうかも」
「なんにしたって俺たちが気にするような事じゃないだろ」
俺たちはその後も自分のペースで歩き続け、やがて地元の中学校の体育館並に大きい講堂……入学式の会場へと着いた。
そこで俺とスズは受付を済ませて、新入生の為に用意された席の内、出来るだけ後ろの方へと腰を下ろす。
これは俺の図体が大きくて、前の方に座るとトラブルの火種になるのが分かっているからだ。
そうでなくとも、他の新入生に比べれば、俺はやる気がない側の新入生。
後ろの方でじっとしているのがお似合いだろう。
で、俺の隣には当然のようにスズが座る。
「お隣、いいですカ?」
「どうぞ、構いませんよ」
「ではさらにその隣、失礼いたします」
「はいはーイ。よろしくお願いしますネ」
やがてスズの隣の席に語尾のアクセントが妙な感じの金髪の少女が。
さらにその隣の席には真っ赤な目に黒い髪の小柄な少女が腰を下ろす。
それから間もなく定刻となって、入学式が始まった。