187:夏季合宿二日目・白い砂浜
「おー、本当に写真とかドラマとか、そういう物でしか見ないような光景が広がっている」
「白い砂浜、打ち寄せては返す波と水平線、空に浮かぶ太陽……早々見れるものじゃないのは確かだね」
「ですネ。正にリゾート地と言った光景でス」
「はい。他の場所でも見れなくはないでしょうが、簡単に見れるものでもないでしょう」
浜辺は正に南の島と言った光景をしていた。
どこまでも白い砂浜は続いていて、視界を遮るものは何もない。
潮風特有の匂いすら心地いい感じだ。
「写真撮影のシチュエーションとしては、やっぱりここが第一候補になりそうな感じか?」
「そうだね。何だったら、六日目が撮影に適していない環境になってしまった場合に備えて、今から撮影しても良いかも。どうする? ナル君」
「うーん……」
俺は一度周囲を見る。
周囲の生徒、教職員の数は少なく、見知っている顔は麻留田さんくらい。
どうやら、砂浜は特に見るものが無いと言う事で、桂寮長の案内は早々に過ぎ去ったか、後回しにされたようだ。
だから、今なら写真撮影をしても迷惑が掛からないと同時に、止められる事も心配しなくていいだろう。
「よし、撮るか。マスカレイド発動! 魅せろ、ナルキッソス!」
「うん、そうこなくちゃ!」
「でハ、マリーも準備しますね」
「イチも準備します」
と言うわけで、俺はマスカレイドを発動。
白ビキニの水着を着用した状態の仮面体に変身する。
同時に、スズ、マリー、イチの三人も水場で活動するのにちょうどいいように準備を整える。
「なるほど。結構遠くまで浅いんだな」
「イチが調べた限りでは、若良瀬島の南側は数百メートルに渡って、水深が膝下程度のようです。遠浅の海と言うものですね」
「逆に言えば、その先は急に深くなるみたいだから、遠くへ行き過ぎないように気を付けてね。ナルちゃん」
「そうでなくとも水場は危険ですからネ。全員、細心の注意を払って活動しましょう」
俺は海の中へと足を踏み入れる。
海水の冷たさを感じるが、夏と日差しのおかげもあって気持ちがいいものだ。
イチが調べた限りでは、この状態の砂浜が波打ち際から数百メートル、沖側に向かって続くとの事なので、明日からの決闘で此処を舞台にする事も出来るのかもしれない。
ただ、水深が膝下……どころか足首程度までであっても、水の抵抗と言うのは思いのほか大きく、この環境で走り回ろうとすれば、それだけで負荷は普段の数倍に及ぶだろう。
また、顔が水面に着いた状態で抑え込まれれば、それだけで致命的な事態になるのが水場と言う環境でもある。
他にも電気が流れやすかったり、火が付かなかったり、海面より下に身を潜ませて姿をくらませたり、僅かとは言え傾きがあったり……普段の決闘とは違う面も多いから、考える事もまた多そうだ。
「それじゃあナル君撮るよ」
「ああ、頼む」
それはそれとして、今は写真撮影。
俺はスズが構えるカメラの前で様々なポーズを取り、スズは次々にシャッターを切っていく。
イチはそんな俺たちに近づく人が居ないかを念のために警戒していて、マリーはレフ板だったかな? 光を反射する板を持って、写りの調整をしてくれている。
「これでこの水着はいいかな? じゃあ、服を変えて……」
「あ、待ってナルちゃん。『ドレスパワー』の検証もしておこう。イチ、録画の準備を」
「整ってます。マリー、解析機器の方は?」
「簡易的なものですが、準備完了してます」
「あー……そうだな。明日ぶっつけ本番で使うより、此処で検証しておいた方がいいか。水着の『ドレスパワー』は水場限定じゃないかって話が出ていたしな」
で、次の水着に『ドレッサールーム』で変更する前に、スキル『ドレスパワー』の検証を行う。
スズは変わらずカメラだが、イチは別の角度からスマホで撮影を開始し、マリーも何かの測定機器を俺へと向けている。
注意事項としては、『ドレスパワー』発動時は海に向かって発動する事、身振り手振り、何なら口を開くのも海に向かってまずは行う事。
これはどんなバフが発動して、予期せぬ効果が発揮されたにしても、誰も居ない何もない海に向かって行うのなら、それだけで陸に向かって行うよりも安全に済む可能性が高いからだ。
また、当然ながらスズたちもマスカレイドを発動しておき、何かがあってもそれが単発なら安全に済むようにしておく。
本当なら結界を張っておけるのがいいのだろうが……若良瀬島で展開できる結界は決闘用であって撮影用のではないからな。
上手くやるしかない。
「では……スキル『ドレスパワー』発動」
俺はスキル『ドレスパワー』を発動する。
すると、水着が魔力を帯びて仄かに輝く。
と同時に、前回のスタジオでの使用時と違って、脚の水に触れている辺りから青白い光が僅かにだが発せられている。
「ふむ? ふむふむ……あー、そう言う事か?」
光には触れない。
手を海に着けてみれば、海に接触している間だけ、接触している部分から、脚と同じように青白い光が発せられる。
片足立ちになって脚を海から引き上げてみれば、海に触れなくなったタイミングから、光が消えていく。
此処まで確認した上で、数歩前に進んでみて……理解した。
「ナル君。何か分かった?」
「たぶんだが、水中耐性? 水中適性? そんな感じのバフが発生しているんだと思う。きちんと集中してみないと分からない程度だけれど、この感じなら陸上と変わらないように動き回れると思う」
「それハ……強いですネ。マリーなんテ、こうして立っているだけでもドレスが水を吸って動きづらくなっているのニ」
「あ、でも、腰まで海に入ると、バフが機能停止しているな。なんでだ? そして、出るとまた効果が発揮される」
「水の抵抗は浮いたり泳いだりするためにも必要なので、腰まで浸かったら、それらの邪魔をしないためにも一時停止する。と言うところでしょうか?」
どうやら水着の『ドレスパワー』には水辺で活動しやすくするためのバフがあったようだ。
もしかしなくても、スタジオで確認した際に水着に共通して存在していたバフとやらは、コイツの事なのだろう。
有用か否かを問えば、超有用。
水場で常時かつ必ず被るはずのデバフを相手にだけ押し付けられると考えれば、弱いはずがない。
後、よくよく感じてみれば、水の冷たさとかも感じなくなっているから、そう言うバフも含んでいるようだ。
今この場の水はちょうどいい温度なので、この温度変化への耐性がどの程度の物なのかは分からないが。
「水場限定とは言え、これだけのバフが『ドレスパワー』一つで得られるのか……」
「しかもナルの白ビキニっテ、正体不明のバフがもう一種類ありましたよネ」
「ところで消耗はどうなのですか、ナルさん」
「問題なし。普段と全く変わらない。つまり、『ドレスパワー』だけなら幾らでも使ってられる」
これは冗談抜きに、明日からの決闘、俺は浜辺に陣取っていればいいのでは?
どんなルールかは知らないけども。
「ナル君。残りの水着も試しちゃおうか。ちょっと思っていた以上に利益が大きそうだし」
「そうだな。先に調べておこう。ちょっと色々と変わってきそうだ」
「ですネ。これほどの物ならバ、調べるべきでス」
「はい。その方がイチたちにとっても良さそうです」
その後、俺たちは残る二着の水着についても調べた。
その結果、スキルの開発者である燃詩先輩にデータを渡したら、頭を抱えられそうなデータも出てしまったのだが……まあ、俺たちは調べただけなので、頑張ってくださいとしか返せないな、うん。
スキル『ドレスパワー』による水場適性バフですが、実は水着の種類によって細かい仕様が異なっていたりします。
白ビキニでは腰より下が水に浸かっている状態までなら、水の抵抗や温度の影響を受けづらくする効果。(つまり、水場で遊びやすくなる)
競泳水着ではモーションに応じて、体の各部にかかる水の抵抗が変化する効果。(つまり、素早く泳ぎやすくなる)
パレオ+ビキニでは基本的には白ビキニと変わりませんが、パレオが水を吸っても動きを阻害しない効果。(もう一つのバフについてはまた後日です)
この結果に燃詩は当然ながら頭を抱える事になっています。(スタジオの時に用意した観測機器では同一効果のバフにしか見えてなかった)




