184:夏季合宿一日目・ホープライト号
「荷物は預けたな。じゃあ、案内行くぞ!」
「「「はい!」」」
ホープライト号に乗り込んだ俺たちは、入ってすぐの所にあるエントランスで手荷物を預けると、バイク先輩の先導の下、船内探索を開始する。
高速船の中で説明されたとおり、ホープライト号の中には色々なものがあるわけだが……まずはこれから七日間、行くのが必須になる設備と言う事で、食堂やランドリーに案内された。
そして、それらの間にあった映画館や売店、運動ジムと言った場所……ぶっちゃければ船内ショッピングモールとでも言うべき言うべき施設についても、案内された。
正直な意見を言いたい。
「やっぱりホープライト号の中だけでも、七日間過ごすのなら十分過ぎるほどに施設があるのでは?」
「翠川もそう思います? 俺も同感です」
俺の意見に諏訪だけでなく、他の一年、先輩たち、ついでにバイク先輩も頷いている。
「ただ、目玉はこの先からだけどな」
「と言うと?」
「船内の目玉その一、船内決闘場だそうだ」
俺たちがやってきたのは、船内に設けられた決闘の舞台。
きちんと整備されていて、何時でも使える状態になっているようだ。
船の上なので多少揺れるかもしれないが……ほぼ、陸上の舞台と同じように戦える事だろう。
ただ、船内と言う事で観客の為のスペースを設ける余裕までは無かったのか、観戦はカメラ越しになるようだ。
「夏季合宿の目的から考えて、日没後も決闘をしたくて仕方がない人向け、ですか?」
「俺が貰った案内にはそう書いてあるな。ちなみにこの施設、多層偏性結界? とやらを採用しているとかで、万が一決闘中に結界が破られても、船体へのダメージが可能な限り少なくなるようになっているらしい」
「へー」
後、船の上らしく、結界が破れるほどに暴れても大丈夫な何かもあるらしい。
俺が知る限りでは決闘の舞台を囲う結界が破れた事なんて一度もないけど、念のためにって事なのだろう。
「次行くぞ」
では移動。
次にやってきたのは、巨大なものも含めて、幾つもモニターがあるカフェ……いや、バーのようなところだった。
俺たちが学生で未成年である事を考慮してか、お酒の類は一切置かれていないようだが、カウンターの雰囲気が立っている担当者さんの雰囲気も相まって、完全にバーのそれだった。
「このカフェでは島内各地に設置されているカメラの映像や、ホープライト号から飛ばすドローンの映像を見る事が出来るそうだ」
「つまり、三日目から五日目の決闘で面白そうなものがあれば、こちらに映し出される。と言う事ですか?」
「らしいな。ちなみに、このカフェは当然有料なわけだが、お茶とジュースは滅茶苦茶安くしてくれるらしい」
「あ、本当だ。安い」
なるほど。
三日目から五日目の決闘訓練の期間で何をやるのかの詳細を俺はまだ知らないのだけど、島の中ではなく船の中に留まるのであれば、ここで決闘の様子を見る事が出来るのか。
一日中、決闘をしているとなったら流石に疲れるだろうし、休憩の時間中にこっちへ来て、体を休めつつ観戦なんてのも良さそうだ。
ちなみにお茶とジュースはマジで安い。
これならファミレスのドリンクバーと変わらないな。
「次。プールだな」
「船上プールなんて初めて見た」
「映画かドラマか……それくらいだよな」
では案内再開。
次はデッキ上に設けられたプールだ。
先輩たちが何か呟いているが、俺も同様の気持ちである。
「……」
「諏訪?」
「いえ、とてもどうでもいいことなんですけど、この手のプールで昔から思っていたことが一つあるんですよね。船の外にまでボールの類が飛んで行ってしまったらどうするのかな? って」
「「「あー……」」」
このプールでは水着だけでなく、各種遊具を借りる事が出来るようになっている。
その中には諏訪の懸念対象となりそうなビニール製の軽いボールとかもあるわけだが……停泊中の今ならともかく、航行中に船の外に飛んで行ってしまったらどうなるんだろうな?
どうにかして回収するのか、海洋プラスチックとして漂ってしまうのか……。
「他の船がどうかは知らんが、ホープライト号に限ってはその辺は大丈夫らしいぞ」
「と言いますと?」
「船の外に人や物が落ちないように船の縁からドーム状に、強度は最低レベルだが極端に視認しづらい結界が展開されているらしい。だから、その心配自体が杞憂だそうだ」
「流石は大型客船」
「結界ってそう言う使い方もあるんだな」
「と言うか、ドーム状に結界があるって事は、雨天でも使えるのか、このプール」
とりあえずホープライト号については大丈夫らしい。
しかし、決闘の舞台以外で結界を使われている事例は初めて聞いた気がするな。
考えてみれば、色々と応用が効きそうな技術であるのに、これまで見た覚えがないのは……俺が知らないだけか、何か技術的に厄介な点があるんだろうな、たぶん。
と、そんなことに感心しつつ次へ。
そろそろ最後の方だな。
「次はマスカレイド用のデバイスの緊急メンテナンス設備だな」
「はい、どーも。学生さん方。ここでは重要なお知らせがあるんで聞いていってくださいね」
やってきたのは、とても広くて複雑で様々な作業設備が奥に見えるカウンター。
そこには作業着を着た笑顔の男性が立っていた。
「まず自己紹介を。私はハモと言いまして、此処のスタッフの一人です」
ハモと名乗った男性はそう言うと、帽子を取って、軽く頭を下げる。
「ここでは夏季合宿中に壊れてしまったマスカレイド用デバイスの緊急修理、メンテナンス、場合によっては貸出を行ってます。見ての通り、材料も設備もたっぷりで、人員も私以外は当たりばっかりな、とてもハイスペックな修理場所となっております」
「ふむふむ」
「で す が、それだけのスペックを出すために色々な企業から緊急で人が集められてます。なので、大抵のデバイスは直せますが、専用デバイスの類を出すとちょっと拙いことになるかもしれません」
「と言うと?」
「情報流出、技術流出、他にも色々です。ですので、そちらの翠川さんの『シルクラウド・クラウン』のような、開発途中の試作品デバイスなんかは間違っても預けないでください。決闘や金で済めばいいですが、それでは済まないことになるかもしれないんで」
「あ、はい」
つまり、俺がここで出せるのは緊急時用と言う事で一応持っている学園配布デバイスの方だけか。
しかし……。
「いいんです? そんな、トラブルになるとはっきり言ってしまって」
「はっはっは。誰も彼もが皆さんのように行儀正しい訳じゃないし、目の前に肉を置かれて『待て』が出来るわけじゃないって事なんですよ。才能に恵まれた優秀な学生さんたちには分からんかもしれませんけどね」
俺の言葉にハモさんは笑って返す。
けどなんでだろうな?
険を感じるどころじゃなくて、敵意のようなものを感じる。
うーん、とりあえず俺は利用しないでおいた方がいい気がしてきたな。
「では俺たちはこれで」
「ええそれでは。学生さんたちは出来るだけ私たちの事を暇にしてくださいねー。物を大切に扱って損はありませんよ」
それはそう。
俺はそんな事を思いつつ、バイク先輩の後についていき、メンテナンス場を後にする。
その後、俺たちは自室に案内されると共に、女子生徒用の階への立ち入りが基本的に禁止である事、更に上に合宿の視察に来ているらしいお偉いさんたちが居るので気を付ける事、他にも操舵室や機関室などの立ち入り禁止エリアが沢山ある事、いざと言う時の避難経路についての説明を受けて、船内の案内は終了となったのだった。
で、普段の寮の食事と変わらない感じの夕食を食べた後、自由時間となった。




