183:夏季合宿一日目・若良瀬島
白い砂浜とそこへ降り注いで反射する真夏の日差し。
青い海に寄せては返す波の音と独特な磯の香りを伴った潮風。
南国情緒あふれる植物たちの色鮮やかな見た目と芳しい香り。
若良瀬島は正に南の島の楽園を体現している島だった。
「暑いが……学園より涼しいな?」
「そうですネ。気温は32度。暑くはありますガ、本土よりは涼しいでス」
「周囲が海に囲まれている島だからこそ、でしょうか」
「……」
そんな若良瀬島に俺たちは今降り立った。
島の規模にそぐわない程に立派に整えられた港には、俺たちが乗って来た高速船が二隻と大型客船『ホープライト号』の合わせて三隻の船が停泊している。
今は高速船から順番に生徒が降りて、ホープライト号に移動するための準備として教員と上級生の人たちが色々と確認している状態。
なので、特にやる事が無い俺たちは港と島の境目に立って、そこから見える範囲で島の情緒を楽しんでいるのであった。
なるほど、明日はこの明らかに人跡未踏な島を歩いて巡り、明後日の決闘訓練に備えるわけか。
……。
え、こんな自然あふれる島の中で決闘をして、火や電気、弾丸などをばら撒いて大丈夫なんです?
それもただの物理現象のそれらではなく、魔力が込められていて、魔力が無いものに対する破壊力が増しているそれらを?
いやまあ、何かしらの対策がされていて、大丈夫だからこそ、夏季合宿の場として提供されているのだろうけど。
と、それだけじゃないな。
「スズ? 何か言いたそうだけど」
「あーうん、ある種のネタバレになるかなと思って、言うかどうかを悩んでいるところなんだけど……言っちゃおうか」
「ネタバレですカ?」
「ああ、あの話ですね」
ネタバレ?
この島について何かあるのだろうか?
「若良瀬島ってね。五十年ぐらい前に前兆無く突然出来た島なんだよね。火山活動も地殻変動も海の動きもなく、本当に突然現れたの。たった一晩で、ひょっこりとね」
「「……」」
スズの言葉に俺とマリーは思わずと言った様子で自分たちの足元を見てしまう。
ついでに近くに居た他の生徒たちも、スズの言葉が聞こえたらしい一部は同様の行動を取っている。
「イチは資料でしか知りませんが、当時は大変な騒ぎになったと聞いています。位置的に我が国の領土にする事は何の問題もありませんでしたが、異常事態なのは確実でしたので」
「結局は女神様に調査を頼んで、何かしらの魔力の影響で出現したんだろう、って言う結論になったんだっけ?」
「はい。資料にはそうありました。ただ、女神様がそう仰っただけで、人類の技術では未だに出現のメカニズムを解き明かすことは出来ていなかったはずです」
「不思議な話だよね。突然消え去ることは無いから大丈夫だって話だけれども、魔力の影響で島が突然出現するのなら、他にも何かとんでもない物が突然出現するんじゃないかってのは自然な発想だし」
島が突然出来る。
それは……うん、俺の学力でも異常である事は分かる。
いやだって、最近出来たと言うか、元からあった島を拡大する形になった島として西之島と言うのがあったと思うけれど、アレは何年も何回も火山が噴火する事によって出来た島だったはず。
俺は学者じゃないから分からないけど、前兆とか、予兆とか、そう言うのもたっぷりとあったはずで、学者さんの間では予測も出来ていたはず。
それに対して若良瀬島はたった一夜で現れた?
予兆も前兆も無く?
本土から高速船で五時間しかかからずにやってこれる距離にあるので、これまで発見されてこなかっただけと言う言い訳も通じないだろう。
どう考えても異常極まりない。
「つまり若良瀬島は魔法の島?」
「そう言う事になるね。あの辺の植物たちも島が出来上がった時からあったらしいよ。後、気候なんかも異常に落ち着いているそうだし、不思議な事が色々とあるみたい」
「ファ、ファンタジーですネ」
「はい、現代に現れたファンタジーの一つです。ただ、都合が良いことは間違いないため、入念な調査を行い、整備を済ませ、今では決闘の為に用いる関係者以外立ち入り禁止の島になりました」
「なるほど……」
なるほどこれはファンタジー。
こんな島が現実に存在するんだな……。
いやまあ、マスカレイド技術や魔力の存在だって、女神降臨前……第二次世界大戦の頃の常識から見ればファンタジー以外の何物でもないのかもしれないけれど。
「おい、そこでボケっとしている連中! そろそろ戻ってこい! 此処からはまた細かい班に分かれての行動になるぞ!」
「あ、はい! 分かりました!」
名前を知らない先輩の呼びかけで俺たちは行動を再開。
ホープライト号に乗り込むためのタラップ前に人が集まっているので、そちらへと向かう。
「えーと……此処からは男女に分かれての行動になるみたいだな」
「そうみたいだね」
「案内する先の都合って奴ですネ」
「ではナルさん。また後で」
「ああ、また後でな」
で、『マスッター』で確認したところ。
船内案内は細かい班に分かれて行うのだが、その分け方の最初に男女での分岐があるようなので、俺はスズたちと別れて一人で指示された集合場所へと向かう。
えーと、顔見知りは……。
「あ、諏訪さん」
「こんにちは、翠川さん」
諏訪さんが居た。
うん、助かった。
実を言えば、戌亥寮で俺と顔見知り以上かつ同性の相手と言うと、諏訪さん、熊白先輩、桂寮長くらいしか思い当たる相手が居ないのが俺なので。
魔力量甲判定者、決闘での活躍、日常のアレコレで俺の事を一方的に知っている人は相応に居るのだろうけど、そう言う人よりはミーティングで顔を合わせたり、体育祭の準備で一応交流があった相手の方が付き合いは楽だ。
「一緒の班のようなので、よろしくお願いします」
「ああ、よろしく頼む。あー、折角の機会だから、呼び捨てでもいいか?」
「そうですね。では俺も。よろしく頼みます、翠川」
「よろしく頼む。諏訪」
俺は諏訪と軽く握手する。
此処で俺は他のメンバーにも目をやる。
他のメンバーは……一年、二年、三年の男子がバランスよく居て、合わせて十人くらいか。
ただ、初対面な上に一緒に案内されるだけなので、軽く挨拶だけ交わす程度だ。
「ようし、それじゃあなんでか二年の俺が先導役らしいから、付いてこいお前ら!」
「頼むぞ梅駆」
「船内はバイク禁止だからな、梅駆」
「あ、バイク先輩だ」
「バイク? ああ、グロリアスライダー……」
なお、案内役は体育祭の徒競走10000m二年生の部でぶっちぎりの勝利を決めたグロリアスライダー……通称バイク先輩だそうだ。
三年の先輩たちが揃って大人しそうな感じなので、そうなったのだろう、たぶん。
そして俺たちはタラップを登り、揃ってホープライト号に乗り込んだ。
バイク先輩
本名は梅駆 端行
仮面体の名前はグロリアスライダー
マスカレイド発動と同時にバイクを召喚する先輩です。




