197:夏季合宿三日目・モブマスカレイド VS同級生たち-前編
モブマスカレイド。
それは決闘で勝利を収めるために仮面体の調整を重ねていった結果として、外見上の個性を欠落した仮面体を揶揄する素人たちの言葉である。
少しでも詳しいものならば、それは理想と現実の妥協点とでも称し、それが如何に厄介なのかを素人に対して得意げに語る事だろう。
事実として、十分な攻撃力、急所へのラッキーパンチを防げるだけの防御力、制御できる範疇で高められた機動力に敏捷性、人型から外れない事で非マスカレイド中の訓練を生かせる構造、その他秘匿性、燃費、等々、バランスが良く、誰を相手にしてもある程度以上戦えるだけの強さを求めたが故に収斂した結果の仮面体なのだから、弱いはずがない。
では、実際に相対する者にとっては?
「「「『クイックステップ』!」」」
五人のモブマスカレイドが手にした槍の穂先をナルへと向けると、一斉に『クイックステップ』を発動。
同じスキルを使うからこその一糸乱れぬ動きでナルに向かって突撃し、槍を突き出す。
「『ドレスパワー』……っ!?」
ナルはそれを横へ跳んで避けようとし、跳んだだけでは避けられなかったために盾を構えて、穂先を逸らす。
そうして穂先を逸らしたところでナルが見たのは、五人の内の一人だけが、槍から片手を離した上に銃のような形にして、その先をナルに向けている姿。
「BANG!」
「!?」
指先から魔力の弾丸が放たれて、ナルの額に直撃する。
乙判定者の小口径銃による攻撃であるため、ダメージははっきり言って無い。
だがそれでも、衝撃によってナルは怯み、僅かだがのけ反って、動きが止まる。
そう、これこそがモブマスカレイドに実際に相対したものにとって厄介な点。
確かに外見は求めた性能の都合で似通った。
だが中身はそれぞれに違う。
仮面体の機能も、搭載しているスキルも、実際に得意な戦術も、全く別なのだ。
敵対者の視点では、瞬時に見分けることなど叶わないほどに同じ姿をしているのに。
一瞬の怯み、視界から外れた間に立ち位置を交換すれば、もう誰が撃って来たかも分からないのに。
それは集団戦においては、非常に厄介な性質だった。
「行くぞ!」
「オラぁ!」
「チャンスだ!」
「はっ倒します!」
「!? 『P・敵視固定』あるぞ! 気を付けろ!」
「このっ……」
ナルが怯んだ隙にモブマスカレイドたちは位置を交換しつつ、槍を突き出そうとする。
今のナルはスキル『P・敵視固定』を搭載してきているので、3メートル圏内に入れば、その視線はナルの顔に強制的に向けられて固定されるが、ナルがそれを使って来る可能性は既に知られていたため、モブマスカレイドたちは動じることなく槍を突き出してくる。
「「「刺さらない!?」」」
「スキルも無しの攻撃が俺に通用すると思うな!」
ただし、彼らが相手をしているのは、規格外も規格外な仮面体、ナルキッソスである。
その肌はどれだけ柔らかそうに見えても、モブマスカレイドが相手と想定する普通の仮面体よりも数段堅く、スキルによる強化無しの攻撃では刺さらないし、衝撃も碌に伝わらない。
精々が物理的な阻害によって動けなくし、注目を集める程度である。
「知ってるよ、ナルキッソス。だから俺たちが居るんだ」
「スウィード!」
そこへスウィードが入ってくる。
ナルの背中側から槍を突き出して、脚の間に入れて、ナルの足を払おうとする。
勿論これもまたスキル無しの攻撃であるため、ナルに傷を負わせることは出来ない。
だが、足を払われないために、ナルは足に力を入れて、踏ん張らざるを得なくなる。
「クオリャアアアアッ!」
更にボーゲンレーベが降ってくる。
フィールド内に一本だけあるヤシの木を素早く駆け上がり、その頂点から槍のような矢を両手に一本ずつ持って飛び降りて、その勢いと重量によって、頭からナルを刺し貫こうとする。
それほどの攻撃となれば、流石のナルでも直撃すればタダでは済まない。
「うぐおっ!?」
「これでも貫けない!?」
「しかも転ばない!?」
だからナルは盾を頭上に向かって構え、盾に魔力を流し込み、ボーゲンレーベの攻撃を防御。
勿論、その間も足には力を込め続けて、スウィードの槍による足払いも凌ぎ続ける。
「だったら……『ハイストレングス』」
「『パワーアップ』『エンチャントフレイム』」
「『デクスタリィアップ』『プロテクトダウン』……弾かれた!」
「『スピードアップ』『ヘビーボディ』……こっちも弾かれた!」
「『ピアースアップ』『ハーディング』」
「!?」
しかし、その間にモブマスカレイドの五人が一時後退し、槍を真っすぐに構えた一人に対して次々に補助を重ねていく。
同時にナルに対してデバフの類も放たれるが、こちらは彼我の魔力量の差、ナルの魔力の性質、ユニークスキル『恒常性』の効果もあって弾かれる。
それでも重ねられるだけのバフを重ねて……。
「『クイックステップ』『パワースラスト』!」
全力の一撃を防御体勢を取る事も出来ないはずのナルに向かって放つ。
発散される魔力が重なり合って、輝いているようにも見える槍の穂先が、ナルの胸に向かって放たれる。
「舐 め る なっ!」
「「「!?」」」
だが槍はナルの胸には届かなかった。
スウィードに払われかけている足はそのままに、ボーゲンレーベの攻撃を防いでいた盾を片手だけで支え、空いた右手一本で刺し貫かれながらも槍を掴んで止めていた。
「動かない!?」
「っ、くっ……」
「いったん退避!」
「すぅ……おらあっ!」
力の均衡が崩れる。
ボーゲンレーベは砂浜に足を付けると、『P・敵視固定』を無理やり凌ぎつつ後退。
ナルに攻撃を仕掛けたモブマスカレイドは槍から手を放して、ゆっくりと後退。
スウィードはそのまま力を込め続けるが、他の二人が離れたことでナルの目が向き、殴られ……。
「!?」
「ん? ああ、血でも量が十分なら水場って事か」
その直後に、ナルの近くにいつの間にか浮いていた赤い水球がナルの動きに追従、ナルが殴ったのと同じ場所に直撃して、スウィードにダメージを与えつつ、大きく吹き飛ばす。
赤い水球の原因は勿論、ナルが使った『ドレスパワー』の効果。
槍で手を貫かれ、大量の血が周囲に飛び散ったことで、ナルが今居る場所が水場と判定されたためだった。
「くっ……」
吹き飛ばされたスウィードは直ぐに考える。
今の攻撃の威力は本物の水場で行われた同様の攻撃に比べればだいぶ劣るものの、それでも自分以外にとっては脅威に違いないと。
だからどうやって対処するかを考え始め……。
「なるほど。まあ、積極的に利用するものじゃないな」
考えがまとまるよりも早く、ナルは刺さったままの槍を引き抜いて捨てると、『恒常性』の力を利用して腕を元通りにし、それ以上に血を流さないようにする。
「は? え、どうして抜いて……?」
「どうして? そんなの決まってる」
ナルの行動はスウィードにとっても、他のメンバーにとっても想定外なものだった。
だって、ナルの再生能力と魔力なら、あのまま血を流し続けていても支障がないどころか、決闘を有利に進める事が出来たはずなのだから。
そう思ったからこそ、スウィードは思わずにナルに問いかけてしまった。
それに対してナルは堂々と答える。
「俺の体を傷ついたまま放置するなんてあり得ない。ましてや傷がついた状態を利用するなんて論外だ。俺の美しさは、傷が無いからこその美しさ。どんな脅威も無かったかのように凌いでこその美しさ。だから、傷を残しておくつもりはない」
全身から魔力を漲らせて堂々と。
それは正に、理想によって現実をねじ伏せた決闘者の姿だった。
だからスウィードたちは一瞬たじろいで、動きを止めた。
「シュタールとの決闘で思うところもあったんでな。此処からは攻めさせてもらう」
そして、動きを止めた彼らに向かってナルが駆け出した。
余談
モブマスカレイドですが、寮ごとにだいたい同じ姿になります。
求めるものが寮ごとに微妙に違うからですね。
戌亥寮モデル(鉢巻き、仮面、マフラー、革の鎧とプロテクター、敢えて余裕を持たせた布の服、武器は自由)はどちらかと言えば機動性重視です。
12/17誤字訂正
12/18誤字訂正