198:夏季合宿三日目・モブマスカレイド VS同級生たち-後編
「せいやっ!」
ナルが向かったのはモブマスカレイド五人が集まっている方だった。
五人はナルの動きに直ぐに反応すると、最も近かった一人が槍を突き出す。
「ふんっ」
「おらぁ!」
「せいっ!」
ナルはその槍を盾で難なく弾くと、一歩踏み込む。
と同時に、残りのモブマスカレイドが、距離の都合で少しだけタイミングをずらしながら、槍を突き出してくる。
だから、そうして突き出された槍たちも、盾あるいは手で横から叩いて弾きつつ、前へと進む。
「対多人数戦の基本は一対一の繰り返しになるようにする事」
「こっのぉ……!」
ナルが呟くのはイチから教わった一人で多数を相手にする際の心得。
その一つは複数人が同時に自分へ攻撃できる状況にさせない、短い時間で構わないから、一対一の繰り返しになるようにすると言うものがある。
今のナルはそれを実践し、自分から前に出て、次から次へと攻撃を弾いている。
そして、そんなナルの動きをモブマスカレイドの五人はスキル『P・敵視固定』の影響もあって、一瞬だけ目を逸らすことも出来ずに、見せつけられる。
「そして、一時的にでも構わないから、動ける頭数を減らす事」
「「「!?」」」
そうして五人全員の動きを弾いて、ほんの僅かではあるけれど、全員の動きが止まった時だった。
ナルはモブマスカレイド一人の背後に素早く回り込むと、そのまま五人の背中側を次々と横切っていく。
当然、この間もスキル『P・敵視固定』の効果は発揮されていて、五人は常にナルの顔を視界内に収めようと動く。
首が回る限界まで、関節が回る限界まで、それが無理なら体ごと振り返るように、体のバランスを保つことなど一切気に留めることなく。
では、そんな動きで以って、背中側を横切るものを無理やりに見続けようとすれば?
結果、モブマスカレイドの五人は宙を舞った。
首の骨を折られないように無理やり体を回した結果、見えない誰かに投げられたかのように自ら跳ぶ事となって、受け身を取る余裕もなくなって浜辺へと叩きつけられる。
「『パワーショット』!」
だがこの場に居るのはナルとモブマスカレイドの五人だけではない。
ボーゲンレーベが弓に槍のような矢をつがえて全力で引き、スキル『パワーショット』を発動。
魔力による威力と推進速度の向上を受けた矢がナルに向かって飛んで行く。
「それと、敵の攻撃は利用できるものは利用する事」
「「!?」」
しかし、その前にナルは倒れていたモブマスカレイドの一人を掴み上げると、ボーゲンレーベが放ってきた矢を防ぐための盾代わりにする。
ボーゲンレーベの放った矢は盾にされた一人の胸を貫き、即死させると、その陰に居たナルにも突き刺さるが、人の盾によって勢いが落ちた矢ではナルの皮膚を貫く事も出来ず、衝撃で吹き飛ばすだけに留まる。
「わたっ、私……」
「ボーゲンレーベ! 構わず撃ち込み続けろ! それしか勝機は無い!」
「スウィードか。そうだな。仲間を射貫いた程度で止まるべきじゃない」
仲間を射貫いてしまったショックでボーゲンレーベの動きが止まりかける。
だが、完全に止まる前にスウィードが言葉を発して立ち直らせ、スウィードは更にナルへと連続で攻撃を仕掛けて動きを止めようとする。
スキルを伴っていない攻撃であるため、スウィードの攻撃はナルにとってはほぼダメージになっていない。
しかし、それでもスウィードは攻撃を仕掛け続け、ナルがスウィードを無視して他のメンバーに再び攻撃を仕掛けようとすれば、スウィードがその前に立ち塞がり、他のメンバーが態勢を立て直すための時間稼ぎをする。
「『パワーショット』!」
「「「うおりゃああああぁっ!!」」」
そうして態勢を整えたボーゲンレーベが『パワーショット』を再び放つ。
モブマスカレイドの残り四人とスウィードもナルの事を抑え込もうと、打ちかかる。
放たれた矢はナルの頭部に向かって真っすぐに飛んでいく。
向けられる槍の穂先には、それぞれが使えるスキルや機能による強化が施されている。
「で、撃たれるのを待ってやる理由なんてないよな」
「「「!?」」」
が、その矢はナルの頭に当たる直前に現れた盾によって弾かれる。
他の五人の槍も、皮膚を傷つけ、肉を裂く事は出来ても、深く突き刺さるより早く、盾を構えたナルが前に出ていて、追い切れていない。
「そして、そこは水場だ」
「!?」
ナルのシールドチャージがボーゲンレーベの真正面から炸裂する。
そして、盾がぶつかった一瞬後に、盾の動きに合わせて水塊が衝突。
二重の衝撃にボーゲンレーベは耐えきれず、マスカレイドを解除されて、退場となる。
「「「……」」」
「さて、スウィード。それに残りの四人に聞いておくが。降参する気はあるか?」
ナルは残りの五人の方を見つつ問いかける。
対するスウィードは四人になったモブマスカレイドを背後に従えながら、槍の穂先をナルへと向ける。
「勿論ない。自分から挑んだ決闘なのに、勝ち目が無くなったからと降参するような恥ずかしい真似をするぐらいなら、俺は決闘者を辞めるよ」
「ま、そうだよな」
決闘が再開される。
だが、人数が減っても焦りも慢心も無く、ナルはひたすらに駆け回り、攻撃を防ぎ、『P・敵視固定』の応用で相手を転ばせ、『ドレスパワー』の効果が発揮されるポイントに相手を誘導して攻撃を仕掛け、着実にスウィードたちの魔力量と人数を減らしていく。
「俺の勝ちだ」
「ここまでか……」
最終的にナルとスウィードの一騎打ちとなり、ナルは盾でスウィードを弾き飛ばし続けて、五分ほどかけてナルが勝利を収めることとなった。
『勝者、ナルキッソス』
「よし、時間はかかったが、何とかなったな」
そうしてナルは若良瀬島で初めての勝利を得た。