190:夏季合宿二日目・自由時間
「それじゃあナル君。私はちょっと燃詩先輩の所に行ってくるね」
「ああ、分かった。気を付けてな」
昼食後。
そう言ってスズは女子の個室があるエリアへと上がっていった。
どうやら午前中のスキル『ドレスパワー』の検証結果を届けに行くついでに、色々と話をしてくるようだ。
……。
今更なんだが、俺は燃詩先輩の姿を知らないんだよな。
今こうしてスズが会いに行ったと言う事は、戌亥寮の先輩である事は間違いないはずなんだが、いったいどういう繋がりがあって、出会う事になったのやら。
「ではナルさん。また夕食後にお願いします」
「ああ、こちらこそ、その時はよろしく頼む」
イチも単独行動を始めると、ホープライト号の外へと出ていく。
なんでもユニークスキル『同化』を島の環境に合わせるらしい。
俺の『ドレッサールーム』も衣装の情報を取り込むのに相応の時間がかかるので、イチもその辺りは同様と言う事なんだろう。
「で、残るは俺とマリーなわけだが……」
「マリーは船内のカフェやプールで情報収集をしてきまス。ナルはどうしますカ? 一緒に付いてきてもいいですヨ?」
「いや、俺が一緒だと、俺対策で色々と考えている人たちの口が重くなるだろ。だから俺は部屋に戻って、麻留田さん対策を考えようと思う」
「そうですカ。頑張ってくださいネ、ナル」
「ああ。少なくとも無様な姿だけは晒さないように考えるつもりだ」
と言うわけで、俺とマリーも別行動。
マリーは色々な人から話を聞く事による情報収集をするようだ。
全員が全員と決闘する事は物理的に不可能なはずだし、他人の情報なら話す人も居るだろうし、一方的に聞き出すのではなく交換なら情報を出す人だって居るはずなので、マリーならば十分な質と量の情報を得られる事だろう。
対する俺は部屋に戻って、部屋に備え付けのスキル調整用の機械を使い、明日の最初の決闘相手になるはずの麻留田さんだけに合わせた調整をする事にした。
相手は麻留田さんだからな……。
たぶんだが、全力を尽くさないと勝負にもならないはずだ。
少なくとも四月時点であった差はそのレベルだった。
「さて、『P・Un白光』と『ドレスパワー』までは確定として、あと一枠はどうしたものだろうな……」
俺は『ライブラリ』と麻留田さんの過去の決闘記録を見ながら、悩み始めた。
■■■■■
一方その頃。
「いやー、すみません。お待たせしました」
「本当に待たされましたわ。私の誘いをなんだと思っていますの。私がお爺様に言えば、貴方なんてその日の内にクビに出来ますのよ」
ホープライト号の下層、人目に触れずに誰かに会ったり、打ち合わせをしたりするためのエリアに綿櫛とその取り巻きたち、そしてハモと名乗っている男が集まっていた。
「本当にすみません。けれど、今の私は『コトンコーム』社の命令で、デバイスメンテナンスクルーの一人として潜り込んでいる身でして、そんな自分が身勝手な振る舞いをしたら、それこそ『コトンコーム』社、引いてはお嬢様の面目に泥を塗ってしまいます。なので、遅れた件についてはどうかご勘弁を。美人なお顔が歪んでしまいます」
「ふんっ、まあいいですわ」
ハモと綿櫛たちの関係性は実に分かりやすいものだった。
ハモはアタッシュケースを片手で持ちつつ、直立不動の状態で、けれど態度は平身低頭そのもの。
対する綿櫛は何処からか持ち込んだイスに腰かけて、取り巻きの三人を背後に控えさせて、この場の支配者が誰であるかを如実に示す。
取り巻きの三人がそれぞれに、嘲笑、怨み、怯えの表情を浮かべているのにも気づかずに。
「それでハモでしたわね。貴方、何が出来ますの?」
「何と申されても、大したことは出来ません。さっき言った通り、私は『コトンコーム』社の命令で此処に居ますから。問題を起こせば、どうあっても私だけの責任では済みません。メンテナンス部門自体、スタッフが互いに互いを監視する体制が整ってます。他社の技術を盗み見て覚えておくのがせいぜいでしょう」
「使えませんわね」
「ははは、まったくその通りで」
綿櫛の顔が侮蔑で歪む。
しかしハモは何でもないように、それを受け流す。
「ああでもそうですね。持ち込んでいる試作品のアドオンパーツを流す事くらいは出来ます」
「試作品? アドオンパーツ?」
アドオンパーツとは、簡単に言ってしまえばデバイスに追加する事で、デバイスの性能を向上させたり、変化させたりするパーツの事である。
「ええ。『ノマト産業』の方で内々に、自分たちで使うために、少数だけ作っているものなんですが。メリットデメリットをきちんと提示して流すのなら、誰も文句は言えません。まあ、試作品なんで出力が不安定だったり、無視できないデメリットがあるわけなんですが」
「あらいいじゃありませんの。それ、見せてもらえるかしら?」
「そう言うと思って、こちらに。お嬢様たち四人分があります」
ハモがアタッシュケースを床に置き、開く。
その中に入っていたのは、深藍色の宝石に機械をくっつけたようなパーツが四つ。
「綺麗……何故止めますの」
その宝石に綿櫛が手を伸ばそうとし……伸び切る前にハモがアタッシュケースを閉じる。
「デメリットがあると言ったじゃありませんか。確かにこいつを使えば、『翠川鳴輝に』痛い目を見させることも出来るかもしれません。ですが、そのデメリットを考えるなら、使うにしても、六日目にするべきです。『明日から三日間は真面目に授業を受けてください』」
「……。仕方が……ありませんわね……ええ、そうですね……私たちも学生ですもの……気に入らないナルキッソスを叩きのめすにしても……まずは授業をきちんと受けませんと……」
「「「……」」」
ハモの言葉が不自然な響きを伴って部屋の中に広がる。
それを聞いた綿櫛たちは自然と落ち着いて、自分がやる事を呟いて繰り返す。
「コイツは五日目の夜になったら渡します。その時までに出来るだけの調整はしておきますので、デメリットもその時に。『今日の所はもう帰ってください』」
「分かりましたわ……」
そして、多少おぼつかない足取りで、綿櫛たちは部屋の外へと去っていった。
そうして部屋の中で一人きりになったハモが呟く。
「はぁ……いつもながら感謝します、アビス様。普通の相手なら口八丁手八丁で何とか出来ますけど、あのお嬢様の『説得』はアビス様の御力抜きでは無理ですよ。ええ。こちら、少ないながらも感謝の魔力でございます」
ハモの体から魔力が流れ出し、ホープライト号の外へ出て、海へと流れ込み、そのまま何処かへと流れていく。
その行いに対して返ってくるものは無い。
けれど、ハモの顔は綿櫛に見せていたものとは全く違う晴れやかなものであった。
「さて、私とあのお嬢様の間に関係があった事は、監視カメラの位置からして、これで知られてしまったはず。となれば、六日目までにコイツの調整と脱出の手はずを整えておかなければ。ふふふ、アビス様の為にも頑張らなければ。いやぁ、楽しくなってきました」
そしてハモは嬉しそうに部屋から去っていった。
おかしいなぁ。
明らかに催眠誘導系統の能力を使っているのに、真っ当な事にしか使っていないように見える。




