177:相も変わらずな取り巻き
「であるからして……」
俺の補習授業は順調に進んでいる。
流石は決闘学園の教師と言うべきか、マンツーマンである事のメリットと言うか、非常に分かりやすくて、どうしてあんなに悩んでいただろうかと思うぐらいには簡単に解けていく。
後は……うん、俺がきちんとこれを記憶していられるかだな。
そして、本日の補習授業の終わり。
つまりは昼休みにもうじき入るかどうかと言うぐらいの時間になった時だった。
「貴方のせいです!」
「ん?」
「……」
教室の外、イチが折り畳み式のイスに座って待っているであろう辺りから、イチのものでは無い声が響いてきた。
あまりにも大きな声だったので俺は思わず反応してしまったし、先生も見るからに不機嫌そうな顔をした上で廊下の方へと顔を向けている。
「貴方たちのせいで私はあの決闘の後に酷い目に遭ったのです! それなのに抜け抜けと何も知らない顔で、イスまで持ち込んで廊下を我が物顔で占拠しているだなんて……」
「何を騒いでいる。こちらは補習授業の真っ最中だぞ。喧嘩をしたいのなら、適当に決闘の申請でも出せ」
「っ!?」
声が続く中で先生が廊下に顔を出す。
開いた扉の隙間から見えた顔は、綿櫛の取り巻きの一人……えーと、マリーが決闘したバレットシャワーとはまた別のだな。
その顔は先生が顔を出すのを予想していなかったのが、非常に驚いたものだ。
「お、覚えていなさい! 今度の夏季合宿では背後に気を付けておくことね!」
「あ、こら、廊下を走るんじゃ……ちっ、逃げ足の速い」
で、その女子は捨て台詞以外の何物でもない言葉を吐き捨てながら、走り去っていった。
うん、確かに逃げ足は速かった。
マスカレイド無しだったはずだが、追いかけようとは思わない程度には速かった。
「……」
先生が俺の方を向いて、様子を窺う。
時計を見て、スマホを見て、廊下……たぶん、イチの方を向く。
「翠川。補習授業の進捗が順調だから、今日の補習授業は此処までだ。そして今から、天石に今の女子の事情について尋ねるから、一緒に聞くように」
「分かりました」
「失礼します。先生、ナルさん」
先生はそう言うと教室の中へと戻って来て、それに続く形でイスを畳んだイチも教室の中へと入ってくる。
「それで天石。あの女子は何処の誰で、何があった?」
「はい、お答えします」
イチが先ほど廊下であった事を話し始める。
まず、あの女子はやはり綿櫛の取り巻きの一人であったらしい。
目的は恐らく俺との接触だったが、イチの姿を認めると、いきなり詰め寄って来て、叫び出したそうだ。
叫びの内容としては……先日の『ナルキッソスクラブ』と『パンキッシュクリエイト』の決闘の一件に関わる恨み言。
なんでも、あの決闘で『パンキッシュクリエイト』が負けたために、綿櫛から折檻の類を受けたそうだ。
うん、正直な意見を言っていいかな?
「馬鹿じゃねーの?」
「翠川。世の中には、例え事実だとしても、自身の人間関係や社会的立場の維持のためには、思っていても言ってはいけない事がある。今のがそうだ。覚えておくように」
「あ、はい。いやでも、あの決闘。少なくとも表向きは綿櫛たちも『コトンコーム』社も関わっていない事になっているんですけど」
「……。それでもだ。自分から自分の評価を下げに行く必要はない」
「イチは先生に同意いたします」
「じゃあ、覚えておきます。先生」
俺の思わず出てしまった声を、先生は苦虫を噛み潰したような表情をしつつ、一応窘める。
イチもそれに同意したくらいなので、うん、覚えてはおこう。
ただなぁ……いや本当に、なんで自分から関係がありますと言わんばかりの行動をして、恥の上塗りをしているんだ?
破滅願望の一種か?
いやうん、相手が何を考えているかとか、これ以上考えても意味がないか。
何も考えてなさそうだし。
「しかし、夏季合宿では背後に気を付けろって……そう言う事が合法的に出来るルールになっているのか?」
「イチが把握している例年通りのルールなら出来なくはないです。説明しますか?」
俺の疑問にイチが反応する。
ここでの説明しますかは、夏季合宿の例年通りのルールに始まり、そのルールに存在している穴や、そのルールだからこそのテクニックなどの解説をしますか、と言う意味になるだろうな。
先生も止めていない辺り、別に隠している事ではないのだろう。
「うーん、いや、説明しなくていい」
俺は少し悩んで断った。
「理由をお聞きしても?」
「例年通り、なんだろう? だったら、何も知らないからこその夏季合宿を楽しめて、対応方法を考えると言う学びの機会を得られるのは今年だけだ。なら、俺はそっちを優先したい。ルールを把握しているからこその対応は来年からで十分だ」
「分かりました。ではそのように」
イチはそう言うと微笑みと共に頷く。
「あ、ちなみにですが。他にもナルさんを訪ねて教室の前にまでやってきた方は沢山居ました。どの方も礼儀正しい対応をしてくださったので、もしかしたら夏季休暇中に決闘の申し込みやサークル活動での協力を申し込まれるかもしれません」
「へー、そう言うのも来てたんだな」
続けて、紙に書かれたメモを俺に差し出す。
そこには何人かの生徒、サークルの名前とそれぞれの用事が書かれている。
なるほど確かに練習のための決闘をしたり、サークル活動で協力したりがありそうだ。
美術サークルなら絵のモデル、服飾サークルなら服のモデル辺りが目的だろうか。
「ちなみにナルさんが戦ってみたい相手の名前はありますか?」
「うーん、知っている名前もあるが……知らない名前も多いからな……流石に名前だけじゃ判断はつかないな。ただ出来れば初めて戦う相手で、出来るだけ苦戦する相手と戦いたくはある。その方が俺の成長に繋がりそうだし」
「なるほど、先ほどの夏季合宿の話も合わせて、実に決闘者だと思います」
「そうか? イチにそう言ってもらえるのなら、嬉しいことだな」
ちなみに知っている個人の名前としては、グレーターアーム、バードスナッチャー先輩、アサルトアントンこと安藤先輩の名前があったりする。
と、ここで昼休みを告げる鐘の音が響く。
「さて、授業の時間終了だな。翠川、補習授業は夏季合宿までは毎日あるから忘れないように。お前も気兼ねなく南の島を楽しみたいだろう?」
「ですね。なので、頑張らせていただきます。今日はありがとうございました、先生」
「よろしい。ではまた明日」
そうして補習授業初日は無事に終わったのだった。
11/27誤字訂正




