193:夏季合宿二日目・乱戦での戦い方
「よっ、ほっ、ぬぐあっ!?」
「甘いです。ナルさん」
夕食後。
俺、イチ、スズ、マリーの四人は船上プール近くにある運動用のフリースペースにやってくると、そこで軽い体術訓練を始めた。
周囲に人影はない。
明日からの決闘実習に備えて、みんな準備をしているのだろう。
で、そうして周囲に注意を払った瞬間、今日もまた、俺はイチに見事に倒された。
「ナルさん。明日からの決闘で乱戦形式になった時や、今後の為に正面の相手だけでなく、周囲にも気を向けるのは悪い事ではないです。けれど、彼我の実力を考えて、時には正面の相手だけに集中して割り切る事も必要です」
「あー、悪い。今のは純粋に注意が逸れたり、集中が途切れたりの類だ。そんな立派なものじゃない」
「そうですか? ……。では一度休憩しましょうか。集中力が足りない状態での訓練は危険ですから」
「分かった」
まあ、暫くの間続けていたので、一度休むにはちょうどいい頃合いなのだろう。
俺とイチは訓練を止めると、デッキ上に置かれた椅子に腰かけているスズとマリーに近づく。
「お疲れ様、ナル君。イチ。休憩?」
「ああ、休憩だ。とは言え、ただ休んでいる気もないけどな」
「でハ、明日からの決闘実習について話をしましょうカ」
「そうですね。イチもそれでいいと思います」
俺とイチは適当に腰を下ろすと、ジュースを飲んで、喉を潤していく。
「それでナル君。ナル君は夕食の席で遂に戌亥寮の決闘実習特有のルール、乱入有りについて知ったわけだけど、どう判断する?」
「どうもこうも……乱入されたって、全員ぶっ飛ばして、最後まで立っていればいいだけの話だろ。乱入を利用して誰かをタコ殴りにしたって、最終的にはさっきまで仲間だった相手と殴り合わないといけなくなるルールなんだぞ。俺はそんな展開は嫌だ」
「なるほド。でハ、ナルが決闘を申請されテ、そこに沢山の乱入があってモ、マリーたちは助けない方がいいですカ?」
「むしろ助けるな、だな。と言うか、明日から三日間は、基本的に四人とも単独行動でいいだろ」
「分かりました。ではそのようにしましょう」
さて、明日からの決闘実習。
俺については、来るもの拒まず、挑まれれば拒まず、全員を返り討ちにするつもり満々である。
それこそ、乱入のルールを利用して、一対七にされたとしても、全員ぶっ飛ばす気である。
「ちなみにナル君。私たちがナル君に挑むのは?」
「挑まれれば本気で応じる。応じるけれど……出来れば戦いたくは無いな」
「その心は?」
「スズたちが俺を倒すつもりで決闘を仕掛けてきたら、例え勝てたとしても魔力も集中力も削られ切って、その後があまりにもツラい」
実際あまりにもツラい。
それでもマリーなら、マリーが省エネスタイル……『蓄財』を利用する気が無いなら大丈夫。
イチも『同化』を利用した上で、まだ見せていない何かを持ち出してこないなら、対処できるだろう。
だがスズはなぁ……体育祭の時ほどの無茶はしないだろうか、あそこまでの無茶をしなくてもスズの戦闘能力は一年の中では飛び抜けているからなぁ……アレと決闘をしたら、勝敗に関わらず、それから一時間くらいは動きたくなくなると思う。
なお、親しい相手を傷つけたくないとか、そんな思いは俺たちにはない。
解除すれば元の体が傷一つない状態で戻ってくる仮面体での決闘に、そんな配慮をするのは、むしろ侮辱ですらあるだろう。
だから、挑まれたなら、全力で応じるのが、決闘者としてあるべき姿であり、スズたちが俺に求める姿でもある事だろう。
「ナルの場合、ただでさえ最初に戦うのが麻留田さんですからネ。勝っても負けても疲れ切ってますよネ? ほぼ間違いなク」
「ほぼじゃなくて、間違いなく疲れ切ってる。午後の間に出来るだけの準備はしたけれど、勝てるかどうかを聞かれたら、ぶっちゃけ分からない」
「麻留田さんは学園の生徒で一位二位を争う地位に居ますから、ナルさんの予測は正しいと思います」
「ちなみにナル君。準備の内容は?」
「そうだな……」
俺はスズたちに対麻留田さんを考えて、どんな準備をしたのかを話す。
「「「……」」」
反応としては……何とも言えないところだな。
「まあ、正直に言ってやってみないと分からない。地形の影響がどれぐらい出るのか、ちょっと予想が付かないからな」
「そうだね」
「ですネェ」
「同意します」
まあ、勝ち目がないわけではなさそうだ。
なら、とりあえず決闘にはなるだろう。
「そう言えばスズたちは、この三日間で誰かと決闘したいとか、誰かと決闘するとかって予定はあるのか?」
「私は特にないかな。乱入も利用して、ポイントを荒稼ぎしようとは思っているけど」
なんだろう、今この瞬間に、スズと決闘する人たちに対する憐みの気持ちが湧いた気がする。
いやだって、スズの薬と言うか毒煙とか爆弾ってどう考えても、相手を一網打尽にするのに向いているし……。
「マリーは省エネモードですね。決闘したい相手も特に居ませんし、『蓄財』無しでも戦えるだけの実力を付けるつもりで、この三日間は過ごします」
マリーは普通の決闘をするつもりらしい。
「イチは……隠しておきます。言わない方が有利になれそうなので。ただ、もし会った時には手加減抜きでお願いします」
「分かった」
たぶんだが、イチは乱入を繰り返すつもりなんだろう。
具体的にどんな方法で乱入を繰り返すのかは分からないが。
「じゃ、明日からの三日間。お互いに頑張ろうか」
「うん、頑張ろうね、ナル君」
「はい、頑張りましょう」
「そうですね。頑張らせてもらいます」
明日からの決闘実習。
さて、どんな実習になるだろうか。
どうなるにせよ、厳しくも実りある決闘日和にはなりそうだ。




