178:ナルの勉強はどうする?
「今更な話ですが。意外と言えば意外でした」
「意外って何がだ?」
一学期中なら昼休みの時間。
俺とイチは校舎の食堂へとやってきていた。
手には注文した料理があって、今は空いている席を探している最中だ。
普段ならば空いている席を見つけるのに少し時間がかかるところではあるけれど……。
四つの寮、ショッピングモール、コンビニと言ったものも機能しているし、夏休みと言う事で普段とは違う時間に昼食を取る事も出来る関係で、食堂に居る人の数は普段よりも少ない。
おかげで、空いている席は直ぐに見つかった。
なので席に着き、それから話の続きをする。
「ナルさんが補習授業を受けている事です。決闘中の立ち振る舞いから考えるに、ナルさんの頭は決して悪くないと思うのです。そこにスズとマリーのサポートが加われば、学園の授業くらいは問題なく受けられると思っていたのですが」
「あー……それは流石に俺の事を過剰に評価し過ぎていると思う」
「そうですか?」
「そうそう」
どうやらイチは俺の事をもう少し頭がいいと思っていたらしい。
だがしかしだ。
「決闘中はアレだ。俺の美しさをアピールする事と、生き延びるためにはどうすればいいか。ぶっちゃけ、この二つくらいしか考えてない。だから、頭の回転も速くなっているんだと思う」
「それでも、何時何をするかで迷ったりすると思うのですが?」
「そう言うのは無いな。俺は自分に何が出来て何が出来ないかを把握しているし。それが分かっているなら、後は目の前の状況に対して正しいと思える判断を迷いなく叩き込むだけだろ?」
「……。なるほど。ナルさんは生粋の決闘者ですね」
「えっ!?」
俺が具体的な説明をしたら、なんでかイチがさらに感心していた。
「同時に納得しました。ナルさんの学業成績の問題点は興味の有無や記憶の仕方に問題がありそうですね」
「いや単純に理解が追い付いていないってのもあると思うぞー。時間の確保に失敗しているってのもありそうだけどー」
「そうですか?」
「そうそう」
実際の所、イチが言っているのは間違いではないのだろう。
興味の湧きが悪い教科の勉強はどうしても進みづらいし。
ただ、先生の教え方次第ではそれも改善される事は今日の補習授業で分かったので、後は単純に勉強時間の確保をどうするのかの方が問題な気がする。
決闘、サークル活動、何より俺自身の美しさを維持するためのあれやこれの為に割いている時間を考えると、中々勉強時間が取れないのは事実であるし。
最近は『ドレッサールーム』を使い込んでいるからなおのことだ。
なお、体形や美貌の維持に『恒常性』を積極活用する気はない。
アレに頼り切ったら、それこそ体が弛む予感がしてならないからだ。
「……。ナルさんの今日の補習授業の様子を見て、イチとの体術訓練のやり方にも工夫を持たせようと思ったのですが」
「それは……俺のやる気よりは技術の向上具合を見てでお願いします」
「分かりました。ではそのように」
今更な話だが、俺はイチに体術を習っている。
此処で言う体術とは、マスカレイドを用いていない時の護身術や危機回避術だけでなく、マスカレイドを使っている時に用いるものも含まれている。
習い始めたのは入学して割と直ぐの頃からなので、まだまだ成果が出ているとは言い難いが……入学前は武術のぶの字にも関わってこなかった俺が、これまでの決闘で成果を残せている一因である事は間違いない。
で、どうして急に俺の学業についての話をイチがし始めたのかと思ったら、体術の教え方が現状のままでよいのかを尋ねる意味もあったようだ。
うん、俺個人としては今のままでよいと思います。
今でも時々派手に投げられたり、絞められたりしているし。
「翠川ぁ……お前も補習授業組の癖にイチャイチャかー……」
「ゴゲーゴゴゴゴゴー……嫉妬でトサカが逆立ちそうだ」
「うらやまじいっずねぇ……見守っでぐれる人がいるっでのはぁ……」
「っ!?」
「そう言うお前らはまるでゾンビみたいな状態だな……何があった」
と、ここで俺と同じように補習授業を受けていたはずの徳徒たちが姿を現す。
だがその様子はまるでゾンビのようなありさまだ。
しかも安藤先輩のアサルトアントンのようなマッチョで機敏なゾンビじゃなくて、シューティングゲームで何匹も出て来る量産型ゾンビみたいな感じ。
そんなあまりにもな雰囲気は、背後に立たれたイチは思わず『シルクラウド・クラウン』を取り出し始めているレベルである。
あ、イチの対応はそれだけじゃないな。
右手は『シルクラウド・クラウン』を持っているが、左手も懐に入れられて何かを握っている。
それが何かは分からないけども。
「シンプルに分からねぇ」
「ワイ、暗記は昔から苦手なんだよ」
「昔の人の気持ちとか言われても分からないっす」
「あ、はい」
話を戻して。
どうやら徳徒、遠坂、曲家の三人は補習授業の進みが良くないようだ。
「吉備津への相談は?」
「もうしてる。だから、この後に吉備津も含めて何人かで勉強会だ」
「男だらけなのが確定している、むさい勉強会だぞ」
「ちなみに対価は夏季合宿後に模擬決闘をやる事と勉強中の菓子と飲み物を幾らかっす」
「へー、なるほど」
決闘をする事が対価になるのか。
と、一瞬思いもしたが、直ぐに利点には気づいた。
徳徒たちも甲判定者であり、決闘の成績となれば三人とも悪くない。
その三人と成績に関わらない形で戦えるのなら、情報と経験の面から考えて、むしろ得でしかないな。
たぶん吉備津が提案したんだろうけど、流石は成績上位者、賢い。
「ちなみに翠川のこの後は?」
「気分転換も兼ねて、しばらくの間、午後はスキル『ドレスパワー』の検証だな。数が多いし、何が起きるか分からないから、少しずつでも調べて行かないと終わらない」
「それってサークル『スキル開発部』がやるって話じゃなかったか?」
「内々で個人で勝手に奴っすね。前に話をした時に一緒にそんな事も言っていた気がするっす」
「そうそう。まあ、データをどうするかはスズ次第だから、外に出る事は期待しないでくれ」
「そうですね。ナルさんにとって重要なデータになると思うので、そのままの公表は恐らく控えると思います」
俺の言葉にイチも同意して頷く。
その後、俺たちは普通に食事を終えると、スズたちと合流するべくサークル『ナルキッソスクラブ』へと向かった。




