189:夏季合宿二日目・島内巡り
「正に南国だなぁ……」
「湿度も高いから、蒸し暑いね……」
「有毒植物も生えているようなので、迂闊に触れないようにお願いします」
「普通に危険地帯じゃないですカ」
若良瀬島の森は島の中心部に存在していて、大きな葉を持つ植物だとか、鮮やかな色合いの花だとか、ヤシの木だとか、他にも様々な正に南国と言った雰囲気の草木が生え揃っていた。
木々に遮られるために視界は狭く、道として踏み固められた場所以外は藪が茂っていて足元の様子すら分からず、風が通り抜けないので湿度が高いと共に足場は湿っている。
ぶっちゃけ、此処を決闘の場として選ぶ人間はそう多くは無いと思う。
あまりにも環境が悪いと言うか……下手をすると、見えていない場所に沼だとか窪地だとかがあって、決闘をする以前に普通に危ない気がする。
「お、森を抜けたな」
「草原だね。調べた情報によると、特に手入れとかをしたわけでもないのに、この状態みたい」
「やっぱり魔法の島なんですネ。若良瀬島ハ」
「浜辺が嫌なら、こちらがメインの決闘場所になりそうではありますね」
森を抜けた先で見えたのは草原。
地理的には若良瀬島の北から西にかけて。
長くても膝下程度までの草しか生えていないエリアで、ところどころに身を隠したり、荷物を置いたりするのにちょうどいいくらいの大きさの岩がある。
海岸は無く、代わりに高さ10メートルくらいの岸壁がある。
イチの言う通り、浜辺で決闘をしないのなら、こっちで決闘をする人が多そうではあるな。
ちなみに高さ10メートルの岸壁と言うと、普通に危ない高さなのだが、マスカレイド中ならどうとでもなる高さでもある。
そうでなくても、仮面体の時に負った怪我はマスカレイドを解除すれば無かったことになるので、問題は無いだろう。
「で、こっちは岩場か」
「草原より足元は見えるけど、代わりに障害物は多い。と言うところかな?」
「近接戦闘メインならこっちの方が楽そうですネ」
「そうとも限りません。武器によっては、岩に引っ掛かってしまうので」
草原の逆側、若良瀬島全体で見れば北から東にかけて。
こちらに広がっているのは岩場だ。
草原にあるものよりも大きな岩がそこら中から突き出していて、森の中ほどではないけれど視界は悪い。
ただ、足元はしっかりとしているので……ああいや、よく見たり感じたりすれば分かるが、ところどころに砂地になっている場所もあって、そこだけ滑りやすくなっているな。
となると、小回りが利くから程度の軽い気持ちで来たらすっ転んで酷い目に合うし、槍や大剣のような長柄の武器だと位置次第では岩に引っ掛かるし、きちんと下見をしておかないと危ないエリアになっているな、此処。
「ホープライト号が東の港にあって、戦いやすそうな草原は西。その間は人を選ぶ浜辺、森林、岩場。と言う風に考えると、嫌らしい配置をしているなぁ。若良瀬島」
「本当ですネ」
「はい」
「ん? ああ、ルールの関係か」
スズの呟きからして、決闘を挑まれたら逃げられないとか、そんな感じのルールでもあるのだろうか?
ありそうだな。
相性がいい相手とだけ戦うなんてことを、学園がそう簡単に許すとは思えないし。
まあ、詳しくは訊かないでおくか。
「あ、翠川」
「お、諏訪か。それに獅子鷲さん」
なんにせよ、これで一通り見て回った。
なので一度ホープライト号に戻って午後はどうするかを話し合おうと思ったのだが、その前に諏訪と獅子鷲さんの二人に遭遇した。
周りに他の生徒の姿は見えない。
「二人は……デートか?」
「あ、あははは。そう見えるなら俺としては嬉しいけど、そうじゃなくて、偶々……痛っ!?」
俺のデートかと言う問いかけに諏訪は曖昧な笑みを浮かべつつ返す。
が、最後まで言い切る前に獅子鷲さんのローキックが、諏訪のアキレス腱に決まっていた。
普通ならば、デートと揶揄われたと思われたのを嫌がったか、諏訪がデートだと認識していない事への憤りか、そんな風に思うところだが……表情がおかしいな。
どちらかと言えば、もうちょっと上手く誤魔化せと言う感じの表情を獅子鷲さんはしている。
「け、蹴らなくても……」
「ごめんなさい。でも私としてはデートのつもりだったのだけれど。それなのに水広君がそんなんじゃないんですよ、なんて言われたら、思わず足が出るくらいには悲しいのだけれど……」
「ははははは、いやその、ね……」
あー、うん。
これはアレかな?
明日からの決闘には何かしらの協力要素が存在していて、その協力要素を生かして決闘をするための下見を諏訪と獅子鷲さんはしていた。
で、それを看破されないために、諏訪は色々と曖昧にして誤魔化そうとし、獅子鷲さんはデートをしていた事にして誤魔化そうとした、と。
「ふーん……」
「へー……」
「なるほどですネェ……」
「?」
獅子鷲さん。
貴方、下見も本音だったろうけど、デートも本音だったな、さては。
思えばこの二人、戌亥寮一年の成績優秀者コンビでよく一緒に居るし、そう言う関係性になってもおかしくはないか。
獅子鷲さんは諏訪の事を名前呼びしているくらいだし。
うーん、そう言う事なら、裏で何を考えているにせよだ。
「まあ、ごゆっくりって事で。俺はもう明日の決闘で最初に麻留田風紀委員長と浜辺で戦う事を決めているからな。たぶん、その後も浜辺に居続けるだろうし、何かあったらそっちまで来てくれ」
「あ、うん。分かったよ。その時はよろしく、翠川」
「ああ、その時はよろしくな。諏訪」
俺は邪魔をしないと明示した上で素早くこの場を去る。
これだな。
「頑張ってね、獅子鷲さん」
「頑張るですよヨ。獅子鷲」
「えーと、頑張ってください? 獅子鷲さん」
「水園さん、ゴールドケインさん、天石さん。三人ともありがとう。そっちの意味でも私は頑張る」
きっと俺と同様の事をスズとマリーも察知し、話の流れはイチも読めたのだろう。
俺たちは四人揃ってその場を後にした。
「しかし、撮影場所として良さそうなのは、やっぱり浜辺か」
「そうだね。草原や森林の一部も使えなくは無いだろうけど」
「白い砂浜、青い海、輝く太陽の組み合わせが強すぎるんですヨ」
「では、六日目は浜辺で撮影と言う事にしましょう」
で、ホープライト号に戻ってきたところで、とりあえず六日目の予定は決まった。




