191:夏季合宿二日目・閑話・その頃の虎卯寮
ナルたちがそれぞれに行動し、綿櫛とハモが不穏な会合をしていた頃。
虎卯寮の生徒たちも明日からの決闘に備えて、自由行動を各自取っていた。
「たっかいなぁ……」
「たけぇなぁ……」
虎卯寮の夏季合宿先は朝守海岸にある笹八木リゾートホテル。
ホテル所有のプライベートビーチもあれば、決闘者の為の各種施設も揃っている、一流リゾートホテルである。
そんな最高級のおもてなしを提供するホテルの内部には、宿泊客向けの土産物屋も当然のように備えられている。
しかし、一流、最高級、そんな枕詞が付くホテルの土産物屋に並ぶ品々となれば、当然のことながら……。
「これが観光地価格って奴だね……」
「だなぁ。恐ろしいことにアタシたちに対して学園から出されているお小遣いなら、大量でなければ普通に買えちまうわけだが」
質に相応なお値段である。
学園入学前は間違いなくただの一般人であった瓶井幸と大漁愛佳の二人が、質を見る前に値段で怯んでしまう程度には。
が、置物の類ではなく、消え物とも呼ばれるような使えば無くなるような品ならば、十分に手を出せる程度には彼女たちもお金を持っている為、二人は頭を悩ませていた。
「ええ、はい。それでは明日はよろしくお願いします。陽柚副会長」
「ええ、よろしくね。護国さん。いい決闘にしましょう?」
「そうですね。そうなるように努力させていただきます」
「アレは……護国さんに陽柚先輩?」
「だな。何か話してたみたいだ。と、こっちに護国は来るな」
そんな二人の視界に、護国巴と決闘学園生徒会の副生徒会長でもある陽柚悠花の二人が話をしている姿が入り、会話を終えた二人が分かれると、護国は瓶井と大漁の二人に気づいて近寄ってくる。
「二人ともお土産の品をどうするかで悩んでいる。と言うところですか?」
「うん、そうだね。買えないことは無いんだけど、ボクたちの金銭感覚としては高めの品でさ」
「高め……質も合わせて考えれば、手ごろか、むしろ安めなくらいだと思いますが……」
「あー、そうなのか……。アタシたちの目だとそこまでは分からないんだよな……。ちなみに護国のおススメは?」
「そうですね……。私のおススメとしては……」
瓶井と大漁は護国に話を聞いて、お土産の品の目星をつけ、それから購入していく。
渡す先は勿論、他寮あるいは学園外に居る自分たちの友人知人である。
「それで護国。さっきの陽柚副生徒会長との話は何だったんだ?」
「アレですか? アレは夏季合宿毎年恒例の行事とでも言うべき決闘の為の打ち合わせです。大漁は麻留田風紀委員長から聞いていませんか?」
「あー、何か言っていた気がするな。一年で一番強い奴と、上級生で一番強い奴が、三日目の最初に決闘をするとか何とか……」
「ええ、それです」
「へー、打ち合わせまでして、そんな事をわざわざやるんだ。どんな意味があるの?」
お土産を買い終わったところで、ホテルのロビーにある席に座ると、大漁は話題を護国と陽柚がしていた話が何だったのかと言うものにする。
「一つは単純に騒動の芽を潰すためだそうです。毎年、誰が最強なのかと言う話題で揉めるそうですから」
「らしいな。そうなった時のマニュアルまで、合宿前にアタシは渡された」
「ふーん。推している人が最強だからと言って自分まで強くなるわけじゃないのにね。不思議な話だね」
騒動の芽を潰すと言うのは、麻留田からナルに対しても語られた話である。
「それともう一つ。一年の最強に上級生の最強を見せる事で、実力をさらに伸ばして欲しい。と言う考えもあるそうです」
「そっちは知らなかったな」
「でも分からなくもないね。向かう先が分かっている方が、どうするかも考えやすいだろうし」
もう一つの理由は成長。
その寮で一年の最強と言う事は、裏を返せば、同学年同寮の相手では戦う前から勝敗が付いてしまっている事すらあると言う事でもある。
それはつまり、切磋琢磨する相手が居ないと言う事であり、生徒の為にならないのは勿論の事、国の為に有力な決闘者を育てるのが目的である学園にとっても良くない事である。
故に、伝統と言われるほどに、夏季合宿三日目に一年の最強と上級生の最強が決闘をする事は繰り返されてきたのである。
「しかし、ボクたち虎卯寮は護国さんと陽柚副生徒会長が決闘する。となれば、他の寮でも同じことをしているって事だよね?」
「だろうな。夏季合宿が始まる前に、麻留田さんは翠川の奴と決闘すると言っていたはずだ。あの二人の立場と実力なら、此処が一番同士の決闘になるはずだ」
「そうですね。大漁の言う通り、そこが伝統の決闘になると思います」
結果、今年もその決闘は行われる。
虎卯寮では護国と陽柚が。
戌亥寮ではナルと麻留田が。
では、他の寮では?
「子牛は……どうなんだろう? 吉備津君と縁紅君の実力って同じくらいだよね? 強い上級生には津々さんが居るけれど」
「そちらはもしかしたら、三つ巴にするかもしれませんね。津々さんの仮面体の能力なら、二人同時に相手取る事も出来るはずです」
「あー、大量の水を発生させて、大波を起こせるんだったか。津々先輩って」
子牛寮では縁紅か吉備津の実力が拮抗しているので、一年生の一番が誰かは分からない。
ただ、上級生の一番は生徒会の書記でもある津々うららと言う甲判定の女子生徒が居るため、彼女が担当する事は確実であった。
「で、申酉は……分からねえな。そもそも、申酉の合宿中の決闘って確かアレだったよな?」
「そうだね。でも、どうなるにしても、生徒会長が居る時点で、一年じゃ相手にならないと思う」
「まあそうだよな。麻留田さんと同格。学園生徒最強だからなぁ」
「私も山統生徒会長に現状で勝てるとは思えないので、誰が出て来るにしても勝つのは厳しいと思います」
申酉寮についてはもっと分からない。
夏季合宿の三日目から五日目にかけて行われる決闘練習には、全ての寮で共通しているルールだけでなく、それぞれの寮ごとに独自に定めているルールも存在している。
そのルールの都合で、申酉寮の一番が誰かは予想しづらくなっていた。
しかし、一年生の誰が出て来るにしても、勝者が誰なのかは護国たちには分かっていた。
山統紀士、決闘学園生徒会の現生徒会長の実力はゆるぎない確かな物であるからだ。
とは言え、これらの話は結局のところ、他の寮の話。
自分たちとは、せいぜいが後から記録映像を見れるかどうかぐらいの関係しかない話である。
「それで護国さん。明日の決闘は?」
「勿論勝つつもりで行きます。決闘者たるもの、負けるつもりで決闘に挑むなど、以ての外ですので」
「そりゃあそうだ。協力できることはあるか? 助けられる範囲でアタシたちは助けるぞ」
「うん、そうだね。護国さんが困っているのなら、ボクたちは力になるよ」
「二人ともありがとうございます。では折角なので……」
よって優先するべきは自分自身の決闘。
護国は瓶井と大漁の二人を連れると、ホテル内の自室へと向かい、明日の決闘の為の準備を始めた。
朝守→ASaMoRi→ASMR




