196:夏季合宿三日目・敗北なれど学び
「……」
気が付けばホープライト号船内に用意された俺の部屋のベッド上だった。
それが指し示すのは、俺とシュタールの決闘は俺の敗北で幕が下りたと言う事である。
「負けたかぁ……」
俺は目を閉じてシュタールとの決闘を振り返る。
敗北の原因は分かっている。
何もかもが足りていなかったからだ。
決着がつく間際にシュタールが言っていた『将来的にどうなるかは分からないが、修練、デバイス、スキル、知識、経験、そのいずれも足りていない』は、全くもって正しい言葉だと、俺自身思っている。
修練についてはマスカレイドを初めて使ってからまだ満三か月とちょっとで、マスカレイドの扱いを補助する体術についても同様。
デバイスは『シルクラウド』社製かつオーダーメイドではあるけれど、『シルクラウド・クラウン』はまだ試作品の段階。
スキルはシュタール対策になりそうなものが見つからなかったため、今回は『P・Un白光』と『ドレスパワー』の二つしか入れておらず、枠を一つ余らせていた状態。
知識についてはシュタールが何をしてくるかを把握しきれていなかった。
経験は……本当に足りない、特にシュタールのような格上かつ相性が絶対的に悪い相手との経験は足りていない。
だから、そう、負けるのは必然であり、揺らぎようのない、確定された予定通りの結末だった。
学園に戻ったらそう易々とは戦えない麻留田さんとの決闘経験を、実質無償で積めたと言う意味では、今回の決闘は俺にとってプラス以外の何物でもない。
だが、けれど、しかし……。
「クソぉ……」
それは悔しがらない理由にはならない。
こぶしを握り締め、腕で顔を隠し、歯を食いしばらない理由にはならない。
むしろ俺はこの屈辱をしっかりと噛み締めなければいけない。
屈辱をバネとして成長をしなければ、何のための決闘だったと言うのか。
俺は底をついた魔力がある程度回復するまで、ベッドの上、頭の中でシュタールとの決闘を振り返り続ける。
多少の改善点は見つかれど、結末自体は変えようがなかったであろう決闘を。
「はぁ……そろそろ島に戻るか。と、スズたちからメールが来てるな」
そうして十分に魔力が回復し、昨日までよりも明らかにやる気が出て来たところで、俺はベッドから体を起こすと、スマホを手に取る。
スズたちからは俺の事を気遣うメッセージが届いていて、俺はそれに大丈夫だと返事をしていく。
返事の返事は……来ないな。
たぶんだが、スズたちも既に決闘実習に入っていて、メッセージを返せる状況にないのだろう。
ルールとやる気と日差しを考えたら、本気でポイントを稼ぐ場合には、如何に午前中に決闘の数を重ねるかだろうしな。
「俺も行くか」
たかが一回負けた程度で休んではいられない。
少なくとも三連敗までは許されているルールなのだから、強くなるためには積極的に挑まなければ。
俺はスキルの調整を済ませると、部屋から出て、そのままホープライト号から港へと降りる。
そして港から若良瀬島の範囲に入ったところで……。
「翠川」
「諏訪か」
諏訪が声をかけてきた。
その顔は既にデバイスで隠されていて、何時でも決闘出来る状態だ。
諏訪の背後には獅子鷲さんの他、一年だろうけど名前を知らない生徒が五人立っている。
これは……アレだな、うん、わざわざ七人にしているのだし、そうとしか思えない。
「七対一をご所望って事でいいのか? 諏訪」
「ああ、その通りだ。翠川」
「一応聞くが、例え俺を倒せても、その後で残ったメンバー同士で戦う事になるのを分かってるのか?」
「勿論。と言うより、それが分かっていない人間はそもそも誘わないよ」
俺は港から離れるように歩く。
諏訪たちも俺に付いてくるように歩く。
一瞬、此処で俺が急に走り出したらどうするんだろうなと思いもしたが……まあ、俺に逃げる気はないから、考えなくてもいいか。
それよりも、流石に港と若良瀬島の接続部を占領して決闘するのは、港から若良瀬島に入ろうとしている他の人たちの恨みを買いそうなので、避けておく。
「ついでに言えば、七対一で俺を倒せても、たぶん成績にも名誉にもならないぞ。四対一までならハンディマッチの類であると聞いているが、それ以上の人数差がある決闘なんて聞いたことないし」
「それについても分かってる。むしろ不名誉扱いされるかも、と言うぐらいは、俺たち全員考えているよ」
「そこまで分かっていて、なんで七対一をしようと思っているんだ?」
と、ここでホープライト号から飛んできたっぽい撮影用ドローンが俺たちの頭上で停止する。
どうやら俺の決闘が始まるかもしれないと、予期した誰かがこっちに飛ばしてきたようだ。
周囲の環境は……水場は僅か、大半は砂浜、ヤシの木が一本、このくらいは決闘の範囲に巻き込めそうか。
人の往来を積極的に邪魔するような位置でもない。
じゃあ、ここらで足は止めておこう。
「簡単に言えば実験、検証、測定と言ったところかな」
「ああなるほど。俺を倒すのにどの程度の戦力が必要なのかを測りたい。そう言うわけか」
「戦力もそうだし、戦術についても同様だよ。これから三年間、同学年のトップ層に翠川が居続ける事は容易に想像が付くのだから、今回のような機会は生かせる限り生かすべき。これが戌亥寮乙判定組の中でも、上に追いつき倒す事を目指すグループの方針なんだ」
俺が足を止めたのに合わせて、諏訪も足を止める。
獅子鷲さんたちも、結界が展開された後に直ぐに接触して、乱入出来る位置に着いている。
「さて、翠川。場所は此処でいいのかな? 人数的には不利な戦いを強いるつもりだから、場所ぐらいはそっちの都合に合わせるけれど」
「観客も来たみたいだし、此処ならちょうどいいだろ。と言うか、こう言う事をやるなら、徹底してそっち有利にやるくらいでちょうどいいんじゃないか? と、決闘を受ける練習もしたいから、そっちから申請してくれ」
「……。分かった。ブラウル、デュエル、スタンバイ」
「デュエル、アクセプト」
諏訪から俺へと乱入有りの決闘が申請される。
俺はその申請を当然ながら受理。
俺と諏訪を焦点とした楕円状の結界が展開される。
「「「デュエル、アクセプト」」」
その結界に触れた獅子鷲さんたちが乱入を宣言。
宣言した当人を囲うように結界が拡張されていき、その後に凸凹になった外周が整えられ、ほぼ正円状の結界の中に八人が揃う。
環境は……うん、予定通り。
と言うわけで、俺は水場に移動しつつ、決闘開始のカウントダウンを見守る。
諏訪たちは……獅子鷲さんが最後尾、諏訪が中間、残りの五人が前で、オーダーメイドっぽいお金のかかったデバイスの所有者は居ない、と。
3……2……1……0!
「マスカレイド発動。魅せろ、ナルキッソス!」
光に包まれて、俺は仮面体に変身する。
「マスカレイド発動。覆え、スウィード!」
「マスカレイド発動。射貫け、ボーゲンレーベ!」
「「「マスカレイド発動!!」」」
諏訪たちもマスカレイドを発動し、それぞれの仮面体が現れる。
諏訪……スウィードは様々な材質の帯で全身を包まれて、その先を垂れ下げる事で手足が何処にいるかも定かではない姿に。
獅子鷲さん……ボーゲンレーベは覆面を身に着けて顔を隠した人の上半身と獅子の首から下を象った下半身を持つ異形の姿になった上で、手に槍のような見た目の矢と、それをつがえられるだけの弓を持って。
そして、残りの五人は……細かい差異はあれど、概ねは鉢巻き、仮面、マフラー、革の鎧とプロテクター、敢えて余裕を持たせた布の服を身に着け、手にボーゲンレーベの持つ矢によく似た槍を持った仮面体になった。
スウィードとボーゲンレーベははっきり言えば普通の仮面体だ。
だが残りの五人の仮面体は……。
「モブマスカレイドか……厄介だな……」
思わずそう呟いてしまう程度には厄介な仮面体だった。
Q:なんでナルが前話ラストのシュタールの言葉を知っているの?
A:それが聞こえるまでは完全には魔力が尽きてなかったから。つまり、あそこまでやられても即死してないんですよ。ナルってば。