194:夏季合宿三日目・デモンストレーション VSシュタール-前編
「さて、この辺がいいか」
夏季合宿三日目。
今日からは決闘実習がスタートする事になる。
で、現在の時刻は実習のスタート時刻となる午前八時の少し前。
ホープライト号で水辺での活動に備えてビーチサンダルを借りた俺は、膝下くらいにまで水が来ているポイントに『シルクラウド・クラウン』を付けて立っていた。
「またあからさまに有利と言うか、特徴的な地形を選んできたな。翠川」
「それぐらいはしておかないと、勝ち目がありませんから。麻留田さん」
対して、今日の朝一番で決闘する約束を交わしている麻留田さんは水際ギリギリに立っていて、靴が海水で濡れないようにしている。
顔には既にロボット物でライバルが付けてそうな仮面を付けている。
お互いの距離は……目測だが、20メートルにギリギリ届かないくらいだろうか。
「ナル君頑張ってねー!」
「見守ってますヨー!」
「……」
「「「ーーーーー~~~~~……」」」
俺と麻留田さんの決闘は事実上、戌亥寮のナンバーワンを決める決闘になる。
だからだろうか、決闘に巻き込まれない距離にはスズ、マリー、イチも含めて、何十人と言う観客が集まってきている。
ホープライト号のカフェなどで見ている生徒や教員も含めれば、この決闘を見ている人間の数はさらに増える事だろう。
ーーーーー!!
「時間だな」
「そうですね」
ホープライト号から空砲が放たれて、決闘実習の時間が始まった事を知らせる音が若良瀬島の全域に響き渡る。
では、始めていこう。
「デュエル、スタンバイ!」
俺は掛け声と共に麻留田さんを指さす。
これで麻留田さんに決闘の申請が送れたはずだ。
「いいぞ翠川! そこでちゃんと一対一を挑めてこその決闘者だ! デュエル、アクセプト!」
麻留田さんが応える。
と同時に、俺と麻留田さんの二人を焦点として、楕円状に結界が展開されて、俺たちと観客たちを分断する。
この楕円状の結界の広がり方はある程度の幅を持たせたランダムらしいが……今回は足が海水に浸かるエリアが全体の三分の二を占めるくらいにはなってくれたか、なら多少ではあるが、俺有利だ。
「カウントダウン」
「ああそうだ。後は普段と同じ。カウントが0になると同時に決闘開始だ」
恐らくは結界技術の応用なのだろう。
俺と麻留田さんの間、ちょうど中間地点の空中に、大きな数字が浮いていて、10からカウントダウンを開始している。
「すぅ……ふぅ……」
「緊張か?」
「そうですね。ですが、昂ってもいます」
「そうでないとな。私としても楽しみだ」
3……2……1……0!
「マスカレイド発動。魅せろ、ナルキッソス!」
「マスカレイド発動。ぶっ放すぞ『鋼鉄の巨兵』シュタール!」
俺と麻留田さんはマスカレイドを発動して、光に包まれた。
■■■■■
「『ドレスパワー』発動」
ナルが光に包まれ、光が形を変えて、その中から絶世の美女が姿を現す。
銀色の髪、ターコイズブルーの瞳、白く傷もくすみもない肌を持った、ある意味では南の島に相応しくないほどに整えられた、芸術的な姿の美女である。
そんな身に纏うのは、いつもの盾とブーツに加えて、ビキニとパレオと言う水着。
そして、その水着はナルのスキル『ドレスパワー』発動と同時に魔力を帯びて淡く輝き始め、更にはナルの周囲に幾つもの水塊が漂い始める。
「流石の展開速度だな」
半秒遅れて、光の中から麻留田……シュタールが姿を現す。
それは高さが3メートルに及び、全身を鋼鉄の装甲で覆われた巨人。
手には檻同士を鎖でつないで作られたヌンチャクを握り、背の砲門と関節の小銃は既にナルへと狙いを付けている。
「だが初手は私が貰う。『フルバースト』!」
シュタールの背中から生える二本の砲塔が火を噴く。
二つの砲弾はナルに向かって真っすぐに飛んで行く。
スキルの効果も加わった砲弾の威力は、かつてナルが味わったスキル無しの砲撃よりも明らかに威力が高い物。
直撃すれば今のナルであってもタダでは済まないであろうそれを……。
「どうぞご勝手に。この決闘、俺は耐える側ですので」
ナルはこともなげに、一発は避け、もう一発は盾で逸らして防ぐ。
二発の砲弾はナルの後方の海面に直撃、爆発して、水柱を形成し、結界内に海水が降り注ぐ。
「あの時とは違いますってわけだな。ナルキッソス」
「そりゃあ、何もかもが違いますよ。シュタール」
普段の決闘ならば、シュタールは此処から無数の小銃を乱射しながら接近し、その巨体か檻ヌンチャクを使った近接戦闘を仕掛けるところである。
だが、今日のシュタールは小銃を撃たずに、その場で檻ヌンチャクを回して、勢いをつけ始める。
理由は単純。
シュタールは海水に入りたくないのだ。
シュタールの全身は精密部品の塊であるし、銃火器の火薬だって湿気るもの、そうでなくとも金属にとって海水は錆を生み出す天敵である。
魔力によって動作しているし、防水の備えもしているので、ただの海水で完全停止するようなことは無いが、それでもまったく影響がないわけではないのだ。
ナルは気づいていなかったが、若良瀬島の決闘可能なエリアにおいて、此処はシュタールにとって最も相性が悪いエリアであるとさえ言えた。
「ではこれはどうだ!?」
だからシュタールは、まずは小手調べと檻ヌンチャクに回転による勢いを付けた上で投げつける。
鉄の塊と言っても差支えのない巨大な檻と鎖はまるで黒鉄の蛇のようにナルへと向かって行く。
その檻が秘めている破壊力は、直撃すれば並大抵の仮面体ならば一撃で粉砕するし、掠っただけでも、その掠った部分を中心に抉り飛ばすだけの威力を持っていた。
「その程度なら……」
対するナルは距離があるのに逃げない。
檻に捕まればどうなるかも、その威力のだいたいの所も理解した上で、回避する素振りすら見せない。
それどころか盾を捨てて、右手を引き、握りしめる。
「今の俺ならどうとでもなる!」
ナルの拳とシュタールの檻がぶつかる。
ぶつかり合って、お互いに衝撃を分け与え、互いが離れていき……薄皮一枚分離れたところでナルの周囲を漂う水塊の一つがナルの拳の軌道に沿うように動いてシュタールの檻と衝突。
大きな破砕音、飛び散る水飛沫と共に、シュタールの檻は勢いよく吹き飛ばされて、シュタールの背後に広がる砂浜にまで届くと、大きな金属音を轟かせながら転がり、結界に衝突する。
「よしっ!」
「なるほど……」
「「「……」」」
この結果に誰よりも驚いたのは、ナルが何をしたのかが分かっていない観客たちだった。
シュタールが檻を握っていない状態であるため、ナルの耐久力や腕の振り方次第では檻の方が弾かれたり、その場で落ちるまでは想定内だった。
だが、弾き返す……それも結界に届くほどの勢いで吹き飛ばすのは、誰も予想だにしないものだった。
ましてや、それを為したのが、火力不足で悩まされている事が周知の事実であったナルであったと言うのは、完全に想定外の話だったのだ。
「それが、その衣装での『ドレスパワー』の効果か」
「ええ。水場限定エンチャント。高威力、高ノックバックの水属性、攻撃追従型エンチャント。だそうですよ。解析してくれた先輩曰く」
昨日の検証でこの水着の『ドレスパワー』を検証したからこそ、この場を決闘の場所に選んだナルは、迎撃の構えを取ると、そっちから来いとシュタールを挑発する。
その検証を遠くから見ていて、実戦で使われたら厄介だろうなと考えていたシュタールは、檻ヌンチャクを拾うと、ゆっくりと回しつつ、波打ち際に立つ。
「いいだろう。なら、私もギアを上げるとしようか!」
そして、シュタールが動き出す。
今回からは決闘シーンでも基本的には一日一話となっております。
長さと頻度の都合って奴です。
予めご了承ください。




