185:夏季合宿一日目・これからの予定確認
「ナルくーん!」
「夕食振りだな。スズ、マリー、イチ」
「ですネ。その夕食中も遠かったのデ、スズが寂しそうにしてましタ」
「うん、知ってる」
「ですよね。ナルさんならそうだと思いました」
夕食後の自由時間。
俺たちは船内に存在している運動ジムへとやって来ていた。
で、俺とイチは動きやすい格好に着替えて、普通なら体操や何たら運動をやるような、機器が置かれていないスペースに移動。
スズとマリーはそのスペースの壁際に腰掛ける。
「ではナルさん。普段とは環境も違いますので、軽めに行きましょう」
「ああ分かった。ほぼ揺れてないけれど、全く揺れないわけでもないしな」
イチと俺は軽く準備運動をすると、体術訓練として組手を始める。
踏み込み、腕を振る音、当てる音、息を吸って吐く音、そう言った様々な音が運動ジムの中へと響いていき、ランニングマシーンなどの機器を利用している何人かの生徒の視線がこちらへと向けられる。
「うーん、明日以降は別の場所でやる事を考えた方がいいか?」
「そうかもしれません。けれど、状況的にこうして動き回れるほどの個室を得るのは難しいでしょうから……どうしたものでしょうか?」
勿論、運動ジムの管理者さんから許可は得ている。
しかし、なんだなんだと騒ぐかどうかは、生徒それぞれの自由であるし、俺たちだって他の人たちの邪魔をしたいわけではないのだから、明日以降どうするかは考えてみてもいいだろう。
が、だからと言ってどうすればいいかは……思いつかないんだよな、うん。
なので俺もイチも少しだけ組手を止めて、スズとマリーに視線を向けてみる。
するとそれだけで、二人は察してくれたのだろう。
口を開く。
「プールの周りにも運動用のフリースペースはあったと思うから、そこを使えばいいんじゃないかな?」
「無視するのも有りだと思いますヨ。この場の人たちだっテ、もう慣れて自分のトレーニングに戻ってますシ」
「なるほど……」
「ふむ……」
どうやら他にもちょうどいい場所はあるらしい。
じゃあ、そう言うところを利用させてもらえばいいか。
と言うわけで、納得したところで俺とイチは組手を再開する。
「さて、それじゃあ夏季合宿中の私たちサークル『ナルキッソスクラブ』の行動をどうするかを考えようか。あ、二人は基本的に組手をしたまま聞いてくれれば、それで大丈夫だよ」
「考えると言いつツ、実質的には確認作業ですからネ。これハ」
俺はスズとマリーの言葉に耳を少しだけ傾けつつ、意識の大半はイチとの組手に回す。
でないとシンプルに危ないので。
「先ずは明日の観光。ここで決闘の為の下見だけじゃなくて、写真撮影のための下見もする事になるね」
「狙いどころとしてハ、やはり砂浜でしょうカ。あの真っ白な砂浜は早々ないですヨ」
「第一候補はそうだろうね。でも他にもナルちゃんの写真を撮るのにちょうどいい場所があるかもしれないから、きちんと見て回った方がいいだろうね」
「タイミングや時間の空き次第でハ……明日の内に撮っておくのも有りですかネ?」
「有りだと思う。六日目に時間があるのが確定しているわけではないし、試しに撮ってみるのも大事だしで、撮らない理由の方がむしろ無いかな」
「でハ、カメラの準備もしておきましょウ」
サークル『ナルキッソスクラブ』はとりあえずの目標として、文化祭で俺の写真集を出す事を掲げている。
写真集の内容としては一般的な写真集のものと、スキル『ドレスパワー』の解説を付けたものを作る予定だ。
で、実際に写真を撮るとなった時に、若良瀬島と言う、写真を撮るのに格好のシチュエーションを有する環境に行けたのが今回。
このチャンスを生かさない手は無いだろう。
だから、決闘訓練を積むだけでなく、写真撮影のために動くことは当然とも言える。
ちなみに、俺たちサークル『ナルキッソスクラブ』と同じように、若良瀬島……と言うより、合宿先だからこその物を利用したサークル活動を行おうとしているサークルは少なからず居るらしい。
夕食中にそう言う話が少しだけ聞こえて来たし、諏訪もサークル活動で使うらしい植物サンプルを持ち帰りたいと言った話をしていたからだ。
「三日目から五日目は……ナル君はまだ決闘訓練の詳細な話については聞いていないんだよね?」
「っと。ああ、敢えて聞いてないぞ。明日の夕食の時に説明されるって聞いているから、そこで聞いてから考える」
「分かった。じゃあ、ここでは……基本的に単独行動、とだけ言っておこうか」
「そうですネ。そうしておきましょうカ」
「分かりました。イチもそれでいいです」
三日目から五日目については、俺の都合で敢えて話さないでもらう。
いやだって、折角の機会だし。
何も知らない状態から特別なルールに素早く対応する経験とか、積んでおいて損はなさそうだったし。
スズたちなら、後で俺が居ない場所で改めて話し合って確認するとか、してくれるだろう。
「六日目。写真撮影だね。ふふふ……ナル君のあんな写真やこんな写真を……」
「スズ。麻留田さんに見られたら反省室送りになりそうな顔をしていますヨ」
「えっ!? そんなに!?」
「そんなにでしタ。ト、スズの顔を抜きにしても風紀委員会への届け出は出しておかないとですネ。でないト、最悪の場合は撮影会を強制終了させられたりするかもしれませン」
「……。そんなに……?」
六日目は写真撮影本番。
二日目に下見をして、ちょうどいいと判断した場所で撮影をする事になるだろう。
スズの顔については……俺の位置からではちょうど見えなかったので、何も言えない。
「コホン。えーと、七日目。安全に細心の注意を払って帰りましょう。以上」
「当然の話ですネ」
七日目は言わずもがな。
まあ、当然だな。
「ナルさん。気を抜き過ぎです」
「うおっ!?」
と、此処で突然に俺は体勢を崩されて、押し倒され、拘束される。
痛くはないのだけれど、全く動けない。
どうやらスズたちの話に気を向け過ぎていたようだ。
「悪い、イチ……」
「話が気になるのは分かりますので、これ以上は言いません。では、改めて」
「ああ、分かった」
その後、俺とイチはスズとマリーの二人に見守られながら、三十分近く組手を続けた。
そして、明日に備えるために、今日の活動は終える事にしたのだった。




