186:夏季合宿二日目・観光に当たっての注意
「今日も天気がいいな」
「そうだね、ナル君」
「絶好の観光日和と言う奴ですネ」
「これならば、良い撮影場所も見つかると思います」
夏季合宿二日目。
本日は明日以降に行われる決闘訓練に備えた下見……と言う名の観光をする日である。
と言うわけで、朝食を食べ終えた俺たちは準備を整えた上で、ホープライト号の外に出た。
船の外、港と島の境界線となる場所には、既に沢山の生徒が集まっていて、今日の活動が開始されるその時を今か今かと待っている状態。
なので俺たちもそんな生徒たちの後ろに立って、その時を待つことにする。
「それでは、これより若良瀬島に入るに当たっての注意事項を改めて説明する。全員しっかりと聞いておくように。最悪、反省室では済まんぞ」
と、ここで麻留田さんの声が響く。
どうやら風紀委員会委員長として、これから先の為の注意をしてくれるらしい。
島の側に少し入ったところで、組まれた足場の上に立っている姿が見える。
注意事項は『マスッター』で確認しているが……念のためにきちんと聞いておこう。
「まず初めに、若良瀬島の中ではマスカレイドの使用が全面的に許可されている。これは何時何処で使うのも個人の自由と言う事だ」
「ふむふむ」
「だが自由と言うのは、好き勝手していいと言う意味ではない! マスカレイドの使用が許可されているのは、島の中を巡るに当たって、何かしらの危険があるかもしれず、そうなった時に身の安全を確保するためのものだ」
「危険なぁ……」
まあ、若良瀬島は基本的には人の手が入っていない自然なので、危険の有無だけで言えば、何かはあってもおかしくないのだろう。
「故に、マスカレイドの使用に当たっては細心の注意を払い、万が一の事故も起こさないように気を付ける事。もしも何か問題を起こしたのなら、良くて反省室送り、悪ければその時点で拘束されて、学園に送り返される事もあり得る。もちろん、それだけの事態になっていたなら、風紀委員長として私も出て来るし、その時は容赦することも無いだろう」
授業でもやった『ユニークスキル『強化』事件』の事を思えば、確かにマスカレイドの使用に当たっては細心の注意が必要なのは間違いないな。
ちょっと地面が陥没する程度なら、ごめんなさいと埋め直しで済むかもしれないが、人を傷つければ、そんな程度で済ませるわけにはいかないのだから。
「それでは、これより入島を許可する。桂寮長が島を安全かつ効率的に一通り見るルートを取るので、特に観光プランが無いものは桂寮長に付いていくといい。また、島内各所には風紀委員会または生徒会のメンバーが立っているので、道に迷った際にはまずは落ち着いて周囲を見渡し、他の人間を探すように。その他の注意事項は『マスッター』を確認し……」
観光……下見が始まった。
麻留田さんが言っているように、桂寮長が先導をするようで、旗を持って歩いている。
見た感じでは……三分の一ぐらいの生徒は、桂寮長に付いていくようだ。
で、残りの生徒の内、半分はまずこの場で友人たちとスマホを確認していて、暫く動く気はない様子。
そして、残りの生徒……つまり俺たちは、自分の目的のために移動を始める。
「じゃあまずは砂浜からだな」
「うんそうだね」
「念のためにデバイスは付けておきましょウ」
「そうですね。水場は危険なので、備えはしておくべきでしょう」
と言うわけで、港部分から島部分へと移動。
靴越しに伝わってくる地面の感じも、コンクリートから細かい砂のそれに変化する。
「……」
「イチ? どうかしたのか?」
では早速、砂浜に近寄ってみようと思ったのだが……港部分から一歩目を踏み出したイチが何か困惑した様子を見せている。
いったいどうしたと言うのだろうか?
スズとマリーも、そんなイチの様子に気が付いたのか、足を止めてイチの方を見ている。
「いえ、資料で知っていたのですが、実物は思った以上に不思議なのだなと思っただけです」
「砂浜が初めてって意味じゃないよな?」
「そう言う意味ではないです。なんと言えばいいのか……そうですね。若良瀬島はやはり魔法の島なのだなと言うのが、一番近いとは思います」
「なるほど?」
どうやらイチだけが感じる何かがあったらしい。
昨日聞いた通り、若良瀬島は五十年ほど前に突如出現した島であり、その出現に魔力が関わっている事は疑いの余地がない島である。
となれば、その時の魔力が今も島に残っていてもおかしくはない……のかもしれない。
では何故、イチだけがそれを感じたかを考えると……。
「『同化』の関係か?」
「ある意味ではそうですね。イチはユニークスキルの関係で普通の人よりも魔力に対しては敏感であると言う自負はありますので」
イチのユニークのスキル『同化』が一番疑わしい。
ユニークスキル『同化』は、自身の魔力を変質させ、周囲あるいは相手の魔力に同化させることによって、守りや警戒をすり抜ける事が出来るユニークスキルだと聞いている。
実際には他にも色々と出来るのだろうけど……操作技術の習得方法含めて、イチの実家である天石家も含む、諜報員の一族の秘伝技術だと聞いているので、表の人間である俺たちに明かされないのは仕方が無いことである。
そして今重要なのは『同化』の効果そのものではなく、『同化』と言う技術を使いこなすに当たって、高い魔力感知と識別能力が使い手に求められている点であり、それによってイチが若良瀬島に対して何かを感じたと言う点だ。
「感覚的なものになりますが、若良瀬島の地面などが含んでいる魔力は、本州の地面などが含んでいる魔力とは何かが違うようです。それが質なのか、濃さなのか、量なのか、と言った部分まではイチには分かりませんが」
「なるほどなぁ……」
「ふーん……」
「ふむふむでス」
とりあえず、イチに分かる範囲で話をするなら、やっぱり若良瀬島は魔法の島、と言う話になってしまうようだ。
と、これは確認しておかないとな。
「イチ。その違いはイチの不調を招くようなものか?」
「いいえ。イチの方で調整をすれば問題はありません。明日の決闘練習までには、普段通りに『同化』を使えるようになると思います」
「そうか。何かあったら遠慮なく言ってくれ」
「はい。その時は必ず」
どうやらイチの体調に影響を与えるようなものでは無いらしい。
なら良かった。
「さて、それじゃあ浜辺に行ってみようか」
「うん!」
「行きましょウ!」
「はい……!」
そうして俺たちは四人一緒に浜辺へと向かった。
ユニークスキル『同化』
解析はされているし、理論化もされているけど、スキルとしての再現はされていないユニークスキル。
定義上、ユニークスキルとなっているが、生来備わるものでは無く、才能のあるものが学んで覚える技術。
よって理論上は誰でも使えるらしい。




