19:ナルの魔力性質
「……。昨日の授業でもお話ししましたが、翠川君の魔力性質は極めて粘着質が強い、特殊な物です。その性質がどのような影響を与えるのかについては、今後の調査で明らかにしていく必要があります」
樽井先生が話し始める。
「予測の類は付かないんですか?」
「……。私が想像したものを話すことは出来ますが、したくはありませんね。翠川君の魔力性質のように無関係になる場合もありますが、一般的には魔力と言うのは精製した人間のイメージや認識に影響される性質があります。つまり、私がここで何かを話してしまうと、それで翠川君の可能性が狭まる可能性もあるという事です。それは教師として看過できない可能性です」
「なるほど」
とは言え、話せる内容については、事実に基づく範囲と言うか、これまでに既に観測されていて、確定している部分に限られるようだ。
まあ、それならそれで構わないけれど。
「……。話を戻します。現状で翠川君の魔力について把握しているのは、粘着質である事。恐らくはその粘着質に由来する形で、外部からの干渉に強く、自然発散がしづらく、切り離すことが極めて難しい。そして、これらの性質から、仮面体への干渉……特に外見については翠川君本人が許容しない限りは、まず成功しないと考えていいでしょう」
「ふむふむ?」
ただ……それが何に役立つかまではよく分からないな。
と言うわけで、スズの方へと俺は視線を向ける。
「樽井先生。この辺りはスキルのお話が始まってからでいいと思います。ナルちゃんの今の返事はよく分かっていない時のものなんで」
「スズ!?」
まさかの裏切りである。
いや確かにそうだけども、このタイミングでか!?
「……。そうみたいですね。どうやら翠川君は実践タイプみたいなので、まずは事実を確認してから、その事実から確定した事項だけ説明する。後は直近で考えないといけない問題だけ説明する方向で行きましょう」
「はい。やっぱりそうなりましたね」
「むー……」
いやでも、確かに無関係の話をアレコレされても覚えきれないしな。
これの方が都合は良いか。
あ、ライダースーツの形がなんとなく感じ取れるようになってきたな。
なるほど、この形で魔力を固めて、ライダースーツを再現すればいいわけか。
「……。では、翠川君の魔力の性質を確かめるためにも、こちらのチェックをしましょうか」
樽井先生が複数のお皿を出して、そこに水と何かを注いでいく。
「……。一つずつ舐めて、どんな味がしたかを言ってください。可能ならば、その強さも」
「分かりました」
俺は皿の中身を一つずつ舐めていく。
えーと、順番に……。
甘い、少し甘い、凄く甘い、凄く酸っぱい、酸っぱい、少し酸っぱい、辛い、……っ!?
「げほっ、がほっ! ごほっ! か、辛……な、なんだこの……」
凄まじく辛い皿が液体があって、俺は思わずむせた。
いやなんだ今の味は、唐辛子を丸ごと食べたって、あんな味がするとは思えないぞ。
そう言う味だった。
「ナルちゃん。はい牛乳」
「うぉ、うぐっ、んっ……はぁ、あー……」
俺はスズから牛乳を貰い、口の中でかき回して、少しでも辛み成分を洗い流していく。
だがそれでも、口の中のヒリヒリが止まらず、顔などに汗が浮かんでいるのを感じる。
あーくそ、仮面体って痛みとかに強いんじゃなかったか?
「……。水園君の手柄ですね、これは」
「もしかしたらと思っていたんですけど、調べてみて正解でした」
「……。しかし、麻留田君の攻撃は普通に受けていたので、大丈夫だと思っていたのですが」
「そこは予想していたか、いなかったの差だと思います。後は内外の差でしょうか」
「ひーふー……何の話だ? 樽井先生にスズ」
何とか落ち着いてきた。
仮面体の力なのか、痛みが急激に引いていくのも感じる。
で、樽井先生とスズは何を話しているんだ?
その真剣な表情からして、俺の仮面体に何かありそうではあるんだが、どういう話なのかが読み切れない。
「……。簡単に言えば、翠川君の仮面体は普通の人の仮面体よりも痛みを感じやすいと言う話です。魔力性質、仮面体の形状、不意打ち、体内からの攻撃、様々な要素が合わさった結果ではあるのでしょうが、とにかく、必要以上の痛みを感じてしまうようです」
「どうしてそんな事か?」
「辛味は痛覚と同じだからだよ。ナルちゃん。あ、それはそれとして、残りの皿も舐めてみて」
「うっ……苦い、渋い……美味い?」
「……。なるほど。つまり、少なくとも味覚は完全再現されていますね。こうなると代謝などがどうなっているかが気になりますね。場合によっては常にマスカレイドを発動したまま生活する事も……」
どうやら樽井先生とスズは俺の感覚について調べ、その結果が出たらしい。
どうしてそうなったのかは……あれか、俺の魔力が粘着質だから、普通ならダメージとして切り離される魔力が切り離されなかったとか、そう言う話か、なんとなくだけど。
後、残りの皿も舐めさせられて、その結果をスズがまとめている。
何かあるらしい。
「樽井先生。これってまずい事ですか?」
「……。何とも言えませんね。激しい痛みは動きを鈍らせますが、適度な痛みは異常を感じ取るためのシグナルですので。これは他の要素についても言える事ですが、一つの同じ事柄であっても、自分にとって有効に使えるのなら長所で、自分にとって不利になるように作用するなら短所と呼びますから。見方と使い方次第です」
「むう」
うーんまあ、上手く付き合うしかないって事か。
しかし、昨日の麻留田さんとの戦闘では痛みを感じてはいても、動きを鈍らせる感じはなかったんだよな。
むしろ、痛みに伴って怒りが湧いて、その怒りによって全身に力が漲ったと言うか……いやこれが上手く付き合うって事か。
とりあえず不意打ちだと、その分だけ痛くなるとは覚えておこう。
「……。さて、他にも幾つか検査があるので、順番にやっていきましょう」
「分かりました」
「手伝うね。ナルちゃん」
その後も俺は樽井先生とスズの指示に従って、検査を進めていく。
中にはよく分からない検査もあったが……まあ、何か分かったなら、その内に教えてくれることだろう。
「うーん、なんとなくだが……あ、出来た」
「……。こんなにあっさりと」
「流石はナルちゃん」
で、そうやって検査をしている間もライダースーツの感覚を全身で味わっていたからだろうか?
ちょっと試しにライダースーツの上半分をはだけた後に、そのはだけた部分を補うように体から立ち上る魔力を固めて色を付けたら、あっさりと再現できてしまった。
うん、今更なんだけど、俺の魔力は結構操作をしやすい感じだな。
もしかしたら、これも俺の魔力性質とやらのおかげかもしれない。
「……」
「ナルちゃん?」
ただ問題点もあった。
俺は折角だからと残りのライダースーツも脱いで、自分の魔力で作り直してみて、それはあっさりと出来たのだが……。
「脱ぎたい」
「「?」」
心の奥底から衝動が湧き上がってくる。
我慢したくても出来ないほどの衝撃が、猛りが、情熱が俺の内側から迸ってくる。
こんな姿で満足をするなと俺の心が叫んでいる。
「凄く、脱ぎたい! キャストオフ!!」
「「!?」」
次の瞬間。
ライダースーツを模した俺の魔力は吹き飛んでいた。
「ああ……うん。やっぱり裸は素晴らしいな……」
地肌と空気が触れ合う。
光が直接照らし出す。
放出された魔力が遮られずに立ち上る。
俺は……すさまじい解放感に高揚していた。
きっとこれを人は酔いしれると言うのだろう。
「……。どうしましょうこれ……」
「うーん。ナルちゃんが我慢を覚えた方が適切ではあるのだけど、キャストオフしても大丈夫なようにする手段も考えておいた方がいいかも。ただ私の年齢だと、その手の修正方法を学ぶのにも問題が……」
「キ モ チ イ イ ……」
その後、俺はしばらく裸のまま解放感に酔いしれた。
そして、気持ちが戻ってくる頃には授業の時間は終わりを告げていたのだった。
07/09誤字訂正