182:夏季合宿一日目・出発
『これより国立決闘学園2024年度戌亥寮夏季合宿を開始する。各自『マスッター』の自身のページを確認し、それに記されている通りに行動をするように』
2024年8月1日木曜日は午前8時。
寮での朝食も終えて、着替えも終えたところで、スピーカーから響く桂寮長の言葉と共に俺たちの夏季合宿は始まった。
「それでは今から移動を始める。まずは指定されたバスに乗るように」
「ナル君。何号車? 私たちは一号車なんだけど」
「俺も一号車になっているな」
「でハ、一緒ですネ」
「細かい席順は決まっていないので、近くに座りましょうか」
夏季合宿の細かい日程はまだ発表されていない。
とは言え、俺のように敢えて調べていない生徒以外は、だいたいの日程を把握しているのだろう。
不安感のようなものは漂っていない。
ちなみに、戌亥寮からの夏季合宿への参加者は、生徒については何かしらの事情で休むことになった者を除いて全員で、そこに教員やサポートの人員も合わせて、合計三百人近くになる。
大所帯なんてものではないので、現地までの移動手段の第一弾であるバスも合計で十台。
他の寮の移動も同様の規模なのだから、流石は決闘学園と言う他ない。
「此処からは高速船に乗り換える。もたもたするな、夕食までに目的地に着けなくなるぞ」
で、スズたちと軽く話をしつつ、バスで揺られる事一時間ほどで、学園最寄りの港に到着。
そこで俺たちは順次高速船に乗り換える。
高速船と言うのは通常の船よりも速度が出る代わりに経費が掛かる船だそうだが……此処でも流石は決闘学園と言うべきか、こちらもまた二隻の高速船が用意されていた。
金のかかり方が凄まじい。
「さて、此処から五時間ほどは高速船での旅になる。と言うわけで、この間に今回の夏季合宿についての説明をする。ああ、説明終了後に『マスッター』にも掲示されるから、船酔いしているものや、眠い奴は寝てても構わない。説明を聞かずに別の事をしているのも構わない。ただうるさくはするな。邪魔だからな」
高速船が海の上を走っていく。
その中で桂寮長はモニターを出して、そこに映像も出す。
うん、俺はちゃんと聞いておこう。
敢えて情報収集はしなかったのは、このタイミングで知ってから動く場合の学びを得るためなのだし。
周りの生徒たちは……人それぞれだな。
スズ、イチ、マリーの三人は俺と一緒に聞くつもりだけど、そうでない生徒も多い。
「まず初めに。今回行われる夏季合宿の目的は、学園内の国内最高峰レベルで整備された環境に慣らされているお前たちに、そうではない環境での決闘を経験させることがメインになっている。他にも色々とあるが……メインはそこだ」
学園内の決闘環境と言うと……塵一つないレベルで掃き清められ、歪み一つどころか僅かな傾きもないぐらいに整えられ、普通の決闘者が全力で踏み込むどころか攻撃を叩き込んでも無事な舞台の事か。
ああうん、言われてみれば、確かに凄く整えられた舞台だな。
そして、これから向かう南の島では、そうではない舞台での決闘が行われる、と。
で、メインではない目的は、前に甲判定限定ミーティングで話に出てた、それぞれの合宿地ごとのメリットデメリットの話になるんだろう。
たぶんだけど。
「今年、俺たち戌亥寮が向かうのは若良瀬島と言う。この島は大規模な決闘や、今回のような合宿の為に整備されている島で、住民はシステムと環境を維持するための人員が数人居る程度。十分な港は存在しているが、他は店一つない国有の島だ」
モニターに若良瀬島と思しき島が、横から映されたものと、上空から映されたものの二枚で映される。
見た感じでは……立派な港と、それに付随するように建てられた建物以外には、一切の人工物が無いように見える島だな。
白い砂浜や森と言った、自然ばかりだ。
島のサイズもそこまでじゃないので、たぶんその気になれば島一周とかも出来るだろう。
「当然だが、そんな島に三百人以上の人間が寝泊まりできる施設なんてものは無い。なので、我々の宿泊は事前に若良瀬島まで来てくれている大型客船『ホープライト号』に宿泊する事になる」
モニターの映像が切り替わって、俺たちが今乗っている高速船よりも明らかに大きい船になる。
見た目は……特に変わったところは無いな。
船体に薄緑色の線が二本引かれている点ぐらいだろうか?
これが俺たちの宿泊する『ホープライト号』とやららしい。
「では細かい日程について話す。日程は全部合わせて六泊七日になる。初日の今日はこのまま移動を続け、若良瀬島に到着した後は直ぐにホープライト号へと移動。簡単な船内説明の後に夕食。その後はそれぞれの部屋に移動し、消灯時間までは自由時間となる」
俺は桂寮長の言葉に相槌を打つ。
ちなみにモニターではホープライト号の内部設備についての紹介がされているのだが、そこでは豪華な料理、デッキ上に作られたプール、売店、映画館、デバイスのメンテナンス設備、運動ジム、ランドリーなどを映したものが次々に流されては消えて行っている。
うん、駄目なんだろうけど、七日間、船の中にこもっていても楽しそうな気がする。
「二日目は若良瀬島の島内観光。観光と銘打っているが、実際には下見だ。また、この日の夕方には翌日以降のルールについて改めて詳しく行う」
下見……。
どういう地形があるとか、植物があるとかって話だろうか?
ああそうだ、写真を撮るための場所を下見しておくのもありかもな。
「三日目から五日目がこの合宿の本分である決闘実習を行う時間となる。詳細は二日目の夕方に発表するが、温い合宿にはならないと思っておけ」
で、ここで下見で得た知識を利用して戦えって事になるのだろう、たぶん。
「六日目は後片付けの時間だ。我々の活動によって荒らしてしまった島内環境を可能な限り戻していく。早くに終われば観光も出来るが、その際もゴミは残さないように」
サークル『ナルキッソスクラブ』として写真を撮るなら、このタイミングだろうか。
「そして最終日。七日目はある意味では今日と同じで、一日かけて学園まで戻る事になる。夕方までには学園に着いている予定だ」
今日の道程を遡っていくんですね、分かります。
「以上だ。分からない事があったら、各自で『マスッター』か教員に確認するように」
そうして桂寮長による説明は無事に終わったのだった。
「……。とりあえず昼飯食べに行くか」
「うん、そうだね、ナル君」
「ですネ」
「ご一緒します」
さて、時刻はちょっとお昼には早いくらい。
俺たちは時間潰しも兼ねて、船内にあるらしいカフェへと向かった。
『若良瀬島』(わからせじま)
50年ほど前に日本の領海内に突然発生した島。国有地。
発生当時の世界情勢と港として整備してくださいと言わんばかり地形が存在していた事もあって、決闘の為の設備が整えられ、秘密裏に訓練を行うための場所の一つとして利用される事になった。
現在は特殊な状況下での決闘の実行と訓練の為に利用されている。
なお、最近では若い決闘者に『自分がどれだけ恵まれた環境に居たのかを分からせる島』として扱われている模様。
12/02誤字訂正




